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本編
42.萌芽
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あんなことを主である朱雀に言ってよかったのかと紅児ははらはらしたが、朱雀と先代の花嫁から生まれた第一世代というのはそれなりに気安い関係らしい。もちろん越えてはならない一線はあるが、そうなることはないのだという。
紅児はほっとした。
その日は結局、紅児は紅夏と共に過ごした。
紅夏の室に入るのは憚られる為、四神宮の外の庭にいたり、食堂にいたりした。常に話をしていたわけではないが、不思議と退屈だとは思わなかった。
国の歴史や、習慣などをお互いに語る。紅夏の話は淡々としていて難しい言葉もいっぱいあったがそれなりに面白かった。対する紅児は11歳までの記憶なのでところどころ曖昧であったり、言葉がわからなくてどう表現したらいいのかわからないことばかりではあったが紅夏は根気よく聞いていてくれた。
それだけでも紅夏への好感度は上がる。
愛情が深い、と花嫁は言っていたが確かにその通りかもしれない。
夕飯の席で、今日は紅夏が少し食べ物を取ってきた。
食べるなんて珍しいと思っていたら、どうも紅児の為に取ってきてくれたらしい。
「紅夏様はいただかないのですか……?」
口元に差し出されて、紅児は戸惑いながら聞いた。紅夏がフッと笑う。
「いつももっと食べたさそうにしていただろう」
紅児は思わず赤くなった。
食堂の食事はバイキング形式の為好きな物を取ろうと思えばいくらでも取ってこれる。ただ、もちろん取ったものは全て食べきるのがルールだし、他の人の手前好きなだけ取ってくるというのは憚られた。
それを紅夏に見抜かれていたらしい。
紅児は赤くなりながらもありがたく口に入れた。
それは揚げた饅頭に練乳をかけて食べるという、おやつのような食べ物だった。男性はあまり興味がなさそうだが女性陣には大好評の一品である。ただ相手が饅頭なだけに数は食べられない。
さすがに他の物も食べた後だったので3個ぐらいで満腹になってしまった。
「もう、おなかいっぱいです……」
「そうか」
残りがもったいないと思っていると紅夏が1個練乳につけて摘んだ。
「甘いな」
ぺろり、と口端を舐める舌の動きがひどくなまめかしくて、紅児は別の意味で赤面した。
紅夏は本当に心臓に悪い。
「じょ、女性は好きですから紅夏様が食べなくても誰かもらってくれるとは思います……」
「そういう手もあるのか」
紅夏の食べるという行為に色を感じるよりは、他の人に食べてもらった方がいいと思う。彼は素直に従って、近くの席にいた侍女たちに声をかけた。
「きゃー!! はい! いただきますー!」
即答だった。わざわざ取りに来ようとする侍女たちを手で制して紅夏がすっと立ち上がり持って行く。
「ありがとうございます!」
彼女たちの、紅夏を見る目がなんとなく嫌だと紅児は一瞬思った。どうしてあんなにきらきらと輝いているのだろう。
紅夏が隣に戻ってきて、はっとする。
(今、私……何を……)
あんなに世話になっている侍女たちにそんなことを思うなんて。
(私、どこかおかしいのかしら……?)
そんなわがままで身勝手な感情が自分の中にあるなんて紅児は知らなかった。そしてその感情につける名前がなんなのかも。
「紅児、表に出るぞ」
紅夏の声に、紅児は頷いた。
まだ明るいとはいえそろそろ日が暮れる。
手を取られ連れていかれた先は四神宮の外にある庭だった。
石造りの凳子に腰掛けるよう促され、紅児は戸惑いながらも従った。
紅夏は優しい目で紅児を見ている。
「あの……」
目が合って、紅児は赤くなった。
「離れがたい……」
紅夏の室に入るわけにはいかない。けれどここも今の時間特に人目があるようには見えなかった。
王城の中だからそれなりに人は配備されているだろうが、本当に人がいないとしたら不用心にも思えた。そんなとりとめもないことを考えていないと、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
昼間はなんてことなかったが、西の空が赤く燃えているこの時間に2人でいるのは少し心もとなく感じられた。
だから。
「あの……朝はどうして……」
黙っていることができなくて、不意に思い出した出来事をつい口にしてしまった。そして慌てて口を押さえたのだが、時すでに遅し。
すぐ横に腰掛けている紅夏に抱き寄せられて耳元で、
「そなたが愛しくてたまらぬ」
全身が発火するような甘いテナーに囁かれた。
途端、腰の奥がきゅううっ、と甘く疼く。紅児は思わずふるり、と身を震わせた。
(ずるい……)
「大祭の夜、養父殿に会いに行った」
紅児は目を見開いた。
確かにそれは養父から聞かされていて。
「そなたを妻にしたいと言った」
目の奥が熱くなり、瞳が潤む。
何度聞かされても落ち着かなくて。
「そなたが我に嫁ぎたいと思えばいいと言われた」
ちょっとニュアンスが違うような気がするが、端的に言えばそういうことで。
「そなたが我を想えばいいと思った」
紅夏に抱かれれば意識はするだろう。
けれど、それはあまりに都合がよすぎはしないだろうか。
(不器用な方なのかも……)
紅児はクスリと笑った。
遥かに長く生きているはずなのに、人間の心の機微はわからないようだ。もしかしたら、紅夏は今まで恋をしたことがないのかもしれない。
「……私の国では婚前交渉が当り前なんです。いろんな方と関係を持って、それで結婚相手を決めるんです。だから……」
「我に抱かれたぐらいではその気にならないと?」
