雲海に溺れる

びび

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やわい、

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「わ、おっきい」

休日、部活があるから学校に来ると、駐車場に大きなバスがあったものだから、思わず大きな声で言ってしまった。つい最近うちは強い部活が多いという話をしたばかりだったから笑ってしまった。なんてタイミングだろうか。
何部なのかは分からないけれど、学校名くらいならバスに書いてあるだろう。そう思い、見ようとした。

「蒼依なにしとん」

「ふ、藤! びっくりした……」

後ろから藤に声をかけられて、望にも挨拶をし、話をしているうちにまあいいかと思い、バスの名前を見ずに体育館まで向かった。
今日は午前練だから、午後からは自由だ。ぞくぞくと体育館に部員達がやってきて、挨拶をする。いつも通り練習が始まって、私もいつも通りマネ業をする。

──そう、そうしていつも通り今日というこの日の部活が終わるはずだった。私は家に帰ってお昼寝をして、夜にはテレビを見て。そんな、なんてことない予定だったのだ。

けれど、予定通りに今日を終えることを、誰かが許してくれなかったらしい。


「帰るで」
ジリジリと肌を焼く日差しの中で、大きな二人に挟まれて歩く。ハードな練習の後なのに、いつも元気で驚かされる。
「明るいからいいのに」
「俺が送りたいねん」
「俺も忘れんな」
そう言って私に気を遣わせないようにするのだから、藤はすごいと思う。「ごめんね」は絶対に言わせない、「ありがとう」ばかりを言わせてくれる。
そんな藤の隣は心地よかった。
「あ、テニス部らしいで。あのでっかいバス。しかも」
──やまとだに
ザッと、血の気が引く。「テニス部」「大和谷高校」それだけで、私の思考を奪ってしまう、単語達。

「蒼依?」

声が、重なる。
それは、藤と、
「せ、」

せんせい

喉が、パサつく。息だって、うまく、吸えなくて。ジャージを着ている先生は、それでも先生で。目を丸くしている彼を見て、息が詰まった。
会いたかった?
まだ好きだと思った?
触れたいと思った?
どこかで期待してた?
──ううん、そんなことない
そう、断言できない自分が嫌だった。
「────……」
ふじ、藤。声が出ないまま、口だけが動いた。目が合い、藤が、私を見る。喉奥がきゅうっとしまって、鼻がツンと痛んで、込み上げてくるのは、何かの熱。
先生は、動かない。
私も、動けない。
藤、名前を呼びたいのに、呼べない。どうしよう、どうしたら

「せん、」

「藤」のかわりになぜか溢れそうになった「先生」の言葉を掬い上げて消したのは、
「んっ」
藤の、唇だった。
私を離すまいと抱き寄せられた腰の力強い腕と、俺を見ろと言うように薄く開けられた目に、心奪われた。それなのに、唇が離れた時に見えた先生の顔が、思っていたものと違って。眩く左薬指が光るものだから、目を細めた。

「……蒼依」

帰ろうと、そう言って私の手を引いた、藤。反対側の私の手を包む、望。繋がれた手が、あつくて。わけがわからないまま涙がこぼれた。両手の温もりがほしくて、手を離さないままでいると、遮るものが何もない涙は重力に従ってどんどん落ちていく。俯いてぎゅうっと目をつぶり、嗚咽が漏れないように必死に下唇を噛んだ。少し離れたところで、二人がゆっくり歩みを止めた。

「たすけてって、言ったよな」
「……え?」

風が藤の髪を揺らして、頬を撫でる。涙のせいでぼんやりとした彼は、苦しそうな顔をしていた。きっと、それは私のせいなのだろう。藤を見ている間、望はさらに強く私の手を握った。
たすけてって、ああそうか。私、さっき、たすけてって言っていたのか。

「……そう、みたいだね」
「あれが俺の助け方やから」

真剣な瞳が、風を止めてしまう。彼が何を言いたいのか、わかる気がした。

「謝らへんで」
「……うん」

いい、それで。私はあの時ばかりは救われたから。
「蒼依はええんか? 昴にあんなんされて」
「大丈夫だよ、むしろ助かった。だから望、心配しないで?」
「……ん」
藤昴。彼は私を掬い上げて救う。今にそうなるはずだ。
唇の間から微かに入り込んだ空気で、彼は先生の海で目をつぶり揺蕩っていた私の目を覚ました。新しい酸素は、海は、ここにあるぞと、そう言われたような気がしたのだ。

「二人とも、お願いがある」
「なに?」

私はもう、揺蕩うことをやめなければいけない。

「私の昔話を聞いてほしい」


先ほどの様子を見ていたからか、二人はすんなりと了承してくれて、帰り道の小さな公園によることになった。
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