59 / 117
本編
59.請您叫我的名字(名前を呼んで)
しおりを挟む
仕事が終り湯あみを終えた後、紅児は紅夏の室を訪ねた。
昨夜と同じシチュエーションだったが、今夜はさすがに流されないようにと紅児は胸をぐっと押さえての訪問である。
すでに湯あみの最中に侍女たちによる質問の洗礼を受けてへろへろである。けれど養父母の様子をもう少し聞かせてほしかった。紅児たちが湯あみを終える頃には紅夏も基本室にいる。そういえば眷族がいつ湯あみをしているのか知らないと紅児は思った。
「紅夏様……」
表から声をかければすぐにその扉は開かれ腕を引かれた。当り前のように床に腰掛けさせられる。
どうしてその手前の椅子ではいけないのかと思うのだが、下手なことを言ってとんでもないことになってはたまらない。余計なことは言わないに限る。
「花嫁様と話をしていたそうだな」
「はい……」
紅夏はすぐ隣に腰掛け、紅児を抱き込むように密着した。
「ちょっと、その……いろいろ気になったことがありまして……」
さすがに眷族の前で花嫁とした話の内容を話すのは気が引けた。四神に対する批判と取られても仕方ないことだったから。
「聞きたいことが聞けたならそれでいい。……養父母殿に改めてそなたをもらう旨伝えて参った」
紅夏の話はいつでも唐突だ。前置きとかが一切ないので少しぼうっとしている時は困る。そうでなくても彼の面をまっすぐ見ているだけで精一杯なのに。
「え……あ、そうなのですね……」
だからそんなマヌケな返事しかできなかった。
「ええと、おっかさん、びっくりしてませんでしたか……?」
「ああ……」
紅夏はほんの少しだけ考えるような顔をした。
「我は朝方に着いたのだが……養母殿はそれを驚かれていたように見受けられたな」
紅児は軽く首を振った。
きっと養母は紅夏の美貌に驚いたに違いなかった。村にはごく稀に芸人一座などがやってくることがあるが、彼らの華やかさと紅夏では雲泥の差である。もちろん彼は人ではないのだから比べること自体間違っているのかもしれなかった。
「そうですか」
訂正する必要もないのでそのままにしておくことにした。
「それで……荷物を渡していただけたのですね」
「ああ、品物の中身も確認していただいた。石は説明が必要であったしな」
「あ……」
便利になるだろうと思って託したはいいが説明をしなければいけないことを忘れていた。養父母は店をかまえているぐらいだから必要最低限の読み書きはできるのだが、紅児はメニューの名前と数以外読むことも書くことも不自由なのだ。
「すいません……私、すっかり……」
「かまわぬ。そなたはまだこの国の文字には不慣れだろう」
もし説明書きをつけられたとしても養父母は読めなかった可能性が高い。それでもやはり読み書きは出来た方がいいだろうと紅児は改めて思った。とはいえここで文字を習いたいと思うと誰に頼めばいいのか皆目見当がつかない。下手に花嫁の耳に入ればいろいろ便宜を図ろうとしてくれそうで、それは申し訳ないだろう。
しかし今は読み書きのことより養父母のことを聞かなくては。
気を取り直して先を促すように紅夏を見ると、彼は一瞬目を見張った。
「?」
「……たいそう喜んでおられた。『お前はわしらの子なのだから気を使うんでねぇ』……とのことだ」
「え……」
その声音がまるで養父そっくりに聞こえて、紅児は目を見開いた。紅夏は満足そうに目を細める。
「……どうして……」
声の質は全く違うはずなのに、同じように聞こえるなんて……。
「……これも眷族の能力の一つだ」
誰かの音を複製することだろうか。
それならば。
「……エリーザ……そなたの名はこの音で間違いないか?」
花嫁の声でもない、以前会ったことのある通訳の声でもない”紅夏”自身のテナー。
「…………はい」
目の奥が熱くなる。
どうしてこんなに己は涙もろいのだろう。
どうして紅夏はこんなにも己を喜ばせてくれるのだろう。
『エリーザ』
この国の人たちにとっては呼びにくい名前。それはあてはまる音がないからだと聞いたのに。
更にきつく抱き寄せられ、目元に口付けられる。
「そなたは……我の理性を試しているのか……?」
(理性?)
それよりももっと名を呼んでほしいと紅児は思う。
「紅夏様、もっと……」
頼めば嘆息される。
「いくらでも、エリーザ……」
涙があとからあとから溢れてくる。ここに来てから泣きすぎだと思うのにそう簡単に涙は止まってくれない。
そうして、どれほど泣いただろうか。
まだ全然養父母のことを聞いていないことに紅児は気付いた。
「あの……おとっつぁんとおっかさんは……」
おずおずと続きを聞けば、「……さすがに色気がないな」と呟かれた。
(色気?)
