カナダに追放された財閥の三男が帰国しました:父が「搾取は伝統だ」と言うので、「あらゆる手段」を使ってこの1兆円規模のブラック巨艦を完全ホワイ

RyuChoukan

文字の大きさ
93 / 161

第九十三話 「48時間目の崩壊」

しおりを挟む
 時刻:清水逮捕から48時間後、深夜03:00

 場所:東京拘置所・第3取調室

 ここは、世界でいちばん孤独な場所だ。

 四方の壁には吸音材が貼られ、頭上には惨白い蛍光灯がひとつ。神経を削るような「ジジッ」という雑音を吐き続けている。空気には古い煙の匂いと、恐怖が発酵した酸臭さが混じっていた。

 清水(Shimizu、20歳)は、冷たい鉄椅子に手錠で固定されている。

 あの豪雨の夜、バイクでチップを運び切った強靭な少年は、いまや面影すらない。唇は乾いて裂け、血が滲み、眼窩は落ち込み、長時間の後ろ手拘束で両手は紫色に腫れ上がっていた。

 この48時間、彼は一分たりとも眠っていない。まぶたが落ちかけるたび、見張りの警官が鉄机を叩くか、分厚い書類束を耳元に叩きつけ、無理やり意識を引き戻した。

 対面に座るのは、東京地検特捜部の切り札――鬼頭 厳(Kito Gen)。

 寸分の乱れもない三つ揃えの濃灰スーツ。髪は一本も跳ねていない。視線はメスの刃のように冷え、清水の心の継ぎ目を正確に切り開いていく。

「清水、もうやめろ。意味がない」

 鬼頭は氷水を一口飲む。喉仏の上下が、静寂の室内で異様なほど大きく響いた。

「配達先を知っていたのは、お前だけだ。監視カメラは、犯行時刻にお前が近辺にいたことを示している。被害者は独居の資産家、そしてお前は借金を抱えた孤児――これが“動機”だ」

「……ち、違います……」

 清水の喉は潰れ、声は風前の灯。ひとこと吐くたび、刃で削られるように痛む。

「ぼくは……配達に……行っただけで……ドアが開いてて……声をかけて……お年寄りが倒れてて……怖くて……逃げただけで……本当に、殺してない……」

「嘘だ!」

 鬼頭が机を叩いた瞬間、空気が歪むほどの威圧が走り、清水の身体が本能的に縮こまる。

「逃げたのは後ろめたいからだ! やっていないなら、なぜ逃げた?!」

 泣けない。涙はもう枯れていた。清水は天井を見上げ、世界が崩れ落ちていく感覚に飲まれる。

 鬼頭は立ち上がり、机を回り込む。清水の背後に立つと、身を屈め、唇を耳元に寄せた。声は急に柔らかくなる。親しい兄のような温度で、しかし言葉は悪魔そのものだった。

「清水。お前、孝行者だそうだな。身内は祖母だけ……だったか?」

 清水の瞳が震える。

「世田谷の古い老人向けアパート。重い心臓病で、毎日薬が必要だ。この二日、お前がいない。薬を届ける人も、飯を作る人もいない」

 鬼頭は囁くように続ける。

「さっき病院から連絡があった。お前のことが心配で、自宅で倒れたそうだ。いま、救急で処置中だ」

 清水の瞳孔が収縮し、身体が激しく暴れた。手錠が椅子にぶつかり、金属音が耳を裂く。

「ばあちゃん……! お願い……電話……ばあちゃんに電話させて……!」

 鬼頭は肩を押さえ、椅子へねじ伏める。

「サインすれば電話できる。サインすれば家へ帰れる。サインしなければ、“長期勾留”だ。最低でも三か月は出られない」

 鬼頭の声が、最後の一撃になる。

「その頃、お前の祖母は生きていると思うか? 冷たい病院で、ひとりで死なせたいのか?」

 その言葉が、清水の最後の支えを撃ち抜いた。真実も、尊厳も、耐え抜いた48時間も、身内の生死の前で粉々に砕け散る。

「……ぼく……サイン……します……」

 獣の断末魔のような声。腫れた指を震わせ、すでに出来上がっていた嘘だらけの供述調書に、清水は赤い指印を押した。

 その瞬間、正義は死んだ。

 拘置所・面会室

 時刻:朝08:00

 三上弁護士と龍立は、ようやく接見を許された。

 分厚い防弾ガラス越しに見えた清水は、魂を抜かれた人形のようだった。虚ろな目。龍立を見た途端、機械仕掛けのように涙だけが流れ出す。

「社長……すみません……」

 清水は龍立の目を見られない。声は枯れ、砂のように崩れる。

「殺してない……でも……ばあちゃんを死なせたくなくて……サインしちゃった……」

 龍立は掌をガラスに当てる。冷えた透明の壁の向こう、若者の絶望だけが伝わってくる気がした。

 龍立は背後の三上へ視線を投げる。三上は歯を食いしばり、唇を切り、拳を握り潰すほど力を込めていた。

「三上」

 龍立の声は、恐ろしいほど静かだった。嵐の前の海面みたいに。

「見えたか。これがこの国の司法だ。奴らは犯人を捕まえない。犯人を“製造する”。その指印を――奴らの頬を打つ平手に変えろ。何があっても。……すべてを賭けてだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

【完結】元ゼネコンなおっさん大賢者の、スローなもふもふ秘密基地ライフ(神獣付き)~異世界の大賢者になったのになぜか土方ばかりしてるんだがぁ?

嘉神かろ
ファンタジー
【Hotランキング3位】  ゼネコンで働くアラフォーのおっさん、多田野雄三は、ある日気がつくと、異世界にいた。  見覚えのあるその世界は、雄三が大学時代にやり込んだVR型MMOアクションRPGの世界で、当時のキャラの能力をそのまま使えるらしい。  大賢者という最高位職にある彼のやりたいことは、ただ一つ。スローライフ!  神獣たちや気がついたらできていた弟子たちと共に、おっさんは異世界で好き勝手に暮らす。 「なんだか妙に忙しい気もするねぇ。まあ、楽しいからいいんだけど」

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

処理中です...