65 / 161
第六十五話 台風夜の灯台
しおりを挟む
時刻:台風「雷神」中心通過/風速55m/s
場所:東京湾沿岸
終末の景色だった。東都電力の供給圏は沈黙し、街灯は消え、ビルは黒い。東京全体が海底へ沈んだように暗い。あるのは風と雨の音だけ。
――だが、東京湾のF区だけは違った。二十基の垂直軸風力が、暴風の中で狂ったように回転する。設計思想そのものが、極限風速のためにある。螺旋翼が暴力的な風を、巨大なトルクへ変える。
監視室で源田鉄男がメーターを見つめ、震えるほど興奮した。
「回転数120%!出力が振り切れてる!こいつら、歓声を上げてるぞ!風暴を食ってる!」
吉岡の指はキーボード上で踊る。
「VPP介入!電圧バランス調整!マスクのアルゴリズム、えげつない……風が暴れても、出力波形が心電図みたいに安定してる!」
F区のビル。室内灯が消えかけた、その刹那。
「ジジ――」
灯りが一度だけ揺れて――次の瞬間、眩いほど明るくなった。空調が再起動し、給湯器が唸って温水を作り始める。美咲は天井の灯りを見上げ、口を塞いで泣いた。嵐の孤島で、この灯りは“生”そのものだった。
だが龍立は止まらない。これは自分たちだけのためじゃない。
「吉岡、病院の非常系統へ接続。余剰電力を全部流せ」
「逆潮流、開始!」
世田谷総合病院。ICUで医師たちは絶望しながら手動でアンビューバッグを押していた。指が硬直し、保育器の温度が下がる。泣き声が弱くなる。
「終わりだ……」
院長が床に崩れた、そのとき。廊下の先で、灯が点いた。続いて、建物全体の灯りがドミノのように繋がり、闇を押し返す。
「ピッ……ピッ……ピッ……」
心電モニターが、生命のリズムを取り戻した。人工呼吸器が再稼働し、規則的な作動音が病院を満たす。
「電気だ!電気が来た!」
看護師たちは抱き合って泣いた。医師たちは窓の外を見る。二キロ先、F区の方向から射す強光。暴雨を貫くその光は、まるで神話の灯台だった。
雨の中、経産省の中島は、封印を破られたスイッチと、蘇った病院を見つめた。手にしていた封印札が泥水へ落ちる。報告の電話をかけようとして――指が止まった。かける勇気が、どこにもなかった。
彼は理解したのだ。人命に負けた。時代に負けた。
龍立は澄心家園の最上階、窓際に立つ。灯りに満ちたF区と、遠く復活した病院を見下ろし、無線を取って全チャンネルへ放送した。
「こちら、澄心家園」
「東都電力が消した灯りは、俺たちが点した。風が吹く限り――ここは、二度と消えない」
場所:東京湾沿岸
終末の景色だった。東都電力の供給圏は沈黙し、街灯は消え、ビルは黒い。東京全体が海底へ沈んだように暗い。あるのは風と雨の音だけ。
――だが、東京湾のF区だけは違った。二十基の垂直軸風力が、暴風の中で狂ったように回転する。設計思想そのものが、極限風速のためにある。螺旋翼が暴力的な風を、巨大なトルクへ変える。
監視室で源田鉄男がメーターを見つめ、震えるほど興奮した。
「回転数120%!出力が振り切れてる!こいつら、歓声を上げてるぞ!風暴を食ってる!」
吉岡の指はキーボード上で踊る。
「VPP介入!電圧バランス調整!マスクのアルゴリズム、えげつない……風が暴れても、出力波形が心電図みたいに安定してる!」
F区のビル。室内灯が消えかけた、その刹那。
「ジジ――」
灯りが一度だけ揺れて――次の瞬間、眩いほど明るくなった。空調が再起動し、給湯器が唸って温水を作り始める。美咲は天井の灯りを見上げ、口を塞いで泣いた。嵐の孤島で、この灯りは“生”そのものだった。
だが龍立は止まらない。これは自分たちだけのためじゃない。
「吉岡、病院の非常系統へ接続。余剰電力を全部流せ」
「逆潮流、開始!」
世田谷総合病院。ICUで医師たちは絶望しながら手動でアンビューバッグを押していた。指が硬直し、保育器の温度が下がる。泣き声が弱くなる。
「終わりだ……」
院長が床に崩れた、そのとき。廊下の先で、灯が点いた。続いて、建物全体の灯りがドミノのように繋がり、闇を押し返す。
「ピッ……ピッ……ピッ……」
心電モニターが、生命のリズムを取り戻した。人工呼吸器が再稼働し、規則的な作動音が病院を満たす。
「電気だ!電気が来た!」
看護師たちは抱き合って泣いた。医師たちは窓の外を見る。二キロ先、F区の方向から射す強光。暴雨を貫くその光は、まるで神話の灯台だった。
雨の中、経産省の中島は、封印を破られたスイッチと、蘇った病院を見つめた。手にしていた封印札が泥水へ落ちる。報告の電話をかけようとして――指が止まった。かける勇気が、どこにもなかった。
彼は理解したのだ。人命に負けた。時代に負けた。
龍立は澄心家園の最上階、窓際に立つ。灯りに満ちたF区と、遠く復活した病院を見下ろし、無線を取って全チャンネルへ放送した。
「こちら、澄心家園」
「東都電力が消した灯りは、俺たちが点した。風が吹く限り――ここは、二度と消えない」
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
【完結】元ゼネコンなおっさん大賢者の、スローなもふもふ秘密基地ライフ(神獣付き)~異世界の大賢者になったのになぜか土方ばかりしてるんだがぁ?
嘉神かろ
ファンタジー
【Hotランキング3位】
ゼネコンで働くアラフォーのおっさん、多田野雄三は、ある日気がつくと、異世界にいた。
見覚えのあるその世界は、雄三が大学時代にやり込んだVR型MMOアクションRPGの世界で、当時のキャラの能力をそのまま使えるらしい。
大賢者という最高位職にある彼のやりたいことは、ただ一つ。スローライフ!
神獣たちや気がついたらできていた弟子たちと共に、おっさんは異世界で好き勝手に暮らす。
「なんだか妙に忙しい気もするねぇ。まあ、楽しいからいいんだけど」
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる