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本編
32.提問(質問する)
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春の大祭自体は4日間である。
初日は四神と花嫁も参加するが他の日は四神宮に籠るらしい。
四神宮の外に一歩出ると浮ついた雰囲気であったが、四神宮の中はいつも通りだった。それでも花嫁が気がついて、大祭の間侍女の半数ほどは休んでいいことになっている。だが花嫁の人柄だろうか、せいぜいみな休んでも期間中に1日というところであとは変わらず勤めていた。
紅児は初日に紅夏と王城の外に出たことで満足し、あとは花嫁の部屋にずっといた。
花嫁は一度だけ困ったような顔で、
「エリーザは客人なのだから……もっと休んでもいいのよ?」
と言ってくれたが紅児は笑顔で応えた。花嫁が声をかけてくれたのはそれ1回きりで、それもまた紅児にはありがたかった。
「秋の大祭は白虎様、春節には全員揃って楼台に立たれるのかしらね」
夜大部屋で侍女の1人が弾んだ声音で言った。寝る前までは紅児も彼女たちに甘えさせてもらい大部屋でおしゃべりをするのが常となっていた。
「そうね。花嫁様がこちらにいらしたのは元宵の後だからそうかもしれないわ」
「それとも玄武様だけとか?」
「その可能性もあるかも」
そういえば紅児はあまり玄武の姿を見たことがない。花嫁が湯あみをした後玄武か朱雀の室に行くことは知っているが、玄武が室から出てくることはめったにないからだった。
「玄武様って……どういう方なんですか?」
好奇心にかられておそるおそる尋ねると、
「すっごく素敵な方よ!」
「一時期花嫁様を全然離さなかったのよね……もうあのとろけんばかりの視線ときたら……」
「髪と目の色は黒月さんと一緒だけど、玄武様はとても穏やかに見えるわ」
と教えられた。紅児が目を白黒させている間に彼女たちはうんうんと頷き、
「ありえないけど、嫁ぐとしたら絶対玄武様よね!」
意見を一致させていた。
そんなに素敵なのに花嫁が玄武に決めていないということは、他の神々にもこちらにはわからない魅力があるのだろう。
もちろん花嫁以外が四神に嫁ぐなんてことは万に一つもありえないけれども。
「とーこーろーでー……紅児は、紅夏様とはどうなってるの?」
いきなり自分のことを聞かれ、紅児は飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。
「……え?」
「紅夏様って強引だけど超いい男よね」
「一緒にデートしたんでしょう?」
「しかもしかも! 最近毎回食べさせてもらってるじゃない!?」
みなから好奇心に満ちた目を向けられて紅児は穴があったら埋まりたいと本気で思った。確かにいつまでも放っておいてくれるとは思っていなかったが、侍女たちがほとんど揃っているところで聞かれるのは赤面ものである。
「あ……あの……」
何をどう話したらいいのかわからない。紅児の背中を冷汗がだらだらと伝った。
しどろもどろになっている紅児に、侍女頭の次点ともいえる侍女が助け舟を出してくれた。
「いろいろ聞かれても答えられないわよね。じゃあ、質問していくから答えられる範囲で答えてもらってもいい?」
全ての質問を拒否しようとは紅児も考えていない。いろいろお世話になっている身である。それに紅児も他の人の恋愛事情に興味はある。気持ちがわかるだけにみなの好奇心を少しでも満たせるならそれもいいかと思った。
「はい……」
「じゃあ1人1つずつ質問していきましょう。答えられないのは無理に答えなくていいからね」
その後順番をどうするかで彼女たちは籤を作ったりしてすぐに準備を整えた。紅児はなんとなく自分がまな板の上の鯉になったような気がした。
「やったーっ! 一番だわー!」
紐くじを引いた侍女が高らかに宣言する。みな羨ましそうな顔をしていた。
「じゃあ聞くけど、紅児は紅夏様のことを今はどう思ってるの?」
「え……素敵な方だと思って、マス」
それは変わらない。
「次よ! それは恋愛感情で好きということ? それともまだよくわからない?」
「……正直……まだよくわからない、です……」
「そうなんだー。じゃあ紅夏様とデートしてどうだった?」
「……楽しかったです」
次から次へと質問をされることに紅児は目を白黒させながらもできるだけ誠実に答えていく。
「具体的にどこに行ったの?」
「馬さんの屋台、少し高そうな飯館、それから前門の楼台の前です」
「デートで紅夏様に何かされた?」
「え……何かって、別に……」
紅児は赤くなった。
「何かされたのね。昨日の夕方少しもめてたみたいだけど何があったの?」
「あ……紅夏様が、どうしても食べさせたいって……」
もう顔から火が噴き出しそうだ。
「食べさせるって、四神や眷族にとっては求愛行動なんでしょう?」
途端に周りの侍女たちがキャー! と声を上げる。
「……そう、みたいです……」
またキャーキャーと声が上がった。
「それって食べないとどうなるのかしら?」
紅児は困ったような表情をする。
「……よくわからないんです。実は、恥ずかしいからやめてほしいって言ったんです。そしたら……」
そこで紅児はためらうように言葉を切った。侍女たちみんなが好奇心に満ちた表情で次の言葉を待っていた。
「食べないってことは……嫁いでくるってことなのかって……」
紅児は自分で言っていても意味がわからなかった。
みな息を飲む。
「えー、それって……」
「普通は拒否じゃない?」
「でもでも……」
「ってことは、断られることは全く想定してないってことよねー……」
誰かの呟きにみなうんうんと頷き、きゃーーーーーーーー!!! とひときわ高く声が上がった。
みんな聞きたいことは大体同じだったので結果として質問数はそれほど多くなかった。ただ……紅児はここで一生分の冷汗をかき、恥ずかしさでもうどこか遠くへ逃げ出したいと思ったのだった。
初日は四神と花嫁も参加するが他の日は四神宮に籠るらしい。
四神宮の外に一歩出ると浮ついた雰囲気であったが、四神宮の中はいつも通りだった。それでも花嫁が気がついて、大祭の間侍女の半数ほどは休んでいいことになっている。だが花嫁の人柄だろうか、せいぜいみな休んでも期間中に1日というところであとは変わらず勤めていた。
紅児は初日に紅夏と王城の外に出たことで満足し、あとは花嫁の部屋にずっといた。
花嫁は一度だけ困ったような顔で、
「エリーザは客人なのだから……もっと休んでもいいのよ?」
と言ってくれたが紅児は笑顔で応えた。花嫁が声をかけてくれたのはそれ1回きりで、それもまた紅児にはありがたかった。
「秋の大祭は白虎様、春節には全員揃って楼台に立たれるのかしらね」
夜大部屋で侍女の1人が弾んだ声音で言った。寝る前までは紅児も彼女たちに甘えさせてもらい大部屋でおしゃべりをするのが常となっていた。
「そうね。花嫁様がこちらにいらしたのは元宵の後だからそうかもしれないわ」
「それとも玄武様だけとか?」
「その可能性もあるかも」
そういえば紅児はあまり玄武の姿を見たことがない。花嫁が湯あみをした後玄武か朱雀の室に行くことは知っているが、玄武が室から出てくることはめったにないからだった。
「玄武様って……どういう方なんですか?」
好奇心にかられておそるおそる尋ねると、
「すっごく素敵な方よ!」
「一時期花嫁様を全然離さなかったのよね……もうあのとろけんばかりの視線ときたら……」
「髪と目の色は黒月さんと一緒だけど、玄武様はとても穏やかに見えるわ」
と教えられた。紅児が目を白黒させている間に彼女たちはうんうんと頷き、
「ありえないけど、嫁ぐとしたら絶対玄武様よね!」
意見を一致させていた。
そんなに素敵なのに花嫁が玄武に決めていないということは、他の神々にもこちらにはわからない魅力があるのだろう。
もちろん花嫁以外が四神に嫁ぐなんてことは万に一つもありえないけれども。
「とーこーろーでー……紅児は、紅夏様とはどうなってるの?」
いきなり自分のことを聞かれ、紅児は飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。
「……え?」
「紅夏様って強引だけど超いい男よね」
「一緒にデートしたんでしょう?」
「しかもしかも! 最近毎回食べさせてもらってるじゃない!?」
みなから好奇心に満ちた目を向けられて紅児は穴があったら埋まりたいと本気で思った。確かにいつまでも放っておいてくれるとは思っていなかったが、侍女たちがほとんど揃っているところで聞かれるのは赤面ものである。
「あ……あの……」
何をどう話したらいいのかわからない。紅児の背中を冷汗がだらだらと伝った。
しどろもどろになっている紅児に、侍女頭の次点ともいえる侍女が助け舟を出してくれた。
「いろいろ聞かれても答えられないわよね。じゃあ、質問していくから答えられる範囲で答えてもらってもいい?」
全ての質問を拒否しようとは紅児も考えていない。いろいろお世話になっている身である。それに紅児も他の人の恋愛事情に興味はある。気持ちがわかるだけにみなの好奇心を少しでも満たせるならそれもいいかと思った。
「はい……」
「じゃあ1人1つずつ質問していきましょう。答えられないのは無理に答えなくていいからね」
その後順番をどうするかで彼女たちは籤を作ったりしてすぐに準備を整えた。紅児はなんとなく自分がまな板の上の鯉になったような気がした。
「やったーっ! 一番だわー!」
紐くじを引いた侍女が高らかに宣言する。みな羨ましそうな顔をしていた。
「じゃあ聞くけど、紅児は紅夏様のことを今はどう思ってるの?」
「え……素敵な方だと思って、マス」
それは変わらない。
「次よ! それは恋愛感情で好きということ? それともまだよくわからない?」
「……正直……まだよくわからない、です……」
「そうなんだー。じゃあ紅夏様とデートしてどうだった?」
「……楽しかったです」
次から次へと質問をされることに紅児は目を白黒させながらもできるだけ誠実に答えていく。
「具体的にどこに行ったの?」
「馬さんの屋台、少し高そうな飯館、それから前門の楼台の前です」
「デートで紅夏様に何かされた?」
「え……何かって、別に……」
紅児は赤くなった。
「何かされたのね。昨日の夕方少しもめてたみたいだけど何があったの?」
「あ……紅夏様が、どうしても食べさせたいって……」
もう顔から火が噴き出しそうだ。
「食べさせるって、四神や眷族にとっては求愛行動なんでしょう?」
途端に周りの侍女たちがキャー! と声を上げる。
「……そう、みたいです……」
またキャーキャーと声が上がった。
「それって食べないとどうなるのかしら?」
紅児は困ったような表情をする。
「……よくわからないんです。実は、恥ずかしいからやめてほしいって言ったんです。そしたら……」
そこで紅児はためらうように言葉を切った。侍女たちみんなが好奇心に満ちた表情で次の言葉を待っていた。
「食べないってことは……嫁いでくるってことなのかって……」
紅児は自分で言っていても意味がわからなかった。
みな息を飲む。
「えー、それって……」
「普通は拒否じゃない?」
「でもでも……」
「ってことは、断られることは全く想定してないってことよねー……」
誰かの呟きにみなうんうんと頷き、きゃーーーーーーーー!!! とひときわ高く声が上がった。
みんな聞きたいことは大体同じだったので結果として質問数はそれほど多くなかった。ただ……紅児はここで一生分の冷汗をかき、恥ずかしさでもうどこか遠くへ逃げ出したいと思ったのだった。
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