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本編
33.変化
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春の大祭が終り王城の中も外もいつも通りに戻りつつある。
そんなある日の昼下がり、
「あーーーーーー!! もうっっ!! 耐えられなーーーーいっっ!! 外に出たーーーーーいっっ!!」
部屋に戻ってきた花嫁が思いっきり叫んだ。
そしてどすどすと音がするぐらい激しく足を振り上げて寝室に姿を消した。
紅児はいつにない花嫁の様子に目を丸くした。
ちょうど延も部屋におり、彼女は一瞬ピクリと眉を動かしたかと思うと部屋の表に出ていった。どうやら表に控える黒月にどういうことかと尋ねにいったのかもしれなかった。
『外に出たい』というのが庭に出たいという意味ではないことぐらい紅児にもわかる。正直紅児も日がな一日こうやって花嫁の居間で立っているのはけっこう苦痛だ。けれど他の侍女たちは当り前のようにこうして一日中立っているのだから紅児が泣き事を言うわけにもいかない。
それに、侍女たちが言うには四神宮に勤める者は恵まれていると言っていた。
後宮付の侍女や皇女付の侍女はそれはもうたいへんらしい。主人は基本部屋にいる為一瞬たりとも気は抜けないし、少しでも気に入らないことがあると扇子等で打ちすえられたりお茶をかけられたりするらしい。もちろん毎日のことではないがそれなりにびくびくしながら過ごしているのだと聞いた。
王城というと華々しいイメージがあるが、内実はかなりどろどろしているようだ。
基本的に下働きは主人の目に触れるところにはいない。だが上役である侍女たちにつらく当たられることもあるらしい。官吏たちが働く場にいる侍女というのは一応下級でも役人や商家の娘が行儀見習いのような形で勤めているものらしい。(後宮や皇族に仕える侍女は例外である)
簡単に言ってしまえば王城で働いていた、というだけで箔がつくのだ。運がよければ上級の役人に見初められるかもしれないという期待もある。
そして身分が高い家の娘たちが働きたいと思った場合は女官として勤める形になる。ここで言うところの延のような女性だ。
花嫁はあまり部屋にいないし、常にそばに人がいることは望まない。本来なら寝室にも侍女がいるのは当り前なのだが花嫁は最初から断っていた。四神宮の中は基本四神と花嫁の意向が優先事項である為、王城内の規則は適用されない。その為花嫁は寝室では本当の意味で1人きりになることができるのだった。
とはいえ、花嫁が1人になれる時間というはとても少ない。それは前述した通りである。
夕方花嫁が食堂に向かった後、延がため息交じりに言った。
「花嫁様はたまに鬱屈がたまると大声を上げたりされることがあるらしいの。でも誰かに当たったりされる方ではないから安心してちょうだい」
紅児はそういった心配はしていなかった。そういえば花嫁は元々市井の方だったと聞いている。そうするとこの四神宮にずっといるというのは苦痛ではないだろうかと思うのだ。
延にそのことを言うのは違う気がするのでその場では何も言わなかったが、夕飯を食べに食堂に行った先で紅夏にその話をした。
「そうだな、確かに花嫁様は王城内でもいろいろなところに行きたがっていた。裏手にある景山にも、御花園にも足を伸ばされたことがある。だが最近は……大祭の時に表に出られただけだ」
大祭の時はカウントされないように紅児は思えた。大祭では決められたことをただ粛々と行っただけである。確かに表に出たのは気分転換になったかもしれないがそれ以上にいろいろとたいへんだったはずだ。あまり表を見る余裕もなかったのではなかろうか。
「花嫁様は……王城の外に出ることはできないのかしら」
呟いてから馬鹿なことを言ったと紅児は後悔した。
そう簡単に出られるわけがないではないか。
「四神のどなたかに嫁がれれば、領地内で外出は可能なはずだ」
「ここでは無理なんですね……」
叫ぶことでしか発散できないなんて、身分の高い人は本当にたいへんなのだなと紅児は思う。ただ、少しでも花嫁の力になれないかとも思うのだ。そんなことを自分が思うなんておこがましいかもしれないけど。
「外出以外になにかないのでしょうか。例えば……そう食べたい物とか、っていうのはない……かしら」
おいしい物ならいくらでも食べられるはずだ。紅児は自分の貧弱な想像力に頭を抱えたくなった。
花嫁は衣装にはあまり興味はなさそうだし、装飾品も化粧類もあまり好きではないようだ。衣装はたまに色の指示だけして後は侍女たちにまかせっきりだし、装飾品も猫眼石の物以外はどうでもよさそうだった。化粧品に関しては皮膚が弱いからめったなものは使えないと聞いた。けれど、化粧等しなくても花嫁の肌は白く滑らかで唇も綺麗な桃色をしている。ただもちろん化粧をすれば映えるから、この間のようなお披露目の場所ではした方がいいのだろうということはわかった。
「食べたい物か……」
恥ずかしさで俯いた時、紅夏が考えるように呟いた。
「そういえばこちらに来られる前花嫁様は市井の料理を主に食べていらしたと聞く。だがそれについては馬が来ているはずだが」
紅児は、以前馬が自分の作った物を花嫁が喜んで食べてくれると言っていたことを思い出した。
小吃の種類は沢山ある。その全てを馬が作って花嫁に食べさせたとは考えにくい。
なにか食べたいものがないか聞いてみるのも手かもしれないと紅児は思った。そのことを紅夏に言うと伝えておいてくれるという。
紅児もいくつか作れるがどうせ食べるなら馬や養父の作るおいしいものの方がいいだろう。
にっこりした紅児に、
