カナダに追放された財閥の三男が帰国しました:父が「搾取は伝統だ」と言うので、「あらゆる手段」を使ってこの1兆円規模のブラック巨艦を完全ホワイ

RyuChoukan

文字の大きさ
130 / 140

第一百三十話 見えない胴元

しおりを挟む
 時間:初冬 午前10:00

 場所:東京湾・埋立新都心(IR統合型リゾート建設用地)

 凍てつく海風が、粗い砂礫を巻き込みながら吹き付ける。無数の細い鞭のように、海底からようやく姿を現したばかりの土地を、容赦なく叩き続けていた。灰白色の空は低く垂れ込み、息を吸うだけで胸が押し潰されそうになる。遠くでは、数千台もの黄色いタワークレーンが空中で腕を振り、巨大な油圧杭打ち機が耳を裂く轟音を響かせていた――「ドン、ドン、ドン」。その一発一発が、まるでこの“金を呑み込む巨獣”の貪欲な鼓動のようで、足裏が痺れるほどに大地を震わせる。

 ここは日本最新の「国家戦略特区」。まもなく“アジアのラスベガス”を名乗る超巨大エンタメ都市が建ち上がる予定だ。

 五十メートル級のホログラム広告塔には、【夢が叶う場所:東京湾IR】の標語が、陽光を浴びて誘惑的な金色の光を放ちながら瞬いている。映像には、豪奢なカジノ、美女、山のように積まれたチップ――その絵面が、荒涼として機械油の匂いが漂う工事現場と、これ以上ないほど皮肉な対比をなしていた。

 龍立は、仕立ての良い漆黒のカシミヤコートを纏い、襟を立てて冷気を遮っていた。工事現場の縁に設けられた仮設展望台に立ち、両手をポケットに突っ込んだまま、荒れ地の上に積み上げられていく偽りの繁栄を冷ややかに見下ろす。彼の眼差しに揺らぎはない。まるで、崩れ落ちる運命の砂の城を眺めているかのようだった。

「ここに埋め込まれる一本一本の鉄筋は――」

 龍立が低く呟く。

「いつか、普通の人間の身体に巻き付く枷になる」

 その背後には源田鉄男と澄心の幹部たちが、厳粛に並んでいた。全員の表情が異様に硬いのは、彼らが理解しているからだ――この土地の下に埋まっているのはコンクリートだけではない。無数の人間の欲望と破滅、そのものだ。

 少し離れた場所では、別の一団が視察を行っていた。

 日本という金字塔の頂点に立つ者たち――数十人の護衛と工事責任者に囲まれ、まるで神輿に担がれるように中心へ据えられている。

 その先頭にいるのは、龍立の兄――澄原龍仁。

 龍仁はこの日、イタリア最高級のオーダーメイドによる濃灰色のストライプスーツを着こなし、髪は一筋乱れぬよう撫で付けられていた。粉塵が舞う現場であっても、革靴は埃ひとつ付かず、冷たい光を反射している。指先で指図する姿は、まさにこの土地の絶対的支配者だった。彼がわずかに頷くだけで、周囲の官僚や建設業者は即座に手帳を開き、書き留める――まるでそれが勅命であるかのように。

 そして、龍仁の隣に立つ男だけが、明らかに異質だった。

 やや浮ついた白のダブルスーツ。首には親指ほど太い金のネックレス。茶色のサングラスが顔の半分を覆い、十本の指のうち三本に巨大な宝石の指輪が輝いている。龍仁の横で、彼は腹を抱えて笑い転げ、整いすぎて白すぎるセラミックの歯を剥き出しにしていた。

 金城龍彦(Kinjo Tatsuhiko)。

 日本最大のパチンコ連鎖グループ会長。

 “千万人を破産させた男”と呼ばれ、今回のIR計画の核心運営側でもある。

「兄貴。」

 龍立が歩み寄った。声量は大きくない。それでも、重く、芯があり、刃のように騒音の風を切り裂いて、談笑していた二人の空気を止めた。

 龍仁は振り返り、龍立を見ても家族の確執を表に出すことはなかった。むしろ、意味深い――兄としての余裕を湛えた微笑を浮かべる。

「龍立、ちょうどいいところに来た。」

 龍仁は半身を引き、弟に自慢の作品を見せるように腕を振り、背後の巨大な工事現場を指し示した。

「紹介しよう。金城会長だ。大学時代の親友で、滅多にいない商界の奇才だ。今回のIRの基盤部分も、取締役会で彼が強く推して澄原建設に通した。兆円級のプロジェクトだ。見ろ、この気勢を。いずれここがアジアの中心になる。」

 金城は大げさにサングラスを外し、精明で貪欲、しかもどこか狂気を帯びた目を見せた。龍立を値踏みするように上下へ視線を走らせ、進んで手を差し出す。指輪だらけの手は太陽光を反射してぎらつき、まるで権力の王笏のようだった。

