貴方色に染まる

浅葱

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本編

54.眷属的能力

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 四神宮に戻ったのは、日がようやく沈みかけた頃だった。
 すでに花嫁も入浴を終え、玄武か朱雀の室にいるはずである。

紅夏ホンシャー様、今日は本当にありがとうございました」

 大部屋の前に着いて、紅児ホンアールはこれで2人だけの休日が終ることをほんの少し寂しく思いながらお礼を言った。なんだか離れがたくて困ってしまう。

「礼を言われることではない。……そなたは養父殿に送る物はないのか?」
「え?」

 唐突に聞かれ、紅児はなんのことかと聞き返した。
 養父母宛の荷物は既に趙文英に預けてある。何故紅夏にもそれを聞かれるのか疑問だった。

「ええと、もう特にないと思いますけど……」
「ならばよい。寝る前に忘れ物があれば言いにくるように」

 そう言うと紅夏は紅児の唇に掠めるような口づけをし、踵を返した。彼女の頬が途端真っ赤に染まる。

「……え……」

 戻ったと報告に行くのだろうか、四神宮の方に歩いていく紅夏の後ろ姿を見ながら紅児はぼうっと立ちつくした。

(……紅夏様ったら……)

 紅夏が掠めた唇に指先を当てる。それだけで胸がきゅうっと甘く締め付けられるような感覚に紅児は喘いだ。
 いつまでもそうしているわけにいかないので大部屋の扉を開けると、まるで蜘蛛の子を散らすように侍女たちが自分のベッドに向かって駆け戻るのが見えた。

「…………ただいま、戻りました……」

 どうにかそれだけ呟くように言うと、侍女たちはバツが悪そうな顔をした。

「お、おかえりなさい……楽しかった?」

 一番手前にいた侍女に引きつった笑顔で聞かれ、紅児はコクリと頷いた。
 きっと彼女たちは心配してくれていたのだと思う。もちろん好奇心もあるだろうけど。

「楽しかった、です……」

 頬を染めて返事をすると、何故か侍女たちの頬もうっすらと赤くなった。

「そ、そういえば紅児は湯あみをしていないわよね!? 一緒に行きましょう!!」
「え、あ、はい……」

 誤魔化されるようにして支度をし、まだお湯はそれほど冷めていないだろう湯殿に向かった。もしかしてみな待っていてくれたのだろうか。
 ここはいい人たちばかりだ。
 紅児の顔に自然と笑みが浮かんだ。


 湯あみの最中、紅児はいろいろと聞かれたことに答えた。紅夏とのことは何度話しても恥ずかしかったが、代わりに清漪園チンイーユエンのことを教えてもらえた。
 清漪園は皇帝所有の物で、皇帝や皇族が使用しない時は有料で開放されているのだという。ただ基本は一組一日貸し切りなので途方もない額がかかるのだとか。

「もー、紅児ったら羨ましい!! 一生に一度でいいから清漪園に行ってみたいわ~」

 また行くことになっているとはいえず、紅児は笑んでいることしかできなかった。
 紅児は花嫁の客人なので清漪園にかかる費用は免除されるのだと紅夏は言っていたが、やはりとんでもないところに連れて行ってもらえたのだということはわかった。
 そして更に驚くことを聞かされた。
 養父のところに送る荷物のことを紅夏に聞かれたことを話したら、

「それって……もしかして紅夏様が届けてくれるとかじゃない?」
「え?」

 当り前のように言われて紅児は目を見開いた。

「あの……?」

 侍女たちを窺う。みなそれが当然、というような表情をしていた。驚いているのは紅児だけである。

「村までけっこう距離ありますよ?」

 紅児は乗合馬車を乗り継いで行きは約1週間かけて王都まで来た。それは王都に向かう人が多すぎて馬車がつかまらず泊りを余儀なくされた日があったからだが。王都から秦皇島の村に行くにはそれほど日数はかからないだろうが、質のよい馬車でそれでも最低3日はかかるはずだ。往復で約1週間も朱雀のそばを離れて平気なのだろうか。
 紅児の疑問に、侍女たちははっとしたような顔をした。