「そなたを妻にする旨お伝えすると、そなたの意志を尊重してくれればよいと言われた」
紅児は頬を染めた。
ここまでしてもらって紅夏以外に嫁ぐという選択肢はもうないように思える。
「……ありがとうございます」
養父母が元気なようでよかった。店も再開できてよかった。紅夏に届けてもらった荷物が少しでも役に立てばいい。
「エリーザ、なれば褒美をいただこう」
「……え?」
(褒美って……)
紅児が戸惑っている間にクイ、と頤を持ち上げられて……。
結局その夜も、紅児は甘く啼かされることとなった。
昨夜と同じシチュエーションだったが、今夜はさすがに流されないようにと紅児は胸をぐっと押さえての訪問である。
すでに湯あみの最中に侍女たちによる質問の洗礼を受けてへろへろである。けれど養父母の様子をもう少し聞かせてほしかった。紅児たちが湯あみを終える頃には紅夏も基本室にいる。そういえば眷族がいつ湯あみをしているのか知らないと紅児は思った。
「紅夏様……」
表から声をかければすぐにその扉は開かれ腕を引かれた。当り前のように床に腰掛けさせられる。
どうしてその手前の椅子ではいけないのかと思うのだが、下手なことを言ってとんでもないことになってはたまらない。余計なことは言わないに限る。
「花嫁様と話をしていたそうだな」
「はい……」
紅夏はすぐ隣に腰掛け、紅児を抱き込むように密着した。
「ちょっと、その……いろいろ気になったことがありまして……」
さすがに眷族の前で花嫁とした話の内容を話すのは気が引けた。四神に対する批判と取られても仕方ないことだったから。
「聞きたいことが聞けたならそれでいい。……養父母殿に改めてそなたをもらう旨伝えて参った」
紅夏の話はいつでも唐突だ。前置きとかが一切ないので少しぼうっとしている時は困る。そうでなくても彼の面をまっすぐ見ているだけで精一杯なのに。
「え……あ、そうなのですね……」
だからそんなマヌケな返事しかできなかった。
「ええと、おっかさん、びっくりしてませんでしたか……?」
「ああ……」
紅夏はほんの少しだけ考えるような顔をした。
「我は朝方に着いたのだが……養母殿はそれを驚かれていたように見受けられたな」
紅児は軽く首を振った。
きっと養母は紅夏の美貌に驚いたに違いなかった。村にはごく稀に芸人一座などがやってくることがあるが、彼らの華やかさと紅夏では雲泥の差である。もちろん彼は人ではないのだから比べること自体間違っているのかもしれなかった。
「そうですか」
訂正する必要もないのでそのままにしておくことにした。
「それで……荷物を渡していただけたのですね」
「ああ、品物の中身も確認していただいた。石は説明が必要であったしな」
「あ……」
便利になるだろうと思って託したはいいが説明をしなければいけないことを忘れていた。養父母は店をかまえているぐらいだから必要最低限の読み書きはできるのだが、紅児はメニューの名前と数以外読むことも書くことも不自由なのだ。
「すいません……私、すっかり……」
「かまわぬ。そなたはまだこの国の文字には不慣れだろう」
もし説明書きをつけられたとしても養父母は読めなかった可能性が高い。それでもやはり読み書きは出来た方がいいだろうと紅児は改めて思った。とはいえここで文字を習いたいと思うと誰に頼めばいいのか皆目見当がつかない。下手に花嫁の耳に入ればいろいろ便宜を図ろうとしてくれそうで、それは申し訳ないだろう。
しかし今は読み書きのことより養父母のことを聞かなくては。
気を取り直して先を促すように紅夏を見ると、彼は一瞬目を見張った。
「?」
「……たいそう喜んでおられた。『お前はわしらの子なのだから気を使うんでねぇ』……とのことだ」
「え……」
その声音がまるで養父そっくりに聞こえて、紅児は目を見開いた。紅夏は満足そうに目を細める。
「……どうして……」
声の質は全く違うはずなのに、同じように聞こえるなんて……。
「……これも眷族の能力の一つだ」
誰かの音を複製することだろうか。
それならば。
「……エリーザ……そなたの名はこの音で間違いないか?」
花嫁の声でもない、以前会ったことのある通訳の声でもない”紅夏”自身のテナー。
「…………はい」
目の奥が熱くなる。
どうしてこんなに己は涙もろいのだろう。
どうして紅夏はこんなにも己を喜ばせてくれるのだろう。
『エリーザ』
この国の人たちにとっては呼びにくい名前。それはあてはまる音がないからだと聞いたのに。
更にきつく抱き寄せられ、目元に口付けられる。
「そなたは……我の理性を試しているのか……?」
(理性?)
それよりももっと名を呼んでほしいと紅児は思う。
「紅夏様、もっと……」
頼めば嘆息される。
「いくらでも、エリーザ……」
涙があとからあとから溢れてくる。ここに来てから泣きすぎだと思うのにそう簡単に涙は止まってくれない。
そうして、どれほど泣いただろうか。
まだ全然養父母のことを聞いていないことに紅児は気付いた。
「あの……おとっつぁんとおっかさんは……」
おずおずと続きを聞けば、「……さすがに色気がないな」と呟かれた。
(色気?)
「そなたを妻にする旨お伝えすると、そなたの意志を尊重してくれればよいと言われた」
紅児は頬を染めた。
ここまでしてもらって紅夏以外に嫁ぐという選択肢はもうないように思える。
「……ありがとうございます」
養父母が元気なようでよかった。店も再開できてよかった。紅夏に届けてもらった荷物が少しでも役に立てばいい。
「エリーザ、なれば褒美をいただこう」
「……え?」
(褒美って……)
紅児が戸惑っている間にクイ、と頤を持ち上げられて……。
結局その夜も、紅児は甘く啼かされることとなった。
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる