カナダに追放された財閥の三男が帰国しました:父が「搾取は伝統だ」と言うので、「あらゆる手段」を使ってこの1兆円規模のブラック巨艦を完全ホワイ

RyuChoukan

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第八十二話 母のいない深夜

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 時:半年後。

 所:澄心・未来育児センター(AI Nursery)。

 美咲の子が生まれた。健康な男の子だ。だが、彼女は“産後地獄”を経験しなかった。

 育児センターは、精密な宇宙船の実験室のようだった。並ぶゆりかごはすべて、GIGA互娯のAI技術と澄原精工のハードウェアを統合した「スマート・バイオミメティック・ポッド」――知能仮生育舱。

 吉岡俊介が見学に来た報道陣へ、誇らしげに説明する。

「ただのベッドじゃありません。“ママの抱っこ 2.0”です。」

「底面のセンサーアレイが、呼吸と心拍を常時監視します。泣き出す“前兆”――ええ、前兆の脳波を検知した瞬間、ポッドが起動します。」

 デモが始まる。模擬信号が“泣く前”を示した。ポッドは瞬時に角度を調整し、人間の抱っこ特有の“規則に見えない揺れ”を再現する。同時に、内蔵の骨伝導スピーカーが、子宮内で聞こえる母の鼓動に近い音を再生する。わずか十秒。模擬乳児の脳波は、平穏へ戻った。

「じゃあ、うんちをしたら?」

 記者が意地の悪い質問を投げる。

「ここをご覧ください。」

 吉岡がボタンを押す。ゆりかごの下部が開き、柔軟機械アームが、三十秒で洗浄・乾燥・新品オムツの装着まで完了する。全工程は恒温制御。赤ん坊は目を覚ましもしない。



 夜、二十二時。美咲は仕事帰りにセンターへ来た。メイクは整い、顔色は明るい。“新米母”の疲弊は、そこにない。彼女はポッドから、よく眠り、いい匂いのする息子を抱き上げ、頬にキスを落とした。

「ねえ、今日ね。ママ、すごくいい絵が描けたよ。」

 隣の休憩室では、数人の新米ママがコーヒーを飲みながら話している。

「先輩たちからは、出産は牢獄だって聞いてた。二時間おきに起きて、旦那に体型を嫌がられて、産後うつで……って。」

「うん。でも澄心だと、私はまず“私”でいられる。そのあとで“母”になれる。仕事も、生活も、人生も手放してないから、子どもをもっと純粋に愛せる。」

 この映像が澄心衛視で流れた夜、日本中の母親が、画面の前で息を呑んだ。

「なにこれ……神の暮らし?」
「F区で産みたい! 今すぐ行きたい!」
「母親を屎尿屁(しにょうひ)から解放する。これこそ最大の人権だ!」

 F区の出生率は、わずか半年で――1.1から、3.8へ跳ね上がった。“絶育の日本”に、唯一の緑が生まれた。
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