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第六十四話 官僚のレッドライン
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時刻:台風「雷神」上陸前夜
場所:F区制御センター正門
豪雨が叩きつけ、風が身体を持っていく。経産省の中島は封印札をかばうように立ち、背後には武装した警官隊。
「国家の法律だ!電網の安全のため、東都電力以外の設備は一律接続禁止!」
三上弁護士は濡れきった派手なシャツ姿で、分厚い法令資料を振り上げ、雨の中で怒鳴った。
「この設備は国際IEC規格に適合!しかも我々はオフグリッド運用で、主電網へ逆流させない!これは行政濫用だ!独占資本の番犬め!」
中島は鼻で笑う。「適合か否かは、こちらが持ち帰って審査する。今この封印に触れた者は、公務執行妨害で逮捕だ」
F区のビル内。灯りがチカチカと揺れ始める。Megapackの残量は、最後の1%。美咲はPCを抱え、窓の外の漆黒の海と唸る風を見つめた。胸の底から恐怖が這い上がる。「……また、闇に戻るの……?」
同じ時刻、二キロ先。港区世田谷総合病院。近隣最大の公立病院。ICUには重症患者、保育器には未熟児が並ぶ。
「ドンッ!」
落雷が、東都電力の老朽高圧鉄塔を直撃した。火花が散り、四十年選手の鉄塔が枯れ枝のように倒れる。「停電!」
病院は一瞬で死んだ。看護師長の叫びが暗闇に刺さる。
「非常用発電機は!?」
「院長!ディーゼルが浸水して始動不能です!」
「人工呼吸器が止まった!心電モニターが止まった!ICUに三十人、死ぬぞ!」
絶望の声が暗闇を満たす。
F区ゲート。龍立のスマホが鳴る。病院長からの救命要請だった。震える声。泣き声が混ざっている。
『龍立さん……あなた方は電気があると……お願いだ、子どもを……呼吸器は手動で三十分が限界で……!』
龍立は電話を切り、官威を張り続ける中島を見た。「聞こえたか。東都電力の網が落ちた。隣の病院で人が死ぬ」
中島の顔色がわずかに変わる。だが歯を食いしばった。上からの命令は“澄心を止めろ”だった。
「……それは事故だ。だが、お前たちは発電できない。これは手続き正義だ!」
龍立は雨を吸って重くなった息を吐いた。雨水が頬を流れる。そして、一歩、前へ。死線の商戦を抜けてきた“圧”が、中島を本能的に後退させる。
「手続きがどうした」
龍立の声が低く割れる。
「――そんなもの、クソくらえだ」
龍立は中島を押しのけ、封印された主スイッチへ向かった。
「警察!違法だ!逮捕しろ!」中島が叫ぶ。
だが警官たちは躊躇した。無線の向こうで病院が叫んでいることを、彼らも聞いていた。龍立は巨大な工業スイッチのレバーに手を置き、振り返って三上を見る。
「三上、これが本当に犯罪なら――出所したら弁護料を払う」
三上は顔の雨を拭い、突然、獣のように笑った。
「社長、牢は要りません。見つけました」
三上は暴風雨の空を指さす。
「災害対策基本法第58条!『重大災害で生命が危険な場合、民間資源を徴用し緊急救援に充てることができる』! 今これは“発電”じゃない。“救災”です!」
龍立の口角が上がる。両腕に力を込め、血管が浮く。
「ビリッ――!」
官僚の権威を象徴する封印札が、紙屑のように裂けた。
「ガチャン!」
レバーが落ちる。合闸。その瞬間、海岸線に沈黙していた二十基の鋼鉄巨獣が、台風の咆咆の中で目覚めた。
場所:F区制御センター正門
豪雨が叩きつけ、風が身体を持っていく。経産省の中島は封印札をかばうように立ち、背後には武装した警官隊。
「国家の法律だ!電網の安全のため、東都電力以外の設備は一律接続禁止!」
三上弁護士は濡れきった派手なシャツ姿で、分厚い法令資料を振り上げ、雨の中で怒鳴った。
「この設備は国際IEC規格に適合!しかも我々はオフグリッド運用で、主電網へ逆流させない!これは行政濫用だ!独占資本の番犬め!」
中島は鼻で笑う。「適合か否かは、こちらが持ち帰って審査する。今この封印に触れた者は、公務執行妨害で逮捕だ」
F区のビル内。灯りがチカチカと揺れ始める。Megapackの残量は、最後の1%。美咲はPCを抱え、窓の外の漆黒の海と唸る風を見つめた。胸の底から恐怖が這い上がる。「……また、闇に戻るの……?」
同じ時刻、二キロ先。港区世田谷総合病院。近隣最大の公立病院。ICUには重症患者、保育器には未熟児が並ぶ。
「ドンッ!」
落雷が、東都電力の老朽高圧鉄塔を直撃した。火花が散り、四十年選手の鉄塔が枯れ枝のように倒れる。「停電!」
病院は一瞬で死んだ。看護師長の叫びが暗闇に刺さる。
「非常用発電機は!?」
「院長!ディーゼルが浸水して始動不能です!」
「人工呼吸器が止まった!心電モニターが止まった!ICUに三十人、死ぬぞ!」
絶望の声が暗闇を満たす。
F区ゲート。龍立のスマホが鳴る。病院長からの救命要請だった。震える声。泣き声が混ざっている。
『龍立さん……あなた方は電気があると……お願いだ、子どもを……呼吸器は手動で三十分が限界で……!』
龍立は電話を切り、官威を張り続ける中島を見た。「聞こえたか。東都電力の網が落ちた。隣の病院で人が死ぬ」
中島の顔色がわずかに変わる。だが歯を食いしばった。上からの命令は“澄心を止めろ”だった。
「……それは事故だ。だが、お前たちは発電できない。これは手続き正義だ!」
龍立は雨を吸って重くなった息を吐いた。雨水が頬を流れる。そして、一歩、前へ。死線の商戦を抜けてきた“圧”が、中島を本能的に後退させる。
「手続きがどうした」
龍立の声が低く割れる。
「――そんなもの、クソくらえだ」
龍立は中島を押しのけ、封印された主スイッチへ向かった。
「警察!違法だ!逮捕しろ!」中島が叫ぶ。
だが警官たちは躊躇した。無線の向こうで病院が叫んでいることを、彼らも聞いていた。龍立は巨大な工業スイッチのレバーに手を置き、振り返って三上を見る。
「三上、これが本当に犯罪なら――出所したら弁護料を払う」
三上は顔の雨を拭い、突然、獣のように笑った。
「社長、牢は要りません。見つけました」
三上は暴風雨の空を指さす。
「災害対策基本法第58条!『重大災害で生命が危険な場合、民間資源を徴用し緊急救援に充てることができる』! 今これは“発電”じゃない。“救災”です!」
龍立の口角が上がる。両腕に力を込め、血管が浮く。
「ビリッ――!」
官僚の権威を象徴する封印札が、紙屑のように裂けた。
「ガチャン!」
レバーが落ちる。合闸。その瞬間、海岸線に沈黙していた二十基の鋼鉄巨獣が、台風の咆咆の中で目覚めた。
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