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第一百三十七話 人間を必要としない街
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時間:厳冬、深夜23:00。
場所:東京・銀座四丁目。
東京の冬は、骨まで刺すように冷たい。その冷たさは、シベリアから南下する寒気のせいだけではない。もっと深いところで——この街の骨格そのものが放つ、液体窒素のような疎外感の冷えだった。かつて「アジアのファッション中心地」と呼ばれた銀座の通りは、今夜も眩いほどの灯りに満ちている。だが、その華やかさの奥に漂うのは、奇妙な荒廃だ。貧困ではない。**「人の気配(Humanity)」**の枯死である。
ネオンの下、人の波は途切れない。けれど誰もが俯き、手元の画面に釘づけになり、ノイズキャンセリングのイヤホンを耳に差し込み、透明な結界を自分に纏っているかのように、外界との物理的な交わりを拒絶していた。視線が触れれば「失礼」とされ、声をかければ「迷惑」とされる。
龍立は濃いグレーのカシミヤコートに身を包み、厚手のマフラーを巻いて、ひとり街を歩いていた。革靴が氷のように冷たい石畳を叩き、孤独な反響を返す。彼は、かつて栄華を極めた老舗の婚礼衣装店——**「桂由美・銀座フラッグシップ店」**の前で足を止めた。
だが、幸福と誓約を象徴していた白い看板は撤去され、ゴミのように路肩へ積まれている。代わりに掲げられていたのは、冷たい青い光を放つ、サイバーな未来感に満ちたミニマルな看板だった。
【Narcissus(ナルキッソス):バーチャル・パートナー体験センター】
巨大なガラス窓越しに、龍立は背筋の凍る光景を見た。店内にドレスはない。花もない。笑い声もない。そこにあるのは、宇宙船のカプセルのようなプライベートブースがずらりと並ぶ光景で、妖しい呼吸灯が点滅しているだけだった。
半透明のすりガラスの向こうには、若者たちがびっしりと座っている。彼らは最新型のVRヘッドセットを装着し、全身にセンサーの走る体感フィードバックスーツを纏い、胸には37度に保温されたシリコン抱き枕を抱えていた。その顔には、恍惚、陶酔、そしてどこか卑猥な笑みが浮かぶ。空気に向かって愛の言葉を呟き、ときおり抱擁やキスの動作を繰り返す。
彼らは、存在しない恋人とデートしているのだ。そこには喧嘩もない。住宅ローンもない。姑問題もない。あるのは、無条件の従順と、完璧に整ったデータだけ。さらに隣では、かつて子どもたちで賑わった遊技場も閉鎖され、内装の豪奢で厳粛な**「ペット葬儀場」**に変わっていた。玄関には高級車が並び、黒衣の人々がペットの写真の貼られた骨壺を抱いて嗚咽している。悲しみの濃度は、唯一の肉親を失ったかのようだった。
「兄弟。」
劉立が、いつの間にか龍立の背後に立っていた。手には刷りたてのデータレポート。表情は、この冬夜よりも重い。
「澄心グループ内部の人事警戒システムが、真っ赤に点灯した。」
「精工のほうは、源田親方が激怒してる。自分の技を次へ継がせたいのに、面接した若い連中が、退勤した瞬間に仮想世界へ潜るんだ。残業を拒否し、懇親会を拒否し、目を合わせることすら拒否する。あいつらこう言うんだ——『現実の人間は面倒くさい。喧嘩するし、金も要求してくる。紙の妻のほうがいい』って。」
「GIGAはもっと深刻だ。才能のある原画師が二人、さっきの店が出してる『AI専属彼女』にハマりすぎて、現実と虚構の境目が崩れてる。今週、無断欠勤が三日目だ。『仮想世界の彼女は永遠に優しい。永遠に理解してくれる。永遠に裏切らない。現実の給料なんて要らない。あの世界で死にたい』ってな。」
そのとき、銀座の交差点にある巨大な裸眼3Dビジョンが突如として点灯した。純白のオートクチュールに身を包み、銀色の長髪を結い上げ、氷雪の女王のように高貴な雰囲気を纏った女が、群衆を見下ろすように映し出される。
綾小路 麗華(Ayanokoji Reika)。
声は音響処理で甘く歪められ、蛊惑的な響きで銀座の空に降り注いだ。
「人間は、欠陥だらけの生き物です。私たちは老い、醜くなり、裏切り、要求する。」
「結婚は奴隷制の残滓。育児は資産の負債。なぜ傷つけてくる人間を愛う必要があるのですか? なぜ繁殖のために生活の質を犠牲にするのですか?」
「Narcissusへいらっしゃい。ここではAI恋人が、あなたのために生まれ、あなたのために死ぬ。あなたの微表情を読み取り、あなたの癖をすべて受け入れる。これが進化の終点。これが痛みのない愛。」
龍立は、スクリーンの完璧な女を見上げ、そしてガラス越しの、幻に溺れる若者たちを見た。まるで精神の麻薬を吸ったような顔。
「痛みのない愛だと?」龍立は冷笑し、白い息を吐いた。風に溶けて消える。「痛覚がないのは、死体だ。綾小路は、この民族に安楽死を打っている。もし皆が仮想のデータを愛するなら、誰がこの現実の世界を愛する? 五十年後、この country は巨大な老人ホームと墓場になる。」
