異世界で四神と結婚しろと言われました

浅葱

文字の大きさ
257 / 653
第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

103.どうにか収まったようです

しおりを挟む
 春の大祭の前に書を習う最後の日、香子は張錦飛に厳しく指導されながらできるだけ丁寧に字を書いていた。書を習っている最中はいつものひらひらした衣裳ではなく、袖が身体に比較的フィットしているものを着ている。漢服の裾の部分も同様だ。張が来ている時だけ字を書いていても上達はしないので、昼間は白虎や青龍と一緒の際練習していたりもする。白虎はどうでもいいようでなんのアドバイスもしてくれないが青龍はけっこう厳しい。そこらへんも性格だなと香子は顔が崩れるのを止められなかった。

『よいことがあったようですな』

 張の優しい声にはっとする。まだ習い中だった。

『申し訳ありません、張老師ジャンラオシー。せっかく貴重な時間をさいて来ていただいているというのに……』

 香子が謝ると張は手で制した。

『いやいや、花嫁様にお会いする以上に大事なことなどございません。大祭の準備もおありでしょうし疲れていらっしゃるのでは?』
『ですが……』
『切りのいいところまで練習しましたら今日は終りにしましょう。なぁに、大祭の後に埋め合わせはしていただきますので』

 ほっほっほっと笑う張に香子は冷汗をかく。バルタン星人かよと相変わらず心の中でツッコミを入れながら、できるだけ時間を作って字の練習をしなければと思った。
 習う時間の後は四神宮の中庭でお茶をする。その日の総括と今後の予定の確認、そしてメインは雑談だ。

『失礼ですが、張老師。皇后について何かご存知ですか?』

 曖昧な聞き方だったかなと思いながら尋ねれば、張は思案気にその長い立派な髭を撫でた。

『さて……何をお尋ねになられているのかわかりませぬが、呼ばれたことはございませんな』

 つまり交流はないということだろう。

『そうですか。失礼しました』
『……花嫁様は聡明な方ですからそれ故に気苦労も耐えないかと存じます。たまには肩の力を抜いて、他の者たちに任せてしまえばよろしい。その為に仕える者がいるのです』
『はぁ』

 答えもまた曖昧であったが、いろいろ気にするなと言われたようだった。皇后に会うことはないが皇太后には呼ばれたりしているのかもしれない。
 見送りの際に『大祭を楽しみにしております』と言い置いて張は帰っていった。
 香子は眉を寄せて首を傾げる。

『老師……もしかして食事会とかに参加されるのかしら?』

 張の言葉の意味が判明するのは大祭当日のことである。
 

 それほど日を空けずに皇后からまた茶会の誘いがあった。
 手紙を携えてきた使いを、黒月が射殺さんばかりの眼光で睨みつけるのをなだめ参加すると返事をした。

『何故あのような無礼者のところへ花嫁様が足を運ばれなければならないのですか!? 来させてきちんと謝罪をさせるべきでしょう!』
『……ほら、一応大国の皇后だから……面子ってものもあるし』
『しかし……っっ!!』
『はいっ! もうおしまいおしまーい!!』

 正直聞いていたらきりがない。さすがにこれについては延夕玲もわかっているので黒月と共にわあわあ言うことはなかった。ちなみにこのやりとりは紅児が昼食をとりに食堂へ行った後に行われた。お客さんに聞かせていい内容ではないからである。
 春の大祭が近いということもあり、翌日香子はまた後宮へ向かった。
 今回のお供は朱雀である。大祭の衣裳用の布を見せてもらう、というのが建前なので青龍が朱雀以外の選択肢はなかったが青龍は前回のやりとりがよほど腹に据えかねたらしく、

万瑛ワンインの顔は見とうない』

 と同行を拒否された。顔を見たら殺してしまいそうだからというのが理由である。とても連れてはいけない。そんなわけで朱雀に頼んだのだが、

『……我は青龍ほど優しくはないぞ』

 と脅すようなことを言われた。さすがにもう暴言を吐かれることはないでしょうとなだめて再び後宮へ向かった。後宮の皇后の室では皇太后がにこやかな表情で待っていた。
 朱雀に抱かれたままではあったがそれはもう仕方ないことなので、とりあえず挨拶をしようとしたら、青ざめた顔の皇后が飛び出してきて叩頭した。香子は驚いて振り返る。扉はいつのまにかきっちり閉められていたらしい。香子はほっとした。

『花嫁様! これまでの数々の非礼、誠に申し訳ありませんでした!』
『……よい。立ちなさい。ただし』

 ちらと皇太后を見やる。

『次はないと心得よ』
『はい……!』

 さすがに皇帝に頭を下げさせるわけにはいかないので皇后の謝罪を受けた。

『皇后、皇帝は無体をせぬだろうか。貴女がつらくては私がここにきた意味はないのです』

 実のところ香子が一番心配していたのはそこである。皇太后に皇帝と共に諭されれば皇后も反省するだろうということはわかっていた。問題は皇帝と夫婦として暮らしていけるのかということだ。極端な話、皇帝夫妻に男女の関係がなくてもかまわない。大切なのはお互いの信頼関係である。皇帝がただ皇后を責めるだけではまた同じことが起こるだろう。そうなった時もちろん容赦するつもりはないが、少しでも皇帝と仲良く暮らしてほしかった。

(皇后にとって皇帝は唯一の男性なんだから大事にしてほしいなぁ……)

 じっと皇后を見つめると、皇后は何故か香子の顔を見ながらみるみるうちに赤くなった。

『?』
『は、はい! 花嫁様にはご心配をおかけして……』
『それならよいのですが。皇后よ、皇帝に不当な扱いを受けるようでしたら忌憚なく言うのですよ』
『……はい』

 この時香子は全く気づいていなかったが、周りの者たちはみな頬を染めていた。
 

『……ふむ、やはり早急に人間から離さねばならぬか』
『朱雀様?』

 朱雀の呟きに黒月がうんうんと頷いていたのは余談である。


ーー
登場人物一覧についてはプチプリの「異世界で暮らしてます[四神番外]」ご確認ください。
https://puchi-puri.jp/books/113
しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

処理中です...