「いやいやいや!これが噂の“特区の王”龍立坊ちゃんか?百聞は一見にしかずだなぁ!」

「どうだい?この工事現場を見て、金の匂いがしないか?一緒に一勝負やるか?」

「これは合法の紙幣印刷機だぜ!お前のロボットだの物流だのより、よっぽど稼げる!」

「扉を開けりゃ、金は潮みたいに流れ込んでくるんだ!」

 龍立は手を伸ばさなかった。

 両手はコートのポケットのまま。目は氷のように冷たく、金城の欲望に濡れた瞳を真正面から射抜き、静かでありながら骨まで刺す声を落とす。

「確率で人を喰う人間とは握手しない。」

「金の匂いはしない。血の匂いしかしない。」

「お前に追い込まれて家が壊れた人間たち――その骨が、この地盤の下に埋まっているんだろう?」

 空気が一瞬で凍った。

 周囲の工事責任者は息もできず、護衛の手は反射的に腰へ伸びる。金城の手は宙で固まり、笑みが一瞬だけ凍結した。だがすぐに肩をすくめて、無造作に手を引っ込め、ポケットへ突っ込む。目の奥に傲慢な寒光が走った。

「龍立坊ちゃん、言葉には気を付けたほうがいい。」

「この世界で、確率から永遠の利益を抜けるのは胴元だけだ。」

「どうやら坊ちゃんはまだ若い。“大数の法則”の美しさを知らねぇらしい。」

「俺の世界じゃ、血だって金色だ。利益の燃料ってやつさ。」

「俺らみたいなのが娯楽を提供しなきゃ、貧乏人の人生はもっと退屈だぜ?」

 龍仁はわずかに眉をひそめ、金城に目配せして脇へ退かせた。そして龍立の肩を抱き、人混みから離れた場所へ連れていく。

「龍立、お前は無礼だ。」

「金城は俺のパートナーであり、友人でもある。」

「商いは商いだ。お前の道徳潔癖を持ち込むな。」

「ここは教会じゃない。ビジネスの場だ。」

「兄貴。」龍立は兄の目を真っ直ぐ見据え、問い詰めるように声を硬くする。

「澄原グループの祖訓は“実業報国”だ。」

「いま、カジノで稼ぐつもりか?」

「国民の貯蓄を左のポケットから右のポケットへ移し替えるだけだ。途中で外国資本に半分吸われる。」

「それが報国か? それは売国だ。」

 龍仁はため息を吐き、胸元から精巧なシガーケースを取り出す。一本を切り、ゆったりと火を点けた。煙が立ち上る中、彼の表情は理性的で冷酷へ変わっていく――純粋な資本家の目だった。

「龍立、幼いな。」

「資本に道徳はない。あるのは利回りだけだ。」

「製造業は死ぬほど働いて、年利は5%。」

「だが博彩業は500%だ。」

「時代の流れだ。俺がやらなくても、誰かがやる。」

「外に稼がせるくらいなら、澄原家が稼ぐ。」

「その金で実業に投資すればいい。曲線救国だ。」

 煙灰を落とし、龍仁は声を抑え、どこか得意げに言った。

「正直に言う。これは俺の“財務投資”だ。」

「金城に誘われ、厳密なリスク評価をやった上で、海外の家族基金から裏で1000億円入れた。持分10%。」

「この金はグループのキャッシュフローを多角化するためだ。」

「商人として、儲け話を逃すのは馬鹿だ。」

「合法なら、空気でも売る。」

「1000億……?」

 龍立は、遠くで杭打ちされる地盤を見つめる。休むことなく動き続ける機械を見つめ、声を底へ落とした。

「兄貴にとっては分散投資でも、無数の家庭にとっては棺桶代になる。」

「金城は商売をしているんじゃない。局を張っている。」

「弟として最後に言う。早く撤退しろ。でなければ、酷い負け方をする。」

「金城みたいな奴は、友人さえ喰う。」

 龍仁は冷笑し、海風に乱れたネクタイを整える。目には絶対的な自信が宿っていた。

「負ける? 金城がいる。胴元が負けるわけがない。」

「龍立、自分の分社を見てろ。」

「俺の決断に口を挟む資格はお前にはない。」

「ここが完成したらVIPカードを送ってやる。真の富を見せてやる。」

 そう言い残し、龍仁は金城のもとへ戻っていく。龍立に残されたのは、自信と傲慢に満ちた兄の背中だった。砂塵の中へ溶けるように消えていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

汐埼ゆたか
恋愛
実花子はカフェで恋人と待ち合わせしているが、彼はなかなか来ない。 あと十分でカフェを出ようとしたところで偶然上司の各務と会う。 各務から出し抜けに「君の時間を十分ください」と言われ、反射的に「はい」と返事をしたら、なぜか恋人役をすることになり――。 *☼*――――――――――*☼* 佐伯 実花子(さえき みかこ) 27歳  文具メーカー『株式会社MAO』企画部勤務  仕事人間で料理は苦手     × 各務 尊(かがみ たける) 30歳  実花子の上司で新人研修時代の指導担当  海外勤務から本社の最年少課長になったエリート *☼*――――――――――*☼* 『十分』が実花子の運命を思わぬ方向へ変えていく。 ―――――――――― ※他サイトからの転載 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※無断転載禁止。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...