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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
111.天に昇って祈りを捧げてみました
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燃えているような橙や赤が混じった羽毛は、見た目からして熱いのではないかと思ったが、実際にはふわりと優しく香子を包んだ。羽毛は全て赤系ではあったが全て色が微妙に違うのが興味深かった。朱雀と香子の髪と同じ色の羽を見つけて香子は笑む。赤は好きな色だが、この暗紫紅色が一番好きだった。
香子は一度羽毛の海に頭を寄せてぎゅうっと抱きつくと、ようやく顔を上げた。
『わぁ……』
空がとても近い。今日は快晴で、王都の上空は雲一つない青空だ。遥か遠くにぽつんぽつんとパンのような白い雲が浮かんでいるのが見える。朱雀と青龍は天壇の上空をぐるうりぐるうりとまるで円を描くようにゆっくりと飛んでいた。
真下に天壇の敷地全体が俯瞰できる。人の姿はさすがに小さすぎて確認できなかった。北西の方向に目を向ければ王城と景山が見えた。そして更に遠くを見れば山が連なっているのが確認できた。
『あれはもしや……長城?』
山の上の建造物は確認できない。だけど確かあの辺りに万里の長城があるはずだと香子は目を細めた。
このままあの山の上まで連れて行ってほしい。兵士ぐらいしかいないであろう長城に降り立ちたい。そうして歩くのだ。どこまでもどこまでも長城が続いている限り。
『香子、行くぞ』
『え……?』
朱雀と青龍はどうしてか北に向かって飛び始めた。
『え? なんで? え? ええ?』
『長城に行きたいのではないのか? そなたの心が叫んでいたぞ』
『ええええっ!?』
確かに香子は長城を見たいと思ったが、祭祀を放り出してまで行きたいとは思っていない。大体何故青龍と朱雀が元の姿に戻ったのかもわからないのにそんな勝手なことはできなかった。
『いや、あのっ! 確かに行きたいですけどっ! でもそれは今じゃなくてもいいですからっ!』
香子は慌てて叫ぶように言った。
『そうなのか?』
話しながらも朱雀と青龍は北に向かって飛び続けている。
『戻りましょう! またいつかこうしてどこかへ連れて行ってください。今日は祭祀をするんでしょう?』
『……人というのは厄介なものだな……』
そう言いながらも朱雀は香子の言う通りに方向転換をして天壇の方へと戻り始めた。香子はほっとした。
それにしても現在の高度はどれぐらいなのだろうかと香子は考える。真下に見える景色のかんじからして飛行機よりは低いような気がするが、雲がないので距離が測りにくい。
(20000フィートぐらいかな?)
適当である。それにしては空気も薄くないし寒くも感じられない。ただそれは朱雀の上に乗っているからできっと投げ出されれば酸欠で気を失うことも考えられる。
(それはやだな)
『我がそなたを落とすことはない。安心せよ』
『はーい』
返事をしてから、ん? と香子は首を傾げた。何故香子が考えていたことが朱雀にわかるのだろう。触れ合ってはいるから朱雀に伝えようと意識をすれば心話で香子の意思が伝わることはわかっている。けれど先ほどの長城うんぬんは無意識に思っていたことだ。
『香子、我らは本性を現すと感覚が更に研ぎ澄まされる。ゆえにそなたが考えていることがわかるのだ』
『えええ……』
下手なことは考えられないではないかと香子は困ってしまった。龍の本性を現した青龍は緑というより翡翠に近い色をしており鱗がキラキラしてキレイだなと思ったとか、朱雀の色鮮やかな羽毛が思ったよりも柔らかく気持ちよくてもう少しもふもふしていたいと思ったとか、そういうのが全て筒抜けとは聞いていない。
『そうか。そなたはそなに我らを……』
(ぎゃーーーー!! いーーやーー!! ブラックホールかもーんっ!!)
そんなことを話しているうちに天壇の上空に戻ったらしい。また朱雀と青龍がぐるうりぐるうりとゆっくり回り始めた。そうしながら高度を上げているのだと香子はやっと気がついた。
(天を、目指しているの?)
『我ら四神の声はどこにいても天皇に届く。より届かせる為に上がるだけのこと。願いはそなたがせよ』
『……え?』
『さあ、願え』
『……は、はい』
いきなり願えと言われても何を願えばいいのか。それでも朱雀と青龍が機会をくれたのだと天を仰ぐ。
『……この国の国民が、楽しく、笑って暮らせますように! 天災が起こりませんように! 食べ物がいっぱい、農作物が沢山取れますように! それから……』
香子はまた目が潤んでくるのを感じた。
『それから、どうか……元の世界の人々が、私を忘れますようにっっ……!!』
頬が濡れる。化粧が落ちてしまうとは思ったが、それは後から後から溢れて止まらない。
『どうか……どうか……上邪(神よ)!! 我が願い、聞き届けたまえ……!!』
何度も何度も香子は叫んだ。自分のことは後回しでもよかった。香子は聖人君子ではない。施政者でも宗教家でもない。ただただこの国に平和をと、みなが幸せに暮らせる世の中をと願ったにすぎない。自分は今幸せだから、この国の国民がみな笑って暮らせますようにと心から願った。
朱雀と青龍は満足そうに目を細める。
香子は普通ではあるが普通ではない。この世界に招かれるべくして招かれたのだと改めて二神は理解する。
そうして二神が地上に降り立ったのは、それから一刻ほど経ってからのことだった。
ーーーー
「貴方色に染まる」28話辺りです。みな天を見上げることは基本ありません。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
香子は一度羽毛の海に頭を寄せてぎゅうっと抱きつくと、ようやく顔を上げた。
『わぁ……』
空がとても近い。今日は快晴で、王都の上空は雲一つない青空だ。遥か遠くにぽつんぽつんとパンのような白い雲が浮かんでいるのが見える。朱雀と青龍は天壇の上空をぐるうりぐるうりとまるで円を描くようにゆっくりと飛んでいた。
真下に天壇の敷地全体が俯瞰できる。人の姿はさすがに小さすぎて確認できなかった。北西の方向に目を向ければ王城と景山が見えた。そして更に遠くを見れば山が連なっているのが確認できた。
『あれはもしや……長城?』
山の上の建造物は確認できない。だけど確かあの辺りに万里の長城があるはずだと香子は目を細めた。
このままあの山の上まで連れて行ってほしい。兵士ぐらいしかいないであろう長城に降り立ちたい。そうして歩くのだ。どこまでもどこまでも長城が続いている限り。
『香子、行くぞ』
『え……?』
朱雀と青龍はどうしてか北に向かって飛び始めた。
『え? なんで? え? ええ?』
『長城に行きたいのではないのか? そなたの心が叫んでいたぞ』
『ええええっ!?』
確かに香子は長城を見たいと思ったが、祭祀を放り出してまで行きたいとは思っていない。大体何故青龍と朱雀が元の姿に戻ったのかもわからないのにそんな勝手なことはできなかった。
『いや、あのっ! 確かに行きたいですけどっ! でもそれは今じゃなくてもいいですからっ!』
香子は慌てて叫ぶように言った。
『そうなのか?』
話しながらも朱雀と青龍は北に向かって飛び続けている。
『戻りましょう! またいつかこうしてどこかへ連れて行ってください。今日は祭祀をするんでしょう?』
『……人というのは厄介なものだな……』
そう言いながらも朱雀は香子の言う通りに方向転換をして天壇の方へと戻り始めた。香子はほっとした。
それにしても現在の高度はどれぐらいなのだろうかと香子は考える。真下に見える景色のかんじからして飛行機よりは低いような気がするが、雲がないので距離が測りにくい。
(20000フィートぐらいかな?)
適当である。それにしては空気も薄くないし寒くも感じられない。ただそれは朱雀の上に乗っているからできっと投げ出されれば酸欠で気を失うことも考えられる。
(それはやだな)
『我がそなたを落とすことはない。安心せよ』
『はーい』
返事をしてから、ん? と香子は首を傾げた。何故香子が考えていたことが朱雀にわかるのだろう。触れ合ってはいるから朱雀に伝えようと意識をすれば心話で香子の意思が伝わることはわかっている。けれど先ほどの長城うんぬんは無意識に思っていたことだ。
『香子、我らは本性を現すと感覚が更に研ぎ澄まされる。ゆえにそなたが考えていることがわかるのだ』
『えええ……』
下手なことは考えられないではないかと香子は困ってしまった。龍の本性を現した青龍は緑というより翡翠に近い色をしており鱗がキラキラしてキレイだなと思ったとか、朱雀の色鮮やかな羽毛が思ったよりも柔らかく気持ちよくてもう少しもふもふしていたいと思ったとか、そういうのが全て筒抜けとは聞いていない。
『そうか。そなたはそなに我らを……』
(ぎゃーーーー!! いーーやーー!! ブラックホールかもーんっ!!)
そんなことを話しているうちに天壇の上空に戻ったらしい。また朱雀と青龍がぐるうりぐるうりとゆっくり回り始めた。そうしながら高度を上げているのだと香子はやっと気がついた。
(天を、目指しているの?)
『我ら四神の声はどこにいても天皇に届く。より届かせる為に上がるだけのこと。願いはそなたがせよ』
『……え?』
『さあ、願え』
『……は、はい』
いきなり願えと言われても何を願えばいいのか。それでも朱雀と青龍が機会をくれたのだと天を仰ぐ。
『……この国の国民が、楽しく、笑って暮らせますように! 天災が起こりませんように! 食べ物がいっぱい、農作物が沢山取れますように! それから……』
香子はまた目が潤んでくるのを感じた。
『それから、どうか……元の世界の人々が、私を忘れますようにっっ……!!』
頬が濡れる。化粧が落ちてしまうとは思ったが、それは後から後から溢れて止まらない。
『どうか……どうか……上邪(神よ)!! 我が願い、聞き届けたまえ……!!』
何度も何度も香子は叫んだ。自分のことは後回しでもよかった。香子は聖人君子ではない。施政者でも宗教家でもない。ただただこの国に平和をと、みなが幸せに暮らせる世の中をと願ったにすぎない。自分は今幸せだから、この国の国民がみな笑って暮らせますようにと心から願った。
朱雀と青龍は満足そうに目を細める。
香子は普通ではあるが普通ではない。この世界に招かれるべくして招かれたのだと改めて二神は理解する。
そうして二神が地上に降り立ったのは、それから一刻ほど経ってからのことだった。
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「貴方色に染まる」28話辺りです。みな天を見上げることは基本ありません。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
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