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本編
56.報告
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そんなわけでその日の仕事が始まる前すでに紅児は疲れていた。だがそんな状態でも仕事は待ってくれない。
侍女たちと共に格好を確認し合った後花嫁の部屋に入る。すでに延がいるのを申し訳なく思う。本来侍女たちが一番早く来ていなければいけないというのに。
「遅くなりまして申し訳ありません」
断ってもう1人の侍女と共に掃除を始めた。
かがんで掃き掃除をしていると後ろから、「紅児」と鈴を転がすような声がした。紅児は反射的に振り向く。声の主は延だった。
めったに声をかけられることはなかったから紅児は内心驚いた。
「はい」
延もまた、声をかけたもののどうしたらいいのかわからないような表情をしていた。
「……その……体は、大丈夫なの……?」
どうにか紡がれた言葉はみなと同じで。
「はい……大丈夫です……」
やっぱりそう聞かれる理由がわからなくてこう答えることしかできない。
「そう、ならいいの」
延はほっとしたようにそう言って恥らうように頬をほんのりと赤く染めた。その姿を見てキレイだなと紅児は純粋に思った。花嫁にはかなわないが延もそれなりに色気がある。しかも紅児より年上だろうにその肌は誰よりもみずみずしく映った。
(やっぱりいいところのお嬢様は違うのかしら)
延がやんごとなき家の出であるということは侍女たちから聞いて知っていた。他にもいろいろと下世話なエピソードは聞いているがそれほど興味があるわけでもなかったので半ば聞き流していた。
もう1人の侍女と共に手を動かしながらそんなことを考えているうちに、花嫁が部屋に戻ってくる時間が近づいてきた。作業を終えていつもの場所に立つ。思ったよりも緊張している自分に、紅児は気付いた。
部屋の外に延が出ていく。もう1人の侍女が紅児に目配せした。
そろそろ花嫁が戻ってこられるのだろう。
自分の胸の音が聞こえるほど紅児は緊張していた。それは花嫁の好意を無下にしてしまったような罪悪感からかもしれなかった。
この国でも未成年である紅児の心と体を気遣ってくれている花嫁。国にいれば13歳の時にきちんとした性教育を受け、早ければ14歳で誰かとそういった行為をしていたかもしれない。だから元の国にいた時ならば紅夏とそういうことをしても決しておかしくはないのだが、この国の慣習が紅児を臆病にさせていた。
やがて扉が開き、黒月が居間の中を一瞬見回してから部屋の主を促した。
花嫁は朱雀の腕に抱かれていた。
朱雀はそのまま長椅子に腰掛ける。紅児は慌ててお茶を入れた。
紅児の動揺とは裏腹に花嫁はひどく落ち着いていた。茶杯に口をつけ、それをコトリと置いてから紅児を見る。
「エリーザ、昨日は楽しかった?」
なんの邪気もない顔で聞かれ戸惑う。
「あ、はい。とても、楽しかったです……」
「それならよかったわ。船には乗ったの?」
その何気ない問いに紅児はビクリと体を震わせた。
「い、いえ……その……具合が悪くなりまして……」
「あら、大丈夫?」
花嫁が驚いたような表情をする。紅児はそれに申し訳なく思った。
「はい、大丈夫です。湖の周りを散策しているうちに治ったので」
「ならいいけど……」
そう呟くように言いながら花嫁は眉根を寄せた。
「じゃあ石舫の中には入らなかったの?」
「いえ、中で食事をしました」
「ふうん……」
今度は考えるような顔をする。
なにかへんなことを言っただろうか。紅児は少し心配そうな表情になった。それに気付いたのか、
「なんでもないわ、こちらのことだから気にしないで」
花嫁に言われてしまった。
こんな自分のような小娘にまで気を使ってくれて申し訳ないと思う。だが花嫁の次の科白でその申し訳なさも霧散してしまった。
「ところで、昨夜は紅夏の部屋で一晩過ごしたんですって?」
にっこりと微笑んでいるが目が笑っていないように見える。紅児は冷汗をかいた。
「……は……はい……」
「で、体は大丈夫なの?」
またこの問いだ。
「大丈夫です、が……」
困惑した表情をしている紅児を花嫁はじっと見ていた。
「あの、なんで……」
「わからないならいいのよ。でも、何もなかったわけではなさそうね」
さすがにその科白の意味はわかった。紅児は途端に体がカァッと熱くなるのを感じた。
「本当はいろいろ聞きだしたいところだけど、純粋に2人きりで話をすることはできないから想像だけにしておくわね」
(想像? 想像ってなんの!?)
なんだかとんでもないことを言われている気がする。
「……エリーザは、紅夏に決めたのよね?」
途端に真面目な表情に聞かれ、紅児も居住まいを正した。
「……はい」
「それならいいわ。でも、困ったことがあればなんでも言ってね。なにせ相手は人じゃないから」
「花嫁様!」
いたずらっ子のような表情になった花嫁に途端叱責が飛ぶ。花嫁は一瞬ギュッと目をつむった。
「常識が違うのは事実でしょ。夕玲だって苦労してたみたいじゃない?」
「花嫁様……」
延がいつになく頬を染めたところで低い声がした。花嫁は肩をすくめる。
「黒月だって! まだ誰と恋愛することになるかわからないじゃない。もしかしたら人と一緒になる可能性も0じゃないでしょ」
「花嫁様、なんということを……!」
あっけらかんと言う花嫁に朱雀がクックッと声を出して笑った。
「そなたにかかれば黒月も形無しだな。確かに可能性は0ではないだろう。もちろん、成人してからのことだろうが……」
そういえば黒月は誰が見ても成人しているような外見をしているが、眷族の中では未成年なのだった。眷族の成人年齢は50歳。対する黒月はまだ40歳であるという。成人してからといえばまだあと10年もある。確かにそう考えると可能性も0ではなさそうだった。
内心花嫁の言うことに頷いていると、朱雀にまっすぐ見つめられて戸惑った。
意識しなくても頬が熱くなる。
紅夏は朱雀にとても似ているから。
「紅児とやら……紅夏と添い遂げる覚悟をしたのだな。親として礼を言う」
(え? 親?)
紅児は目を見開いた。
その後どう返答したのか、彼女自身よくわからなかった。
ただ、紅夏が帰ってきたらまた聞くことが増えたということだけは確かだった。
侍女たちと共に格好を確認し合った後花嫁の部屋に入る。すでに延がいるのを申し訳なく思う。本来侍女たちが一番早く来ていなければいけないというのに。
「遅くなりまして申し訳ありません」
断ってもう1人の侍女と共に掃除を始めた。
かがんで掃き掃除をしていると後ろから、「紅児」と鈴を転がすような声がした。紅児は反射的に振り向く。声の主は延だった。
めったに声をかけられることはなかったから紅児は内心驚いた。
「はい」
延もまた、声をかけたもののどうしたらいいのかわからないような表情をしていた。
「……その……体は、大丈夫なの……?」
どうにか紡がれた言葉はみなと同じで。
「はい……大丈夫です……」
やっぱりそう聞かれる理由がわからなくてこう答えることしかできない。
「そう、ならいいの」
延はほっとしたようにそう言って恥らうように頬をほんのりと赤く染めた。その姿を見てキレイだなと紅児は純粋に思った。花嫁にはかなわないが延もそれなりに色気がある。しかも紅児より年上だろうにその肌は誰よりもみずみずしく映った。
(やっぱりいいところのお嬢様は違うのかしら)
延がやんごとなき家の出であるということは侍女たちから聞いて知っていた。他にもいろいろと下世話なエピソードは聞いているがそれほど興味があるわけでもなかったので半ば聞き流していた。
もう1人の侍女と共に手を動かしながらそんなことを考えているうちに、花嫁が部屋に戻ってくる時間が近づいてきた。作業を終えていつもの場所に立つ。思ったよりも緊張している自分に、紅児は気付いた。
部屋の外に延が出ていく。もう1人の侍女が紅児に目配せした。
そろそろ花嫁が戻ってこられるのだろう。
自分の胸の音が聞こえるほど紅児は緊張していた。それは花嫁の好意を無下にしてしまったような罪悪感からかもしれなかった。
この国でも未成年である紅児の心と体を気遣ってくれている花嫁。国にいれば13歳の時にきちんとした性教育を受け、早ければ14歳で誰かとそういった行為をしていたかもしれない。だから元の国にいた時ならば紅夏とそういうことをしても決しておかしくはないのだが、この国の慣習が紅児を臆病にさせていた。
やがて扉が開き、黒月が居間の中を一瞬見回してから部屋の主を促した。
花嫁は朱雀の腕に抱かれていた。
朱雀はそのまま長椅子に腰掛ける。紅児は慌ててお茶を入れた。
紅児の動揺とは裏腹に花嫁はひどく落ち着いていた。茶杯に口をつけ、それをコトリと置いてから紅児を見る。
「エリーザ、昨日は楽しかった?」
なんの邪気もない顔で聞かれ戸惑う。
「あ、はい。とても、楽しかったです……」
「それならよかったわ。船には乗ったの?」
その何気ない問いに紅児はビクリと体を震わせた。
「い、いえ……その……具合が悪くなりまして……」
「あら、大丈夫?」
花嫁が驚いたような表情をする。紅児はそれに申し訳なく思った。
「はい、大丈夫です。湖の周りを散策しているうちに治ったので」
「ならいいけど……」
そう呟くように言いながら花嫁は眉根を寄せた。
「じゃあ石舫の中には入らなかったの?」
「いえ、中で食事をしました」
「ふうん……」
今度は考えるような顔をする。
なにかへんなことを言っただろうか。紅児は少し心配そうな表情になった。それに気付いたのか、
「なんでもないわ、こちらのことだから気にしないで」
花嫁に言われてしまった。
こんな自分のような小娘にまで気を使ってくれて申し訳ないと思う。だが花嫁の次の科白でその申し訳なさも霧散してしまった。
「ところで、昨夜は紅夏の部屋で一晩過ごしたんですって?」
にっこりと微笑んでいるが目が笑っていないように見える。紅児は冷汗をかいた。
「……は……はい……」
「で、体は大丈夫なの?」
またこの問いだ。
「大丈夫です、が……」
困惑した表情をしている紅児を花嫁はじっと見ていた。
「あの、なんで……」
「わからないならいいのよ。でも、何もなかったわけではなさそうね」
さすがにその科白の意味はわかった。紅児は途端に体がカァッと熱くなるのを感じた。
「本当はいろいろ聞きだしたいところだけど、純粋に2人きりで話をすることはできないから想像だけにしておくわね」
(想像? 想像ってなんの!?)
なんだかとんでもないことを言われている気がする。
「……エリーザは、紅夏に決めたのよね?」
途端に真面目な表情に聞かれ、紅児も居住まいを正した。
「……はい」
「それならいいわ。でも、困ったことがあればなんでも言ってね。なにせ相手は人じゃないから」
「花嫁様!」
いたずらっ子のような表情になった花嫁に途端叱責が飛ぶ。花嫁は一瞬ギュッと目をつむった。
「常識が違うのは事実でしょ。夕玲だって苦労してたみたいじゃない?」
「花嫁様……」
延がいつになく頬を染めたところで低い声がした。花嫁は肩をすくめる。
「黒月だって! まだ誰と恋愛することになるかわからないじゃない。もしかしたら人と一緒になる可能性も0じゃないでしょ」
「花嫁様、なんということを……!」
あっけらかんと言う花嫁に朱雀がクックッと声を出して笑った。
「そなたにかかれば黒月も形無しだな。確かに可能性は0ではないだろう。もちろん、成人してからのことだろうが……」
そういえば黒月は誰が見ても成人しているような外見をしているが、眷族の中では未成年なのだった。眷族の成人年齢は50歳。対する黒月はまだ40歳であるという。成人してからといえばまだあと10年もある。確かにそう考えると可能性も0ではなさそうだった。
内心花嫁の言うことに頷いていると、朱雀にまっすぐ見つめられて戸惑った。
意識しなくても頬が熱くなる。
紅夏は朱雀にとても似ているから。
「紅児とやら……紅夏と添い遂げる覚悟をしたのだな。親として礼を言う」
(え? 親?)
紅児は目を見開いた。
その後どう返答したのか、彼女自身よくわからなかった。
ただ、紅夏が帰ってきたらまた聞くことが増えたということだけは確かだった。
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