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第3部 周りと仲良くしろと言われました
101.香炉峰に登りました
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香山の敷地を示す門を抜けて、馬車は停まった。
そこはとても広い空間だった。そんなに人が訪れることがあるのだろうかと、香子は目を丸くした。ただ、今回はお忍びに近いので香子たちが乗っている馬車に護衛の騎馬と侍女や侍従、女官が乗った馬車が二台ほど続いたぐらいである。皇帝が狩りなどで訪れるとしたら馬車が何台着くかわからない。そう考えると、馬車を停める場所はこれぐらい広くてもおかしくないのだろうと思い直した。
静宜園(香山公園)は唐代に作られた香山寺を1186年(金の大定26年)、金の世宗が大永安寺として再建したのが始まりとされる。この世界ではずっと唐の時代が続いているので、香山寺は時代によって修繕や再建されたりしているのだろうと思われる。
元の世界では、かつての皇室所有の園林(中国庭園)を有料で一般公開している。
香子は朱雀の腕に抱かれ、辺りを見回す。
『わぁ……』
紅児が来た時も十分紅葉は素晴らしかったそうだが、本当に色鮮やかである。赤、橙色、黄、そしてところどころに見える緑がアクセントになり、とても美しい光景だった。
『とても、綺麗です』
『そうさのう……かような美しい景色を見ると心が洗われるようじゃ』
皇太后が儚い笑みを浮かべた。
すぐ近くに見覚えのない男性がいることに、香子は気づいた。おそらく案内役の者だろう。こちらが落ち着くまで声はかけてこないようだった。女官、侍従、侍女が流れるような動きをする。女官が皇太后に声をかけた。
『老仏爺、静宜園の案内がおります』
『そうか。では参ろうぞ』
案内役の挨拶を受け、まずは香山寺にお参りをした。
こちらの世界の静宜園は、香山の他に宮殿、楼閣、庭園などで構成されている非常に広い皇族所有の避暑地である。かつてこの敷地内で狩りなどを行った皇帝もいたらしいが、今上帝はそういったことはめったに行わないそうだ。
香子は寺を見て、この世界の仏教はどこから、と思ったが口には出さなかった。もしかしたらチベット仏教かもしれないとか、自分でもわけがわからないことを思う。香子に仏教の知識はほとんどなかった。
お参りをしてから道を戻れば輿が用意されているという。それに乗せてもらって香山に登るのだそうだ。
『江緑は輿に乗るといい。香子は……朱雀兄、頼みます』
『承知した』
白虎の言に朱雀はそのまま従った。白虎は輿に乗る皇太后に付き添うようだ。こういうところは優しいと香子はにこにこした。
『まあ……白虎様がこの年寄りに付き添ってくださるなんて……』
『……人間ではどうかは知らぬが、別段年寄りと言うほどの歳でもあるまい』
白虎はさらりと言って、皇太后が乗った輿を担ぐ者たちの邪魔しないよう上手に付き添った。そのせいか、皇太后はいつになくはしゃいでいた。
『美しい紅葉と共に白虎様のお姿が見られるなど、これ以上の贅沢がありましょうや。よき冥途の土産になりました……』
『何を申す。そなたの命が尽きるまでにはまだ何年もある』
それを朱雀に抱かれたまま後ろで聞いていた香子はえええと思った。
『朱、朱雀様……四神って人の寿命がわかるんですか?』
こっそりと、香子は思わず朱雀に尋ねてしまった。
『……はっきりした時間はわからぬが、死期が近づいている者はわかるぞ』
さらりと言われて戦慄する。
『死期が近づいている、というのはどれぐらい前からわかるものなのですか?』
朱雀は少し考えるような顔をした。
『……わかるはわかるが確定ではない。未来というのはきっかけ次第で変わるものだ。故に、江緑に関して言えば数年は死の影がないということぐらいしかわからぬ』
それに聞き耳を立てていたのか、延夕玲はほんの少し嬉しそうな顔をした。皇太后は本当に夕玲を可愛がっているから嬉しいのだろうと香子もにっこりした。
『朱雀様、ありがとうございます』
『まだ何年も妾は生きられるのですか? なんて嬉しいこと。その間は白虎様のお姿を拝見することができるのですね』
そう答える皇太后の声は嬉しそうに弾んでいた。
途中立ち止まっては景色を望み、ゆっくりゆっくりと頂上を目指す。今香子が朱雀の腕に抱かれて上っているのは香炉峰という険しく切り立った峰である。その形状故に「鬼見愁」とも呼ばれる最高峰557mの山だ。元の世界ではコンクリートの階段があったので、足は痛かったが登りやすかった。こちらは登山道ではあるが土の道である。香子としては自分の足で登りたいところだが、それは絶対に許されないので土の道を恨めしそうに眺めるだけだ。
二刻程の時間をかけて上に着く。香炉峰と彫られた石があった。重陽閣と書かれた建物でしばしの休憩をする。山を下りてから昼食にするようだ。
侍女たちが準備してきたお茶とお茶菓子を香子もいただいた。皇太后はさすがに茶菓子に手はつけなかった。白虎は全く気にせず食べていた。
重陽閣の楼台から見た景色は絶景だった。空気が澄んでいるせいか、北京の街をかなり遠くまで見渡すことができ、香子は感動した。
「こんなに綺麗じゃなかった……」
だが、香子にとってなんだか懐かしい景色だった。
4年をここで過ごした。
朱雀が香子を抱き込んだ。泣いてもいいのだと、香子は言われたような気がした。
涙をこらえる。
こんなに美しい景色が見られたことを、香子は感謝した。
そこはとても広い空間だった。そんなに人が訪れることがあるのだろうかと、香子は目を丸くした。ただ、今回はお忍びに近いので香子たちが乗っている馬車に護衛の騎馬と侍女や侍従、女官が乗った馬車が二台ほど続いたぐらいである。皇帝が狩りなどで訪れるとしたら馬車が何台着くかわからない。そう考えると、馬車を停める場所はこれぐらい広くてもおかしくないのだろうと思い直した。
静宜園(香山公園)は唐代に作られた香山寺を1186年(金の大定26年)、金の世宗が大永安寺として再建したのが始まりとされる。この世界ではずっと唐の時代が続いているので、香山寺は時代によって修繕や再建されたりしているのだろうと思われる。
元の世界では、かつての皇室所有の園林(中国庭園)を有料で一般公開している。
香子は朱雀の腕に抱かれ、辺りを見回す。
『わぁ……』
紅児が来た時も十分紅葉は素晴らしかったそうだが、本当に色鮮やかである。赤、橙色、黄、そしてところどころに見える緑がアクセントになり、とても美しい光景だった。
『とても、綺麗です』
『そうさのう……かような美しい景色を見ると心が洗われるようじゃ』
皇太后が儚い笑みを浮かべた。
すぐ近くに見覚えのない男性がいることに、香子は気づいた。おそらく案内役の者だろう。こちらが落ち着くまで声はかけてこないようだった。女官、侍従、侍女が流れるような動きをする。女官が皇太后に声をかけた。
『老仏爺、静宜園の案内がおります』
『そうか。では参ろうぞ』
案内役の挨拶を受け、まずは香山寺にお参りをした。
こちらの世界の静宜園は、香山の他に宮殿、楼閣、庭園などで構成されている非常に広い皇族所有の避暑地である。かつてこの敷地内で狩りなどを行った皇帝もいたらしいが、今上帝はそういったことはめったに行わないそうだ。
香子は寺を見て、この世界の仏教はどこから、と思ったが口には出さなかった。もしかしたらチベット仏教かもしれないとか、自分でもわけがわからないことを思う。香子に仏教の知識はほとんどなかった。
お参りをしてから道を戻れば輿が用意されているという。それに乗せてもらって香山に登るのだそうだ。
『江緑は輿に乗るといい。香子は……朱雀兄、頼みます』
『承知した』
白虎の言に朱雀はそのまま従った。白虎は輿に乗る皇太后に付き添うようだ。こういうところは優しいと香子はにこにこした。
『まあ……白虎様がこの年寄りに付き添ってくださるなんて……』
『……人間ではどうかは知らぬが、別段年寄りと言うほどの歳でもあるまい』
白虎はさらりと言って、皇太后が乗った輿を担ぐ者たちの邪魔しないよう上手に付き添った。そのせいか、皇太后はいつになくはしゃいでいた。
『美しい紅葉と共に白虎様のお姿が見られるなど、これ以上の贅沢がありましょうや。よき冥途の土産になりました……』
『何を申す。そなたの命が尽きるまでにはまだ何年もある』
それを朱雀に抱かれたまま後ろで聞いていた香子はえええと思った。
『朱、朱雀様……四神って人の寿命がわかるんですか?』
こっそりと、香子は思わず朱雀に尋ねてしまった。
『……はっきりした時間はわからぬが、死期が近づいている者はわかるぞ』
さらりと言われて戦慄する。
『死期が近づいている、というのはどれぐらい前からわかるものなのですか?』
朱雀は少し考えるような顔をした。
『……わかるはわかるが確定ではない。未来というのはきっかけ次第で変わるものだ。故に、江緑に関して言えば数年は死の影がないということぐらいしかわからぬ』
それに聞き耳を立てていたのか、延夕玲はほんの少し嬉しそうな顔をした。皇太后は本当に夕玲を可愛がっているから嬉しいのだろうと香子もにっこりした。
『朱雀様、ありがとうございます』
『まだ何年も妾は生きられるのですか? なんて嬉しいこと。その間は白虎様のお姿を拝見することができるのですね』
そう答える皇太后の声は嬉しそうに弾んでいた。
途中立ち止まっては景色を望み、ゆっくりゆっくりと頂上を目指す。今香子が朱雀の腕に抱かれて上っているのは香炉峰という険しく切り立った峰である。その形状故に「鬼見愁」とも呼ばれる最高峰557mの山だ。元の世界ではコンクリートの階段があったので、足は痛かったが登りやすかった。こちらは登山道ではあるが土の道である。香子としては自分の足で登りたいところだが、それは絶対に許されないので土の道を恨めしそうに眺めるだけだ。
二刻程の時間をかけて上に着く。香炉峰と彫られた石があった。重陽閣と書かれた建物でしばしの休憩をする。山を下りてから昼食にするようだ。
侍女たちが準備してきたお茶とお茶菓子を香子もいただいた。皇太后はさすがに茶菓子に手はつけなかった。白虎は全く気にせず食べていた。
重陽閣の楼台から見た景色は絶景だった。空気が澄んでいるせいか、北京の街をかなり遠くまで見渡すことができ、香子は感動した。
「こんなに綺麗じゃなかった……」
だが、香子にとってなんだか懐かしい景色だった。
4年をここで過ごした。
朱雀が香子を抱き込んだ。泣いてもいいのだと、香子は言われたような気がした。
涙をこらえる。
こんなに美しい景色が見られたことを、香子は感謝した。
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