111 / 117
本編
111.熱情
しおりを挟む
醜態をさらした翌朝というのは良くも悪くも気まずいものである。しかも今朝は瞼に口づけを受けて起きたものだから、紅児は全身から火を噴きそうだった。
〈おはよう。よく眠れたようだな〉
頭から顔にかけて触れるだけの口づけをくり返しながら、紅夏に心話で挨拶される。心話は耳から聞こえる物ではないが、甘いテナーで聞こえてくるのが紅児にとって不思議ではある。聞こえ方はなんというか、頭と心に直接届くといえばいいのだろうか。なんというか身体の奥の方まで踏み込まれているかんじで、甘い雰囲気の時にそれをされると胸がきゅううっと苦しくなるのだ。
被子(掛け布団)をかぶってやり過ごそうにも、今朝はすでに抱き込まれているのでどうすることもできない。
〈紅、紅夏さま……ちょっと離して……〉
恥ずかしさといたたまれなさで心臓が止まってしまいそうだ。
なのに。
〈できぬ〉
即答されて口唇を塞がれた。
「……んっ……」
どきどきが止まらない。紅児は紅夏の衣服をぎゅっと掴んだ。
強引な返答とは裏腹に、紅夏の唇は優しかった。何度もついばみ、少し開かれた口唇をぺろりと舐める。
ふるふると震える紅児を決して離さぬとばかりに抱きしめ、
〈……これが”愛しい”という感情か……〉
などと言葉でもどうにかしようとする。
朝なのに、今日は一日忙しいはずなのになんて思いはすでに霧散し、紅児は甘く疼く胸を持て余しどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
何度も口づけられ、その舌がするりと中に入ってき、衣服の前をくつろげられそうになったところで紅夏の動きが止まった。
一瞬彼は不快そうに目をスッと細めたが、仕方ないというように口づけを解いて嘆息する。
「…………?」
「……朝食を共に、と。花嫁様からの誘いだ」
「えっ!?」
それまでふわふわしていた意識が途端にはっきりする。いつそんな連絡があったのだろうか。
疑問が顔に出ていたのだろう、紅夏が種明かしをしてくれる。
「四神は眷属に離れていても意志を伝えることができる。ただし一方的ではあるが」
「そうなんですか……」
そういえば今までにも疑問に思うことはあった。四神から眷属への心話のようなものかと理解する。一方的なのは、眷属は無条件に四神に従うからなのだろう。
ただ細かい内容の確認などはどうするのだろう。
そこまで考えてから、神様は下々の者の返事は想定していないだろうことに思い至った。
些か失礼なことを思いつつ、支度をしなければいけないので離してもらう。紅夏が離れてほっとしたと同時に寒さを感じてふるりと身を震わせた。
「あの……?」
当たり前のように漢服を用意されて戸惑う。
「女性の髪結いまではできぬが……」
そう言いながら恥じらう紅児を着替えさせる。その手は人を世話するのに慣れていた。
髪型を整えるのは侍女たちに頼むことにし、紅夏は一旦席を外した。先に花嫁に確認をしに行ったのだろう。
四神宮の侍女たちが暮らす大部屋で紅児は髪を整えてもらうことになった。
もうすでに勤務時間内だというのに、何故か何人もの侍女が待っていた。紅児は目を丸くする。
もしかしたらそれもまた花嫁の指示なのかもしれなかった。
「……今日でもう紅児とお別れだなんて、信じられないわ」
紅児の髪をすきながらため息交じりに言われる。
「国に帰っても私たちのこと忘れないでね」
「紅夏様は素敵な方だとは思うけど、紅児を任せるには心配だわ!」
侍女たちにかわるがわる声をかけられて紅児は胸が熱くなる。その度に頷こうとしては、
「わかってるから、頭動かさない!」
「ほら、泣かないの! 化粧が落ちちゃうでしょ!」
そんなことを言いながらも彼女たちの目は優しくて、涙をこらえるのも一苦労で。
けれど帰国するつもりではいるが船に乗れなかったら、という不安どうしても紅児には残る。
「あの……もしすぐに戻ってくることになったら……」
消え入りそうな声で呟けば、なあんだそんなこと、と言わんばかりに即答された。
「もちろんいつでも戻ってきていいんだからね? 紅児は私たちの”妹”なんだから!」
もうこらえることなんてできなかった。
化粧が崩れるとか、花嫁を待たせているとか申し訳なく思いながらも、ぼろぼろぼろぼろこぼれる涙。
「あらあら」
「もー紅児は泣き虫なんだから!」
そう冗談めかして言う彼女たちの科白も濡れていて。
優しく目元をぬぐわれ、泣き止んでから化粧を直されて、紅児は”姉たち”に送り出される。
大部屋の前では当たり前のように紅夏が待っていて、紅児にスッと手を差し伸べてくれた。
その手に手を重ねて。
促されるままに四神宮に足を踏み入れる。
(今日で最後……)
建物の趣も、ひどく感慨深かった。
熱情 心優しい、とても親切である、熱烈な感情など
〈おはよう。よく眠れたようだな〉
頭から顔にかけて触れるだけの口づけをくり返しながら、紅夏に心話で挨拶される。心話は耳から聞こえる物ではないが、甘いテナーで聞こえてくるのが紅児にとって不思議ではある。聞こえ方はなんというか、頭と心に直接届くといえばいいのだろうか。なんというか身体の奥の方まで踏み込まれているかんじで、甘い雰囲気の時にそれをされると胸がきゅううっと苦しくなるのだ。
被子(掛け布団)をかぶってやり過ごそうにも、今朝はすでに抱き込まれているのでどうすることもできない。
〈紅、紅夏さま……ちょっと離して……〉
恥ずかしさといたたまれなさで心臓が止まってしまいそうだ。
なのに。
〈できぬ〉
即答されて口唇を塞がれた。
「……んっ……」
どきどきが止まらない。紅児は紅夏の衣服をぎゅっと掴んだ。
強引な返答とは裏腹に、紅夏の唇は優しかった。何度もついばみ、少し開かれた口唇をぺろりと舐める。
ふるふると震える紅児を決して離さぬとばかりに抱きしめ、
〈……これが”愛しい”という感情か……〉
などと言葉でもどうにかしようとする。
朝なのに、今日は一日忙しいはずなのになんて思いはすでに霧散し、紅児は甘く疼く胸を持て余しどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
何度も口づけられ、その舌がするりと中に入ってき、衣服の前をくつろげられそうになったところで紅夏の動きが止まった。
一瞬彼は不快そうに目をスッと細めたが、仕方ないというように口づけを解いて嘆息する。
「…………?」
「……朝食を共に、と。花嫁様からの誘いだ」
「えっ!?」
それまでふわふわしていた意識が途端にはっきりする。いつそんな連絡があったのだろうか。
疑問が顔に出ていたのだろう、紅夏が種明かしをしてくれる。
「四神は眷属に離れていても意志を伝えることができる。ただし一方的ではあるが」
「そうなんですか……」
そういえば今までにも疑問に思うことはあった。四神から眷属への心話のようなものかと理解する。一方的なのは、眷属は無条件に四神に従うからなのだろう。
ただ細かい内容の確認などはどうするのだろう。
そこまで考えてから、神様は下々の者の返事は想定していないだろうことに思い至った。
些か失礼なことを思いつつ、支度をしなければいけないので離してもらう。紅夏が離れてほっとしたと同時に寒さを感じてふるりと身を震わせた。
「あの……?」
当たり前のように漢服を用意されて戸惑う。
「女性の髪結いまではできぬが……」
そう言いながら恥じらう紅児を着替えさせる。その手は人を世話するのに慣れていた。
髪型を整えるのは侍女たちに頼むことにし、紅夏は一旦席を外した。先に花嫁に確認をしに行ったのだろう。
四神宮の侍女たちが暮らす大部屋で紅児は髪を整えてもらうことになった。
もうすでに勤務時間内だというのに、何故か何人もの侍女が待っていた。紅児は目を丸くする。
もしかしたらそれもまた花嫁の指示なのかもしれなかった。
「……今日でもう紅児とお別れだなんて、信じられないわ」
紅児の髪をすきながらため息交じりに言われる。
「国に帰っても私たちのこと忘れないでね」
「紅夏様は素敵な方だとは思うけど、紅児を任せるには心配だわ!」
侍女たちにかわるがわる声をかけられて紅児は胸が熱くなる。その度に頷こうとしては、
「わかってるから、頭動かさない!」
「ほら、泣かないの! 化粧が落ちちゃうでしょ!」
そんなことを言いながらも彼女たちの目は優しくて、涙をこらえるのも一苦労で。
けれど帰国するつもりではいるが船に乗れなかったら、という不安どうしても紅児には残る。
「あの……もしすぐに戻ってくることになったら……」
消え入りそうな声で呟けば、なあんだそんなこと、と言わんばかりに即答された。
「もちろんいつでも戻ってきていいんだからね? 紅児は私たちの”妹”なんだから!」
もうこらえることなんてできなかった。
化粧が崩れるとか、花嫁を待たせているとか申し訳なく思いながらも、ぼろぼろぼろぼろこぼれる涙。
「あらあら」
「もー紅児は泣き虫なんだから!」
そう冗談めかして言う彼女たちの科白も濡れていて。
優しく目元をぬぐわれ、泣き止んでから化粧を直されて、紅児は”姉たち”に送り出される。
大部屋の前では当たり前のように紅夏が待っていて、紅児にスッと手を差し伸べてくれた。
その手に手を重ねて。
促されるままに四神宮に足を踏み入れる。
(今日で最後……)
建物の趣も、ひどく感慨深かった。
熱情 心優しい、とても親切である、熱烈な感情など
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる