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本編
57.您回来了(おかえりなさいませ)
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言っていた通り紅夏は太陽が中天にかかる頃には戻ってきた。
この日は珍しく花嫁は朱雀と午前中過ごしていた。紅夏の帰りを待っていたのだろう。彼は帰還すればまっすぐ朱雀に報告に来るだろうから。
「朱雀様、花嫁様、ただいま戻りました」
人ならばありえない距離をとんでもないスピードで駆けてきたのだろうに、その姿はいつもと変わらず涼やかである。
花嫁の部屋の居間で彼らは帰着の報告を受けたので、そこには紅児もいた。紅夏の視線は朱雀と花嫁だけに向けられている。その姿を紅児は半ばうっとりし、見つめていた。
「エリーザの養父母殿の様子は如何でした?」
「息災でございました。すでに店も再開しているそうです」
「わかりました、御苦労」
そんな簡単なやりとりを花嫁と終えると紅夏は辞した。その間も彼は紅児の方を一切見なかった。
(格好いい……)
公私混同しないその姿勢に紅児は惚れ直してしまう。けれどその陶酔はそれほど長くは続かなかった。
それほど経たないうちにまもなく昼食の準備が整うという連絡がきた。仕方ないという体で朱雀が立ち上がり花嫁を寝室に運び一旦室に戻っていった。女性の身支度を待つというのはせかすのと同義であるから、花嫁の部屋で四神が待っていることはない。
食事の度に着替えるというのが花嫁は苦手らしい。最初のうちは露骨に嫌がっていたようだが延が女官として勤めだしてからそれほど態度には出さなくなったと聞く。延はいいところのお嬢様だというから身分の高い者の心得のようなものを花嫁に説いたのかもしれないと思った。
花嫁が昼食をする為に部屋を出てから軽く片付けをして、紅児は食堂へ向かった。その途中で紅夏に会い、当り前のように腕を取られる。途端頬が熱くなった。
彼は戻ってきた時の旅装をすでに解き、いつもの颯爽とした姿になっていた。
「あ……あの、おかえりなさい……」
どうにかそれだけ告げると、恥ずかしくてつい顔を俯かせてしまった。
「……そなたに、”おかえり”と言われるのはいいものだな……」
しかもそんなことをしみじみ言うから、尚のこと顔を上げられなくなってしまう。寄り添うようにして食堂に着いたら、もう紅児はいつもの行動ができなくなってしまっていた。そうしたら今度は当り前のようにどうにか手に持った皿を奪われ、「我が取ろう」なんて言われてしまう。
(だめ、もう無理……)
「紅夏様、どうか……」
潤んだ瞳で懇願すれば紅夏は少し困ったような顔で苦笑した。
「……わかった。茶だけ用意しよう」
スッと離れてくれたのにほっとする。もうなんというか心臓が馬鹿になってしまったみたいだった。胸がいっぱいで何も食べられそうもなかったが、間違いなく食べなければ午後はもたないこともわかっている。だからとにかく好きな物だけを選んで皿に取った。
そうしているうちに少し頭が冷えたらしい。
(そういえば……紅夏様に聞きたいことがあったのだったわ……)
養父母の様子については言うまでもないことだが他にも質問があった。とはいえ昼の時間は限られている。ここは紅夏へのときめきをできるだけ抑え、心話で聞いた方がよさそうだった。
席に着けば当り前のように口元に食べ物が差し出される。
この恥ずかしさに慣れる日がくるのだろうか。それはそれでどうなのだろうとも紅児は思う。
〈養父母殿は息災であった。突然訪れた我にも暖かい対応をしてくださった〉
いつのまにか腕に触れられていたことに紅児は気付いた。
〈あ……それは、よかったです……〉
〈そなたを案じておられた。それから……離れていても、そなたが娘であることに変わりはないと〉
どうして紅夏はこんなところでそんなことを伝えてくれるのか。
瞳が潤んでしまう。
〈……こんなところで教えてくれなくても……いいじゃないですか……〉
ただでさえ紅児は涙脆くなっているのだ。なじるように紡げば苦笑された。
〈すまぬ。養父母殿の言葉をできるだけ早くそなたに伝えねばと、そればかり考えていた〉
もう泣いてしまいそうだ。
〈……また後で詳しく聞いてもいいですか……?〉
泣いて目が赤くなってしまったらこの後仕事にならないから。
紅夏はもちろん、と言うように頷いた。潤む瞳をどうにかする為に他の話題を探す。
(……あ)
〈あの……紅夏様は確か眷族の中でも第一世代なのですよね? その、第一世代って……〉
〈我は当代の朱雀と先代の花嫁さまの間に産まれた〉
〈あ……そうなのですね……〉
だから朱雀は紅夏の”親”だと言ったのか。
しかし仮にも神が親というのは紅児には奇異に思える。朱雀が子育てしている姿が全く頭に浮かばないのだ。
〈如何した〉
紅児の眉根が寄せられているのを見て紅夏が声をかける。
〈いえ……先程朱雀様が……〉
朱雀の言ったことを紅夏に告げると、彼はあからさまに嫌そうな顔をした。
〈おそらく……そなたに関係性がわかりやすいように”親”という言葉を使ったのだろうが……。だが朱雀様は神だ。我ら眷族とはその存在が違う。我ら眷族にはいくらでも代わりがきくが朱雀様はあの方だけだ〉
〈あ、ハイ……〉
真摯に告げられて、紅児は戸惑いつつも返事をした。けれどその後に続いた言葉に彼女は真っ赤になった。
〈そなたは我の妻になるのだから、そこのところも正しく理解してくれ〉
(つ、妻って……)
それは、そうなのだろうけれども。
口調は厳しかったが、紅児を見る瞳は優しく細められている。
なんと答えていいのかわからないでいると、また口元に食べ物を差し出された。
そういえばまだ昼食の時間なのだった。
今日の午後からの仕事も、ひどく長く感じられそうだと紅児は思った。
この日は珍しく花嫁は朱雀と午前中過ごしていた。紅夏の帰りを待っていたのだろう。彼は帰還すればまっすぐ朱雀に報告に来るだろうから。
「朱雀様、花嫁様、ただいま戻りました」
人ならばありえない距離をとんでもないスピードで駆けてきたのだろうに、その姿はいつもと変わらず涼やかである。
花嫁の部屋の居間で彼らは帰着の報告を受けたので、そこには紅児もいた。紅夏の視線は朱雀と花嫁だけに向けられている。その姿を紅児は半ばうっとりし、見つめていた。
「エリーザの養父母殿の様子は如何でした?」
「息災でございました。すでに店も再開しているそうです」
「わかりました、御苦労」
そんな簡単なやりとりを花嫁と終えると紅夏は辞した。その間も彼は紅児の方を一切見なかった。
(格好いい……)
公私混同しないその姿勢に紅児は惚れ直してしまう。けれどその陶酔はそれほど長くは続かなかった。
それほど経たないうちにまもなく昼食の準備が整うという連絡がきた。仕方ないという体で朱雀が立ち上がり花嫁を寝室に運び一旦室に戻っていった。女性の身支度を待つというのはせかすのと同義であるから、花嫁の部屋で四神が待っていることはない。
食事の度に着替えるというのが花嫁は苦手らしい。最初のうちは露骨に嫌がっていたようだが延が女官として勤めだしてからそれほど態度には出さなくなったと聞く。延はいいところのお嬢様だというから身分の高い者の心得のようなものを花嫁に説いたのかもしれないと思った。
花嫁が昼食をする為に部屋を出てから軽く片付けをして、紅児は食堂へ向かった。その途中で紅夏に会い、当り前のように腕を取られる。途端頬が熱くなった。
彼は戻ってきた時の旅装をすでに解き、いつもの颯爽とした姿になっていた。
「あ……あの、おかえりなさい……」
どうにかそれだけ告げると、恥ずかしくてつい顔を俯かせてしまった。
「……そなたに、”おかえり”と言われるのはいいものだな……」
しかもそんなことをしみじみ言うから、尚のこと顔を上げられなくなってしまう。寄り添うようにして食堂に着いたら、もう紅児はいつもの行動ができなくなってしまっていた。そうしたら今度は当り前のようにどうにか手に持った皿を奪われ、「我が取ろう」なんて言われてしまう。
(だめ、もう無理……)
「紅夏様、どうか……」
潤んだ瞳で懇願すれば紅夏は少し困ったような顔で苦笑した。
「……わかった。茶だけ用意しよう」
スッと離れてくれたのにほっとする。もうなんというか心臓が馬鹿になってしまったみたいだった。胸がいっぱいで何も食べられそうもなかったが、間違いなく食べなければ午後はもたないこともわかっている。だからとにかく好きな物だけを選んで皿に取った。
そうしているうちに少し頭が冷えたらしい。
(そういえば……紅夏様に聞きたいことがあったのだったわ……)
養父母の様子については言うまでもないことだが他にも質問があった。とはいえ昼の時間は限られている。ここは紅夏へのときめきをできるだけ抑え、心話で聞いた方がよさそうだった。
席に着けば当り前のように口元に食べ物が差し出される。
この恥ずかしさに慣れる日がくるのだろうか。それはそれでどうなのだろうとも紅児は思う。
〈養父母殿は息災であった。突然訪れた我にも暖かい対応をしてくださった〉
いつのまにか腕に触れられていたことに紅児は気付いた。
〈あ……それは、よかったです……〉
〈そなたを案じておられた。それから……離れていても、そなたが娘であることに変わりはないと〉
どうして紅夏はこんなところでそんなことを伝えてくれるのか。
瞳が潤んでしまう。
〈……こんなところで教えてくれなくても……いいじゃないですか……〉
ただでさえ紅児は涙脆くなっているのだ。なじるように紡げば苦笑された。
〈すまぬ。養父母殿の言葉をできるだけ早くそなたに伝えねばと、そればかり考えていた〉
もう泣いてしまいそうだ。
〈……また後で詳しく聞いてもいいですか……?〉
泣いて目が赤くなってしまったらこの後仕事にならないから。
紅夏はもちろん、と言うように頷いた。潤む瞳をどうにかする為に他の話題を探す。
(……あ)
〈あの……紅夏様は確か眷族の中でも第一世代なのですよね? その、第一世代って……〉
〈我は当代の朱雀と先代の花嫁さまの間に産まれた〉
〈あ……そうなのですね……〉
だから朱雀は紅夏の”親”だと言ったのか。
しかし仮にも神が親というのは紅児には奇異に思える。朱雀が子育てしている姿が全く頭に浮かばないのだ。
〈如何した〉
紅児の眉根が寄せられているのを見て紅夏が声をかける。
〈いえ……先程朱雀様が……〉
朱雀の言ったことを紅夏に告げると、彼はあからさまに嫌そうな顔をした。
〈おそらく……そなたに関係性がわかりやすいように”親”という言葉を使ったのだろうが……。だが朱雀様は神だ。我ら眷族とはその存在が違う。我ら眷族にはいくらでも代わりがきくが朱雀様はあの方だけだ〉
〈あ、ハイ……〉
真摯に告げられて、紅児は戸惑いつつも返事をした。けれどその後に続いた言葉に彼女は真っ赤になった。
〈そなたは我の妻になるのだから、そこのところも正しく理解してくれ〉
(つ、妻って……)
それは、そうなのだろうけれども。
口調は厳しかったが、紅児を見る瞳は優しく細められている。
なんと答えていいのかわからないでいると、また口元に食べ物を差し出された。
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