「我のこともそれぐらい考えてくれるといいのだが」
紅夏がからかうように言う。
紅児は真っ赤になった。
そんなある日の昼下がり、
「あーーーーーー!! もうっっ!! 耐えられなーーーーいっっ!! 外に出たーーーーーいっっ!!」
部屋に戻ってきた花嫁が思いっきり叫んだ。
そしてどすどすと音がするぐらい激しく足を振り上げて寝室に姿を消した。
紅児はいつにない花嫁の様子に目を丸くした。
ちょうど延も部屋におり、彼女は一瞬ピクリと眉を動かしたかと思うと部屋の表に出ていった。どうやら表に控える黒月にどういうことかと尋ねにいったのかもしれなかった。
『外に出たい』というのが庭に出たいという意味ではないことぐらい紅児にもわかる。正直紅児も日がな一日こうやって花嫁の居間で立っているのはけっこう苦痛だ。けれど他の侍女たちは当り前のようにこうして一日中立っているのだから紅児が泣き事を言うわけにもいかない。
それに、侍女たちが言うには四神宮に勤める者は恵まれていると言っていた。
後宮付の侍女や皇女付の侍女はそれはもうたいへんらしい。主人は基本部屋にいる為一瞬たりとも気は抜けないし、少しでも気に入らないことがあると扇子等で打ちすえられたりお茶をかけられたりするらしい。もちろん毎日のことではないがそれなりにびくびくしながら過ごしているのだと聞いた。
王城というと華々しいイメージがあるが、内実はかなりどろどろしているようだ。
基本的に下働きは主人の目に触れるところにはいない。だが上役である侍女たちにつらく当たられることもあるらしい。官吏たちが働く場にいる侍女というのは一応下級でも役人や商家の娘が行儀見習いのような形で勤めているものらしい。(後宮や皇族に仕える侍女は例外である)
簡単に言ってしまえば王城で働いていた、というだけで箔がつくのだ。運がよければ上級の役人に見初められるかもしれないという期待もある。
そして身分が高い家の娘たちが働きたいと思った場合は女官として勤める形になる。ここで言うところの延のような女性だ。
花嫁はあまり部屋にいないし、常にそばに人がいることは望まない。本来なら寝室にも侍女がいるのは当り前なのだが花嫁は最初から断っていた。四神宮の中は基本四神と花嫁の意向が優先事項である為、王城内の規則は適用されない。その為花嫁は寝室では本当の意味で1人きりになることができるのだった。
とはいえ、花嫁が1人になれる時間というはとても少ない。それは前述した通りである。
夕方花嫁が食堂に向かった後、延がため息交じりに言った。
「花嫁様はたまに鬱屈がたまると大声を上げたりされることがあるらしいの。でも誰かに当たったりされる方ではないから安心してちょうだい」
紅児はそういった心配はしていなかった。そういえば花嫁は元々市井の方だったと聞いている。そうするとこの四神宮にずっといるというのは苦痛ではないだろうかと思うのだ。
延にそのことを言うのは違う気がするのでその場では何も言わなかったが、夕飯を食べに食堂に行った先で紅夏にその話をした。
「そうだな、確かに花嫁様は王城内でもいろいろなところに行きたがっていた。裏手にある景山にも、御花園にも足を伸ばされたことがある。だが最近は……大祭の時に表に出られただけだ」
大祭の時はカウントされないように紅児は思えた。大祭では決められたことをただ粛々と行っただけである。確かに表に出たのは気分転換になったかもしれないがそれ以上にいろいろとたいへんだったはずだ。あまり表を見る余裕もなかったのではなかろうか。
「花嫁様は……王城の外に出ることはできないのかしら」
呟いてから馬鹿なことを言ったと紅児は後悔した。
そう簡単に出られるわけがないではないか。
「四神のどなたかに嫁がれれば、領地内で外出は可能なはずだ」
「ここでは無理なんですね……」
叫ぶことでしか発散できないなんて、身分の高い人は本当にたいへんなのだなと紅児は思う。ただ、少しでも花嫁の力になれないかとも思うのだ。そんなことを自分が思うなんておこがましいかもしれないけど。
「外出以外になにかないのでしょうか。例えば……そう食べたい物とか、っていうのはない……かしら」
おいしい物ならいくらでも食べられるはずだ。紅児は自分の貧弱な想像力に頭を抱えたくなった。
花嫁は衣装にはあまり興味はなさそうだし、装飾品も化粧類もあまり好きではないようだ。衣装はたまに色の指示だけして後は侍女たちにまかせっきりだし、装飾品も猫眼石の物以外はどうでもよさそうだった。化粧品に関しては皮膚が弱いからめったなものは使えないと聞いた。けれど、化粧等しなくても花嫁の肌は白く滑らかで唇も綺麗な桃色をしている。ただもちろん化粧をすれば映えるから、この間のようなお披露目の場所ではした方がいいのだろうということはわかった。
「食べたい物か……」
恥ずかしさで俯いた時、紅夏が考えるように呟いた。
「そういえばこちらに来られる前花嫁様は市井の料理を主に食べていらしたと聞く。だがそれについては馬が来ているはずだが」
紅児は、以前馬が自分の作った物を花嫁が喜んで食べてくれると言っていたことを思い出した。
小吃の種類は沢山ある。その全てを馬が作って花嫁に食べさせたとは考えにくい。
なにか食べたいものがないか聞いてみるのも手かもしれないと紅児は思った。そのことを紅夏に言うと伝えておいてくれるという。
紅児もいくつか作れるがどうせ食べるなら馬や養父の作るおいしいものの方がいいだろう。
にっこりした紅児に、
「我のこともそれぐらい考えてくれるといいのだが」
紅夏がからかうように言う。
紅児は真っ赤になった。
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