カナダに追放された財閥の三男が帰国しました:父が「搾取は伝統だ」と言うので、「あらゆる手段」を使ってこの1兆円規模のブラック巨艦を完全ホワイ

RyuChoukan

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第一百五十六話 絶望する父

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時刻:金曜深夜 23:15。
場所:東京・首都高速湾岸線・大井パーキングエリア付近。
冬に入った東京は、稀に見る記録的な豪雨に見舞われていた。暴風は氷のように冷たい水気を巻き上げ、鞭のように首都高の防音壁を叩きつける。視界はすでに十メートルにも満たない。命知らずの大型トラックを除けば、湾岸線に私用車の影はほとんどない。
全身を漆黒に塗装され、車体に「澄心物流」の暗紋が浮かぶ重装甲の大型防弾輸送車が、沈黙する鋼鉄の巨獣のように雨幕を裂き、水の道をこじ開けていた。
その車が運んでいるのは、GIGA精工が三年を費やし、極秘裏に開発してきた「第三世代 極端紫外線(EUV)フォトレジスト・プロトタイプ備蓄液」。澄心セミコン事業の次期四半期における中核機密であり、価値は円で測れない。アジアの半導体市場、その未来の勢力図そのものに関わる代物だ。
――だが。
その一台が一億円を超える最高級防弾車であるにもかかわらず、運転席に座る男は、全身を震わせ、顔を冷汗で濡らした中年だった。
田中 誠。
澄心安保特勤組(SSG)のエースドライバーではない。妻は重病、四千万円の闇金を抱え、つい先ほど破産を宣告された元タクシー運転手。
田中は両手でステアリングを握り潰すように掴み、指の関節が力で白く抜けていた。右耳には極小のBluetoothイヤホン。そこから流れ込むのは、深い電子変声を施された、感情の欠片もない声――毒蛇が脳内を這い回るように、冷酷に命令を重ねる声だった。
『聞け、田中さん。いまの速度は時速110キロ。前方2キロ先に湾岸線の急カーブトンネルがある。この速度を維持しろ。ブレーキは踏むな。入弯の瞬間、ハンドルを左へ目一杯切れ』
コードネーム「L」の声は、冷え切っていた。まるで宅配注文を読み上げるかのように。
「む……無理だ!」
田中は崩れ落ちるように叫んだ。涙と冷汗が混ざって口へ流れ込み、塩辛く、苦い。
「崖だ! ガードレール突き破って落ちたら、車は爆発する! 俺は死ぬ! 頼む、止めさせてくれ!」
イヤホンの向こうで、侮蔑の笑いが一つ。
『車を止めれば、お前は確かに生きられる。だが山口組に借りた四千万はどう返す? 世田谷区の都営住宅にいる十六歳の娘は、明日の朝にはダークウェブの“風俗オークション”に出品される。写真と住所は、すでにお前のスマホへ送った』
『田中、お前は破産したゴミだ。生きていても一文の価値もない。だが――“事故”で死ねば、闇金の債務は帳消しだ。娘には未来が残る』
『役立たずの命一本で、娘の一生の安堵を買う。いい取引だろ?』
田中は、メーターに固定されたスマホを見下ろした。画面には、制服姿で笑う十六歳の娘の写真。泥沼のような世界で、彼に残された唯一の光。
前方、トンネルの昏い灯が豪雨の向こうに滲み、死のカーブが迫ってくる。
「ああああああ――!!!」
獣の断末魔のような凄惨な咆哮。田中は目を閉じ、右足でアクセルを床まで踏み抜いた。
「ゴォォ――!!!」
十数トンの澄心防弾輸送車が、制御を失った砲弾のように時速130キロでコンクリートの防護柵を粉砕した。巨体は宙で翻転し、下方の廃棄された埋立工事現場へ叩きつけられる。耳を裂く衝撃音。
――しかし、背筋を凍らせる光景は、その直後に起きた。
事故発生から三十秒も経たぬうちに、ナンバープレートのない黒いSUVが三台、幽霊のように雨幕から現れ、燃え始めた残骸の脇へ滑り込んだ。
全身防火服、ガスマスク装着の専門要員が十数名、無言で降りる。彼らは運転席で血肉に潰れた田中を一瞥すらしない。軍用品級の熱切断機で歪んだ後部コンテナをわずか二分で切り開き、フォトレジストの中核プロトタイプを収めた恒温・防振ボックスを引きずり出した。
次いで、高濃度の工業用燃焼剤を運転席と車体に撒き散らす。
炎が一瞬で天へ噴き上がり、痕跡も証拠も、そして絶望した父の魂までも――東京湾の豪雨の中へ、完全に飲み込んで消した。
一時間後。
黒いマイバッハが警戒線の外で止まった。
澄原龍立がドアを開ける。黒のカシミヤコートは風雨を受けて翻る。傘は差さない。真っ直ぐ、黒炭と化した輸送車の残骸へ歩いた。
佐久間が残骸の脇に立つ。顔は鉄青、拳を握り締めている。
「社長……これは普通の強盗じゃありません。奴らは押送ルートを知ってる。GPS切替の盲点も知ってる。さらに、この防弾装甲の弱点まで把握していました」
深灰のレインコートを着た劉立が、現場の鑑識員から、半ば溶けた証拠袋を受け取った。
「龍立、これを」
雨に濡れた眼鏡を押し上げ、底の見えない寒さを帯びた目で言う。
「運転手の手から抉り出した予備スマホだ。基板は焼け落ちているが、外装に極めて隠蔽されたNFCタグが貼られている」
「これはSSGの人間じゃない。本物の運転手の田中は、出発の十分前に殴られて更衣ロッカーに押し込まれていた」
「事故車で死んだのは、虹彩と指紋記録を改竄された“替え玉”だ」
「相手は人命一本を目眩ましに使い、完璧な“交通事故”を作った。堂々と、我々の核心機密を奪い去った」
龍立は、焦炭になった遺体を見つめた。遺体であっても分かる。死の直前まで、両手で胸元を必死に庇っていた――そこには本来、娘の写真が入っていたはずだ。
龍立の目が、一気に氷点へ沈む。冬夜の豪雨よりも冷たい、骨を断つ殺意。
「追い詰められた一般人を自爆装置にして、企業窃盗を隠す……?」
龍立は振り返り、劉立へ命令を落とした。
「一级戦備を起動。東京湾の全ての出海口を封鎖しろ」
「これは刑事事件じゃない。澄心に対する“テロ”だ」
「誰かが、一般人の血で――この澄原龍立の刀が、どれほど速いかを試している」
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