「あ、そういえば紅児は知らなかったわね。紅夏様にも聞いてないの?」

 なんのことだろう。
 紅児が知らなくて侍女たちが知っているということにもやもやする。

「なんのこと、でしょうか……?」

 内心憮然としながら聞くと、彼女たちはてらいもなく答えてくれた。
 曰く、四神の眷族はものすごい速さでの移動が可能なのだという。現に玄武の眷族や朱雀の眷族が領地の様子を知らせに来たことがあるが、片道1日程度で行き来できるらしいとか。玄武の領地が一番近いとはいえ黒龍江の辺り(国境付近)で、秦皇島よりはるか北に位置している。そこからも片道1日程度で来れるとしたら眷族というのはどれだけ規格外なのだろうか。
 紅児は己の体を洗うのも忘れて呆気にとられた。

「だから今夜行かれて、明日の夕方までには戻ってこられるんじゃないかしら?」

 侍女たちににまにましながら言われ、紅児は思わず頬を染めた。

(そりゃあ……1週間も離れ離れになるなんてとは……思ったけど……)

 この頬の赤みは湯気のせいだと思われないかしら。
 無駄なあがきをしながら、紅児は湯あみの後紅夏を訪ねようと思った。


 トントン
 紅夏の室の扉を叩く。
 誰何されることなく扉が開き、当り前のように腕を引かれた。
 とすん、と紅夏の胸に倒れ込む。顔を上げると、見慣れない姿が目に飛び込んできた。

「紅夏……さま?」
「如何した」

 眷族の髪は基本総髪を一部結い上げているだけなのだが、紅夏は全ての髪を結い上げ、それを布の中に納め後頭部でまとめるというすっきりした髪型をしていた。衣装もいつものゆったりとした物ではなく布地が少ない物に着替えている。

(本当に、紅夏様が行ってくれるのだわ……)

 複雑な気持ちだった。
 わざわざ養父母の元へ訪ねてくれるのは嬉しい。けれどそんな大切なことを知らなかったことがどうしてももやもやする。

「あの……おとっつぁんのところに、紅夏様が届けてくださるのですか?」

 改めて尋ねると、紅夏は一瞬目を見開いた。

「ああ……そうか、そなたは知らなかったのだな」
「はい」
「我らが人ではないのは知っているだろう。四神は一瞬で移動が可能だが我らは駆ける。多少時間はかかるが明日の昼までには戻ってこれるだろう」
「はい……」

 こんな風に説明されてしまえばもやもやしていた己が馬鹿みたいだと紅児は思う。

「でも……どうして……」

 紅児が頼んだ荷物を紅夏が運んでくれる必要はない。荷馬車は王都から出ているのだからいずれ荷物は養父母のところへ届けられるはずだ。
 紅夏は笑んだ。

「我が届けたいのだ。秦皇島はそれほど暑くはないとは思うが、それでも涼石リャンシーがあるとないでは違うだろう。それに馬も届けてほしいものがあるそうだ。我が行った方が早い」
「紅夏様……」

 紅児は彼の笑みに頬を染めた。
 そんな愛おしくてたまらないというような目で見ないでほしかった。
 紅児が頼んだ荷物を養父母に届けてくれるなんて、そんなに甘やかしてどうするつもりなのだろう。

「あの……お気をつけて……」

 どうにかそれだけ言うと、顎をクイと持ち上げられて……。

 何度も唇を啄まれ、口腔内も舐められる。
 それはひどく甘い口づけだった。
 まるで唇からぐずぐずに溶けてしまいそうな。

(どうにかなっちゃう……)

 これ以上紅夏を好きになったら、自分はいったいどうなってしまうのだろう?
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