貴方色に染まる

浅葱

文字の大きさ
22 / 117
本編

22.談話

しおりを挟む
 紅児ホンアールがああでもないこうでもないと考えていた翌朝、侍女たちは大部屋を出た時、扉の脇に紅夏ホンシャーが佇んでいるのをみとめた。

「……紅夏様?」

 一人が意を決して声をかけると黒い瞳がそちらを向く。その感情を宿していない瞳に声をかけた侍女は身震いした。ただでさえ並外れた美貌を誇る眷族たちである。その無表情たるや破壊力抜群だった。(何を破壊するのだろう)

「なにか」
「……紅児にご用事でしょうか」
「そうだ」

 会話は端的で、それ以上話を続けられそうもない。けれど彼女たちはこのまま紅児が出てくるのをただ待っているのも違うような気がした。

「……あ、あのっ! 紅夏様は紅児をどう思っていらっしゃるのでしょうかっ!?」

 一昨日の夜紅児が紅夏の部屋に行き、昨日の朝泣いて帰ってきたのはどういうことか。大丈夫だと気丈にがんばる紅児を侍女たちはみな心配していた。

「どう思う、とは?」

 静かに聞かれ言葉に詰まる。
 そこで侍女は考えを改めた。もしかしたら聞き方が悪かったかもしれない。

「ええとですね……紅夏様は紅児をどうされるおつもりでしょうか?」
「我が妻にする」

 侍女たちは絶句した。
 当り前のように言われ、彼女たちはかろうじて頷いた。
 確かに白雲や青藍もこれと定めた相手しか見ていないし、侍女頭に白雲との関係を問い詰めた際求婚されたようなことを言っていた。
 侍女たちは紅児の保護者のような気持ちでいたから、紅夏の答えにほっとした。一昨日の夜面白がって紅夏の元へ紅児を行かせてしまったことを実は後悔していたのだ。

「それなら……それならいいのです。……どうか紅児を大切にしてあげてください」

 これ以上侍女たちが言うこともないが、精一杯の思いを籠めて紅夏を見た。

「そうだな。大切にしよう」

 だから紅夏の返事はとても嬉しかった。


 彼らはそこが大部屋の扉の前だということを失念していた。

「あの……?」

 紅児は扉の前にまだ侍女たちがいたことを不思議に思った。そしてすぐ脇を見やり、

「え……」

 反射的に部屋の中に戻ろうとしたが、閉めようとした扉を開けられる。

「紅児」

 静かな声だった。

「我は言葉が足りない」

 紅児は頷く。

「人間のこともよくわからぬ」

 そうなのか、と紅児は思う。

「だからそなたが教えてくれ。我も、そなたが知りたいことに答えよう」

 その科白にも頷いてから、紅児はなにかがおかしいと思った。
 腕を引かれる。

「朝食をとるのだろう」

 紅児はまた頷いた。
 昨日までの紅夏とはあきらかに違うように見えた。けれどそれがなんなのか説明できない。
 紅児と紅夏は侍女たちに囲まれるようにして食堂へ向かった。食堂に着けば侍女たちとは少し離れた席に座らされた。
 紅児は戸惑いながらも好きな物を取って来、紅夏の横に座る。今朝も紅夏は何も食べないようだった。

「先に朝食をとられたのですか?」

 自分では何も持ってこない紅夏にお茶を差し出して聞くと、「食事は必要ない」と言う。
 どういうことなのかと尋ねれば、四神と花嫁の間に産まれた眷族はあまり食事を必要としないらしい。紅児はやはりよくわからなかったが、神により近い存在だからそうなのかと勝手に解釈した。だが黒月は食事をしていたように思う。それについて聞くと、黒月は人間との混血が進んでから生まれた眷族で人に近くなってしまった為食事を必要とするらしい。
 まず四神と花嫁の間に産まれた眷族を第一世代とし、その眷族間で産まれた眷族を第二世代という。眷族が人間との間に産んだ眷族は第三世代と呼ばれるらしい。寿命は第一世代が一番長く、700~800年生きるのだという。第二世代は眷族の寿命によるが500~600年。第三世代は300~400年。その第三世代同士から産まれた眷族は更に寿命が短く150~250年という。つまり第一世代に当たる紅夏は最低でも700年は生きるらしい。
 紅児は頭がくらくらした。百年だって気の遠くなるような時間だと思うのに700年など全く想像がつかない。
 どうにか朝食を終えて仕事に行く時間になった。

「紅夏様はどうなさるのですか?」
「朱雀様の室の前にいる」

 朱雀の室は四神宮に入って一番手前なのですぐに紅児と紅夏は別れた。
 それをなんとなく寂しく思ったが、紅児は慌てて首を振った。


 昼食、夕食の際も時間が決まっているわけではないのに紅夏はふらりと現れる。
 そしていろいろなことを教えてもらった。ただ仕事が終った後、「部屋に来るように」という科白には首を振った。
 確かに2人きりで話したいこともあるかもしれなかったが、まだ知り合って間もないのに再び紅夏の部屋に行くことはためらわれた。
 紅児は紅夏のことをかっこいいとか美しいとは思うが、恋愛感情を抱いているかと聞かれれば疑問だった。
 この国では子供の結婚は親が決めるのが当り前で、恋愛結婚というのは少ないらしい。身分があれば政略結婚をし、その後愛が芽生えるかどうかはお互いの努力による。だからそもそも恋愛ができるという時点で贅沢なのだが、庶民の結婚については恋愛結婚が多い国で育ってきた紅児としてはもう少しきちんと考えたいというのが本音だった。

「そうか」

 紅夏は無表情でそれだけ言うと踵を返した。
 そうされると今度は「なんですぐに諦めるの」と理不尽なことを考えてしまう自分に紅夏は戸惑った。
 大部屋に戻ると侍女たちに肩を叩かれた。どうやら心配して扉の前で聞き耳を立てていたらしい。

「断って正解よ」
「男ってのはすぐ既成事実を作ろうとするんだから!」
「この間はごめんね」

 先日の件は調子に乗りすぎたと侍女たちは言う。
 四神の眷族に見初められることほど幸運なことはないと、自分たちの勝手な考えで紅児を送りだしてしまった。

「侍女頭にものすごく怒られちゃったわ。本当にごめんなさいね」
「いえ……」

 神の眷族に見初められるなんて、確かにこの国の者からすれば天にも昇るようなことなのだろう。神の概念自体が曖昧で、まず地上にいることが信じられない紅児としてはいまいちピンとこなかったが。

「紅夏様もかなり花嫁様にしぼられたんじゃない?」

 何気なく言われ、紅児は目を見開いた。一昨日の夜のことが花嫁にまで知られているとは思いもよらなかった。

「え……」
「花嫁様はよく見ていらっしゃるものね」
「紅児の様子で多分気付かれたのではなくて?」

 さすが四神の花嫁様よねーと侍女たちは簡単に結論づけていたが、そこまで気にしてもらっているということを紅児は申し訳なく思った。


 全てを終えて小部屋に戻る。
 紅児は今日紅夏から教えてもらったことを頭の中で整理した。
 紅夏の寿命は少なくとも700年。そしてすでに大体300年ぐらい生きているらしい。
 人の寿命は長くても70年ぐらいですけど? と言えば紅夏と結婚すれば同じだけの時を生きるのだと教えられた。残り400年と考えても気の遠くなるような時間である。
 四神やその眷族と結婚した相手は寿命が等しくなるのだというから驚きだ。とすれば陳が白雲と、延が青藍と結婚したら同じだけの時を生きることになる。それを彼女たちは知っているのだろうか。
 そこまで考えてから、紅児は他人のことを気にする余裕はないことに気付いた。いつのまにか自分も当事者になっていることに愕然とする。
 けれどこの何もわからない状態で恋愛はできないと紅児は思う。


 今もしも国に帰れると伝えられれば、紅児は間違いなく帰国することを選ぶであろうから。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

処理中です...