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第1部 四神と結婚しろと言われました

126.影響力はあなどれません

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 香子が肩を落としたのを気の毒に思ったのか、玄武が声をかけた。

『その方、名はなんと申す?』
『……馬……馬遼マーリャオ、と申します……』

 頭を地板ゆかに擦りつけるようにしながらおじさん―馬遼が名乗る。

『馬遼とやら、そなたの作った物はなかなかうまかったぞ。もしそなたが望むならここで我らの為にその料理の腕をふるってみてはどうか』

 玄武の言葉に馬は何と答えていいのかわからない様子だった。

『……も、もったいねぇお言葉でございます……』

 小さく震える声でどうにか言った科白には四神への惧れが窺えた。香子が四神の花嫁ということを知らされたことで、香子を抱いている者が四神のうちの誰かと気付いたのだろう。そしてその周りにいる者たちについてもただものではないと気付いたに違いなかった。

『……玄武様、ご家族に来ていただいてからその話は改めてしましょう』
『そうだな』

 家族が来る迄しばらくかかるだろうと趙文英がおじさん―馬遼を促した。使用人の休憩所のようなところに案内するらしい。もう夕方ということもあり家族が来るのは明日になるかもしれない。謁見の間を出てから香子は嘆息した。
 自分が考える必要のあることではないと思う。
 この国の中心がどれだけ腐敗していようと四神に影響があるとは思えない。香子は今ただ宮廷に滞在しているだけで、予定の期間が過ぎればどの神かの領地に住まうことになる。
 それでも香子は庶民だから、国が腐敗しているとすればどこに一番影響が行くのかぐらいはわかる。

(四神の花嫁とはなんなのかしら?)

 夕食の時間迄少し間があるということなので茶室に連れて行ってもらった。お茶を自分で入れてほっと息をつく。
 日本の茶道こそ厳粛ではないが、中国茶藝はおいしく入れられればそれだけ心が落ち着く。そして四神が満足そうに飲んでくれる姿を見るのも香子は好きだった。

『香子、そなたが気に病むことはない。そなたは我らの側にいてくれるだけでいいのだ』

 玄武の言葉に香子は首を傾げた。おそらくそれが香子への答えなのだろうがなんだか納得がいかなかった。
 その時『失礼します』と黒月の声がして茶室の扉が開いた。この重い雰囲気にも関わらず彼女の頬は幾分上気しているように見える。そしてその後ろに控えている者もまた人ではないように見えた。

「?」
『火急の用件にてこちらへ通しましたこと、お許しください』

 黒月が平伏しようとしたのを玄武が手で制す。

『黒羽か』
『はい』

 見た目は20代~30代ぐらいなのだが雰囲気が違う。黒月と並ぶと黒羽はひどく老成しているように見えた。玄武の眷族なのだろうその男性は、香子に向かって拱手した。

『この度は花嫁様の姿をこの目にできたこと非常に嬉しく思います。花嫁様のおかげで昨日北の領地での吹雪が止まりました。玄武の眷族を代表して御礼申し上げたく……』
『……え……?』

 黒羽の科白は香子にとって寝耳に水だった。どういうことかと玄武を見る。

『……そうか、止まったか』
『はい。主様が王都に参られてから日々吹雪の勢いは弱まっておりましたが、昨日ついに止まりましたので報告に参った次第でございます』

 玄武と黒羽の会話に香子は首を傾げた。季節でいうなら今は春である。
 北の領地というぐらいだからここ北京よりも更に北にあるのだろうが、まだ吹雪いているなんてことがあるのだろうか。東京生まれ東京育ちの香子にはいまいちピンとこない。

『……あの……もう春なんですよね……?』

 季節を確認する為におそるおそる声をかけると黒羽は頷いた。

『はい、しかしここ何十年かはこんなに早く吹雪が止むことはありませんでした。領民たちも花嫁様のおかげだと認識しているようです』

 香子は頭がくらくらしてきた。
 玄武の言葉がこれで証明されてしまった。
 香子は花嫁として四神の側にいるだけで本当にいいらしい。

(……なんてご都合主義な展開……)

 おそらく一昨日の夜玄武に抱かれたことで安定したのだろう。あくまで推測にすぎないがそれ以外に説明がつきそうもない。

(ってことは朱雀様は?)

 朱雀を窺うと、彼は面白そうに香子を見ていた。
 まだいろいろと勉強をする必要がありそうで、香子は嘆息した。
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