龍立は振り返った。眼差しは冬夜より冷たい。
「劉立、全役員に通達しろ。若者が愛を恐れるなら、俺が“愛していい理由”を与える。俺たちはあの『氷雪の女王』と、人類の未来を奪い合う。」
場所:東京・銀座四丁目。
東京の冬は、骨まで刺すように冷たい。その冷たさは、シベリアから南下する寒気のせいだけではない。もっと深いところで——この街の骨格そのものが放つ、液体窒素のような疎外感の冷えだった。かつて「アジアのファッション中心地」と呼ばれた銀座の通りは、今夜も眩いほどの灯りに満ちている。だが、その華やかさの奥に漂うのは、奇妙な荒廃だ。貧困ではない。**「人の気配(Humanity)」**の枯死である。
ネオンの下、人の波は途切れない。けれど誰もが俯き、手元の画面に釘づけになり、ノイズキャンセリングのイヤホンを耳に差し込み、透明な結界を自分に纏っているかのように、外界との物理的な交わりを拒絶していた。視線が触れれば「失礼」とされ、声をかければ「迷惑」とされる。
龍立は濃いグレーのカシミヤコートに身を包み、厚手のマフラーを巻いて、ひとり街を歩いていた。革靴が氷のように冷たい石畳を叩き、孤独な反響を返す。彼は、かつて栄華を極めた老舗の婚礼衣装店——**「桂由美・銀座フラッグシップ店」**の前で足を止めた。
だが、幸福と誓約を象徴していた白い看板は撤去され、ゴミのように路肩へ積まれている。代わりに掲げられていたのは、冷たい青い光を放つ、サイバーな未来感に満ちたミニマルな看板だった。
【Narcissus(ナルキッソス):バーチャル・パートナー体験センター】
巨大なガラス窓越しに、龍立は背筋の凍る光景を見た。店内にドレスはない。花もない。笑い声もない。そこにあるのは、宇宙船のカプセルのようなプライベートブースがずらりと並ぶ光景で、妖しい呼吸灯が点滅しているだけだった。
半透明のすりガラスの向こうには、若者たちがびっしりと座っている。彼らは最新型のVRヘッドセットを装着し、全身にセンサーの走る体感フィードバックスーツを纏い、胸には37度に保温されたシリコン抱き枕を抱えていた。その顔には、恍惚、陶酔、そしてどこか卑猥な笑みが浮かぶ。空気に向かって愛の言葉を呟き、ときおり抱擁やキスの動作を繰り返す。
彼らは、存在しない恋人とデートしているのだ。そこには喧嘩もない。住宅ローンもない。姑問題もない。あるのは、無条件の従順と、完璧に整ったデータだけ。さらに隣では、かつて子どもたちで賑わった遊技場も閉鎖され、内装の豪奢で厳粛な**「ペット葬儀場」**に変わっていた。玄関には高級車が並び、黒衣の人々がペットの写真の貼られた骨壺を抱いて嗚咽している。悲しみの濃度は、唯一の肉親を失ったかのようだった。
「兄弟。」
劉立が、いつの間にか龍立の背後に立っていた。手には刷りたてのデータレポート。表情は、この冬夜よりも重い。
「澄心グループ内部の人事警戒システムが、真っ赤に点灯した。」
「精工のほうは、源田親方が激怒してる。自分の技を次へ継がせたいのに、面接した若い連中が、退勤した瞬間に仮想世界へ潜るんだ。残業を拒否し、懇親会を拒否し、目を合わせることすら拒否する。あいつらこう言うんだ——『現実の人間は面倒くさい。喧嘩するし、金も要求してくる。紙の妻のほうがいい』って。」
「GIGAはもっと深刻だ。才能のある原画師が二人、さっきの店が出してる『AI専属彼女』にハマりすぎて、現実と虚構の境目が崩れてる。今週、無断欠勤が三日目だ。『仮想世界の彼女は永遠に優しい。永遠に理解してくれる。永遠に裏切らない。現実の給料なんて要らない。あの世界で死にたい』ってな。」
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綾小路 麗華(Ayanokoji Reika)。
声は音響処理で甘く歪められ、蛊惑的な響きで銀座の空に降り注いだ。
「人間は、欠陥だらけの生き物です。私たちは老い、醜くなり、裏切り、要求する。」
「結婚は奴隷制の残滓。育児は資産の負債。なぜ傷つけてくる人間を愛う必要があるのですか? なぜ繁殖のために生活の質を犠牲にするのですか?」
「Narcissusへいらっしゃい。ここではAI恋人が、あなたのために生まれ、あなたのために死ぬ。あなたの微表情を読み取り、あなたの癖をすべて受け入れる。これが進化の終点。これが痛みのない愛。」
龍立は、スクリーンの完璧な女を見上げ、そしてガラス越しの、幻に溺れる若者たちを見た。まるで精神の麻薬を吸ったような顔。
「痛みのない愛だと?」龍立は冷笑し、白い息を吐いた。風に溶けて消える。「痛覚がないのは、死体だ。綾小路は、この民族に安楽死を打っている。もし皆が仮想のデータを愛するなら、誰がこの現実の世界を愛する? 五十年後、この country は巨大な老人ホームと墓場になる。」
龍立は振り返った。眼差しは冬夜より冷たい。
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