紅児は再び身を震わせた。だから、その甘い声は反則だと思う。
「……わかりません。でも……」
その先はどうしても紡げなかった。
何故なら。
甘い唇に囚われてしまったから。
紅児はほっとした。
その日は結局、紅児は紅夏と共に過ごした。
紅夏の室に入るのは憚られる為、四神宮の外の庭にいたり、食堂にいたりした。常に話をしていたわけではないが、不思議と退屈だとは思わなかった。
国の歴史や、習慣などをお互いに語る。紅夏の話は淡々としていて難しい言葉もいっぱいあったがそれなりに面白かった。対する紅児は11歳までの記憶なのでところどころ曖昧であったり、言葉がわからなくてどう表現したらいいのかわからないことばかりではあったが紅夏は根気よく聞いていてくれた。
それだけでも紅夏への好感度は上がる。
愛情が深い、と花嫁は言っていたが確かにその通りかもしれない。
夕飯の席で、今日は紅夏が少し食べ物を取ってきた。
食べるなんて珍しいと思っていたら、どうも紅児の為に取ってきてくれたらしい。
「紅夏様はいただかないのですか……?」
口元に差し出されて、紅児は戸惑いながら聞いた。紅夏がフッと笑う。
「いつももっと食べたさそうにしていただろう」
紅児は思わず赤くなった。
食堂の食事はバイキング形式の為好きな物を取ろうと思えばいくらでも取ってこれる。ただ、もちろん取ったものは全て食べきるのがルールだし、他の人の手前好きなだけ取ってくるというのは憚られた。
それを紅夏に見抜かれていたらしい。
紅児は赤くなりながらもありがたく口に入れた。
それは揚げた饅頭に練乳をかけて食べるという、おやつのような食べ物だった。男性はあまり興味がなさそうだが女性陣には大好評の一品である。ただ相手が饅頭なだけに数は食べられない。
さすがに他の物も食べた後だったので3個ぐらいで満腹になってしまった。
「もう、おなかいっぱいです……」
「そうか」
残りがもったいないと思っていると紅夏が1個練乳につけて摘んだ。
「甘いな」
ぺろり、と口端を舐める舌の動きがひどくなまめかしくて、紅児は別の意味で赤面した。
紅夏は本当に心臓に悪い。
「じょ、女性は好きですから紅夏様が食べなくても誰かもらってくれるとは思います……」
「そういう手もあるのか」
紅夏の食べるという行為に色を感じるよりは、他の人に食べてもらった方がいいと思う。彼は素直に従って、近くの席にいた侍女たちに声をかけた。
「きゃー!! はい! いただきますー!」
即答だった。わざわざ取りに来ようとする侍女たちを手で制して紅夏がすっと立ち上がり持って行く。
「ありがとうございます!」
彼女たちの、紅夏を見る目がなんとなく嫌だと紅児は一瞬思った。どうしてあんなにきらきらと輝いているのだろう。
紅夏が隣に戻ってきて、はっとする。
(今、私……何を……)
あんなに世話になっている侍女たちにそんなことを思うなんて。
(私、どこかおかしいのかしら……?)
そんなわがままで身勝手な感情が自分の中にあるなんて紅児は知らなかった。そしてその感情につける名前がなんなのかも。
「紅児、表に出るぞ」
紅夏の声に、紅児は頷いた。
まだ明るいとはいえそろそろ日が暮れる。
手を取られ連れていかれた先は四神宮の外にある庭だった。
石造りの凳子に腰掛けるよう促され、紅児は戸惑いながらも従った。
紅夏は優しい目で紅児を見ている。
「あの……」
目が合って、紅児は赤くなった。
「離れがたい……」
紅夏の室に入るわけにはいかない。けれどここも今の時間特に人目があるようには見えなかった。
王城の中だからそれなりに人は配備されているだろうが、本当に人がいないとしたら不用心にも思えた。そんなとりとめもないことを考えていないと、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
昼間はなんてことなかったが、西の空が赤く燃えているこの時間に2人でいるのは少し心もとなく感じられた。
だから。
「あの……朝はどうして……」
黙っていることができなくて、不意に思い出した出来事をつい口にしてしまった。そして慌てて口を押さえたのだが、時すでに遅し。
すぐ横に腰掛けている紅夏に抱き寄せられて耳元で、
「そなたが愛しくてたまらぬ」
全身が発火するような甘いテナーに囁かれた。
途端、腰の奥がきゅううっ、と甘く疼く。紅児は思わずふるり、と身を震わせた。
(ずるい……)
「大祭の夜、養父殿に会いに行った」
紅児は目を見開いた。
確かにそれは養父から聞かされていて。
「そなたを妻にしたいと言った」
目の奥が熱くなり、瞳が潤む。
何度聞かされても落ち着かなくて。
「そなたが我に嫁ぎたいと思えばいいと言われた」
ちょっとニュアンスが違うような気がするが、端的に言えばそういうことで。
「そなたが我を想えばいいと思った」
紅夏に抱かれれば意識はするだろう。
けれど、それはあまりに都合がよすぎはしないだろうか。
(不器用な方なのかも……)
紅児はクスリと笑った。
遥かに長く生きているはずなのに、人間の心の機微はわからないようだ。もしかしたら、紅夏は今まで恋をしたことがないのかもしれない。
「……私の国では婚前交渉が当り前なんです。いろんな方と関係を持って、それで結婚相手を決めるんです。だから……」
「我に抱かれたぐらいではその気にならないと?」
紅児は再び身を震わせた。だから、その甘い声は反則だと思う。
「……わかりません。でも……」
その先はどうしても紡げなかった。
何故なら。
甘い唇に囚われてしまったから。
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