貴方色に染まる

浅葱

文字の大きさ
70 / 117
本編

70.波瀾

しおりを挟む
 頬の赤みが引かないまま紅児ホンアールは仕事に戻った。
 彼女の全身は歓喜で満ち溢れていた。結局”熱を与える”ことの詳細は聞けずじまいだったが、紅児の髪も紅夏ホンシャーと同じ色に変えることができるのだと知り、とても嬉しかった。今夜にでも詳しく教えてもらおうと思い、どうにか気持ちを切り替える。
 中秋節は終ったがしばらく贈り物の数は多いままである。普段なら3日に1度程度の仕分けで済むところを最近は2日に1度ぐらいのペースで行っている。ただ異国からの贈り物を市場に流通させるのも問題があるらしく、そのことで主官である趙と中書省からの連絡役である王が話し合ったりしているらしい。
 四神宮の外では相変わらずせわしない雰囲気があるが中は基本いつも通りである。四神と花嫁が表に出るのは中秋節の当日だけであり、その後は各国の要人が王城内に滞在していようと関係はない……はずだった。


 花嫁は白虎か青龍の室に行っているはずなので、部屋の片付けや掃除を終えてしまえば午後は特にすることもない。今日は延もいないので緊張することもなさそうだった。
 居間の隅に立ったままいつも通りとりとめもないことを考える。
 花嫁のこと。紅夏のこと。養父母のこと。……そして本当の両親や祖国のこと。
 いずれも真面目に考えているわけではない。ただ断片的に脳裏に浮かべては消えるというかんじだった。

(…………?)

 なぜか普段静かな部屋の外が少し騒がしく感じられ、紅児は疑問符を脳裏に浮かべた。以前なら首を傾げてもう一人の侍女に視線で咎められているところである。
 居間のもう一方の隅で控えている侍女も少しいぶかしげな表情をしていた。
 来客、などはそうそうないはずである。
 そうしているうちに行き交う足音が増えてきたように思われた。好奇心が頭をもたげたが部屋付きの侍女である紅児に確かめるすべはない。
 あとで何があったのか教えてもらおうと思い、つい扉の外を窺おうとしてしまう己の身を抑えた。
 だがそれだけでは終らなかった。
 青龍の腕に抱かれて花嫁が戻ってきたのである。
 とても機嫌が悪そうに見えた。
 後ろから侍女たちが何人も続いてきたところを見ると来客かまたは呼び出されたのかもしれない。だが部屋に入ろうとする彼女たちを花嫁は制した。

「エリーザと少し話があるから下がりなさい」

 紅児は目を見開いた。侍女たちは礼をし、素直に踵を返す。
 青龍が花嫁を抱いたまま長椅子に腰掛けた。

「エリーザも座って。これは客人としての話だから」

 扉が閉じられ、もう一人の侍女がお茶を入れる。紅児はためらいながらも来客用の椅子に腰掛けた。
 紅児の前にもお茶が置かれる。
 彼女は花嫁の部屋付きの侍女であると同時に花嫁の客人である。それは紅児自身もわかっているが普段は己をただの侍女だと思うようにしていた。そんな紅児だからみなに快く受け入れられているのだが彼女自身はいつだって必死である。
 話がある、と言ったが花嫁は難しい顔をして少し考え込んでいるようだった。
 紅児自身に急ぎの用事はないのでそんな花嫁の様子をただ心配そうに見守っていることしかできない。青龍は完全に椅子と化していて時折花嫁の髪を撫でているぐらいである。四神のそういう姿は紅児にも好ましく思えた。

「……エリーザは客人だから……これから話すことについて断ってくれてもいいわ」

 そう前置きして、花嫁は言いづらそうに話し出した。
 話の内容としてはこうだ。
 現在この国の周辺諸国から王族や要人が来ており、その一部が王城内に滞在している。その中でもシーザン国からは国王とその娘(ようは一国の姫)が来ているらしい。シーザンは、国王は男性であるものの基本的には女性上位の国であるという。女性上位の国にあっては娘の言葉も尊重される。
 シーザンの姫は赤い髪をしている。そしてどこで聞きつけたのか四神の花嫁のところに他国の赤い髪の娘がいるということを知っていた。このことも花嫁の機嫌を悪くさせる要因の一つであるらしい。
 その姫が他国の赤い髪の娘―紅児を是非見たいと言ってきた。

「……先日そんなことを言ってはいたのよ。エリーザは私の従者ではなく客人だから強制はできないと伝えたのだけど……」

 花嫁がうんざりしたように言う。
 シーザン王はそれを諌めるでもなく、ただにこにこしているだけだったという。女性上位の国であるならそれは仕方ないのかもしれない。
 けれど紅児が赤い髪をしているというだけで見たいと思うものなのだろうか。そこが疑問だった。

「何故……私を見たいと言われたのでしょうか……?」

 海を隔てた国の者とはいえしがない貿易商の娘である。貴族とか王族であるわけでもない。紅児の問いに花嫁は頷いた。

「うーん……これはあくまで推測に過ぎないのだけど……。エリーザがここにいるということを知っているとしたら、紅夏と恋仲なのも多分知られているのではないかと思うの」

 紅児ははっとして胸を押さえた。
 ということは……。

「おそらくだけど、シーザン王は四神の眷属を婿にとりたいと考えているのかもしれないわ。でも……」

 紅児はコクリと頷いた。
 白虎の眷属である白雲は侍女頭である陳と恋仲だし、青龍の眷属である青藍は女官である延と恋仲である。しかもそれは紅児がここに来た時すでにそうであった。黒月は女性だし、残るは紅夏だがその紅夏は紅児と恋仲である。
 それを聞いた青藍が一瞬眉をしかめたが何も言わなかった。

「青龍様、眷属が人に婿入りするという例はあるのですか?」

 椅子になり存在感を消していた青龍に花嫁が聞く。青龍の目が嬉しそうに細められた。

「……”つがい”なれば場合によってはありうるようだが……青藍、どうだ?」
「失礼ですが……”つがい”以外の人間と一緒になることはございません。紅児殿は紅夏の”つがい”です。もし他の者から声をかけられたとしても決して揺らぐことはございません」

 青藍の言葉に紅児の顔がパアッと明るくなった。

「それ以前の問題ってことね。そういえば眷属も”つがい”以外の人間をそういう対象としては見られないのだっけ?」
「はい」

 大分花嫁の話し方も砕けてきていると紅児は思う。最初の頃は立場を明確にする為にあえて堅苦しい物言いをされていたのだろう。元々の話し方がこうであると知ることは紅児にとって喜ばしいことだった。

「推測ではあるけれど、きっとまだ恋仲になって日が浅いエリーザの値踏みをしようってことなのかもしれないわ。一応一緒に行くなら紅夏も連れていくけどどうする? もちろん行かなくてもいいわ」

 花嫁が改めてわかりやすく説明をしてくれる。行かなくてもいいと気を使ってくれるのが嬉しいと紅児は思う。けれど己が行かないことで花嫁が追及されることも避けたい。

 紅夏は”つがい”である紅児以外に目を向けることはない。

 これは紅児にとって自信に繋がる。”つがい”という立場にあぐらをかくつもりはないが、絶対であることは安心できるのだ。
 だから。

「行きます」

 紅児は笑顔で答えることができた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

処理中です...