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本編
85.相思相愛
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夕飯の後仕事に戻った紅児は、見せられた映像を反芻しながらあることに思い至った。
あんなことができるなら、養父母の様子を見せてもらうこともできたのではないか。
仕事を終えた後そのことを紅夏に尋ねると、”つがい”同士でなければできないし、しかも相思相愛でなければ情景を集中して見せることが非常に難しいのだという。そういえば終わった後紅夏は少し疲れた様子で、珍しく夕飯をしっかり食べていた。気力体力共に使う能力なのだとわかったら途端に申し訳なくなった。
「私の為に……ありがとうございます……」
ごめんなさいは禁句だと花嫁をはじめいろんな人に言われていたから、そう素直に口にして気付く。何故か紅夏はとても機嫌がよさそうだった。
そういえば、”相思相愛でなければ情景を集中して見せることが非常に難しい”と言わなかったか。
紅夏の科白を思い出し、一気に赤くなった。
(相思相愛って……)
もちろん間違っていないと紅児も思う。
だけど。
「”つがい”なのに相思相愛でない場合もあるのですか?」
「……我らは”つがい”がどういうものか理解しているが、そなたたち人間にはわからないだろう? ……エリーザ、そなたは我と同じように我を想ってくれているのだな」
そう言いながら紅夏は彼女の唇を軽く塞いだ。
確かに最初のうちはわけがわからなかった。つまり、四神の眷属が”つがい”だと相手を認めても、それが人間だった場合相思相愛になるまでに時間がかかるということだ。
しかも相思相愛でない状態で試した場合集中力がすぐに切れてしまうし、映像も鮮明ではない。それで相手が自分と同じように想っていないことを知るのはつらいことだと紅児も思う。
だから紅夏もなかなか試そうとはしなかったのだろう。
けれど今回は紅児の気持ちを汲んであえて見せてくれた。
(だから私、紅夏様のことが好きなのだわ……)
言葉が足りなくて、人間の気持ちがよくわからない。でも紅児のことはがんばって考えてくれている。
好きになるなという方が無理だ。
紅夏に抱き着いて口づけ返してしまいたかった。大好きだと、言葉だけでなく態度で伝えたかった。
でもそれはどうにも恥ずかしくて。
照れ隠しに、叔父のことを考える。
あの調子ではなかなか納得してくれないに違いない。
けれど紅児はもう決めてしまった。
母や叔父に反対されても、この気持ちを手放すことなんかできない。
しかし叔父の言葉は正確に届いたのだろうか。叔父の後ろに控えていたのが叔父に対しての通訳だろう。だとすると花嫁の側に通訳がいたはずである。
「あの……セレスト王国の言葉がわかる通訳か誰かが花嫁様の側にいたのですよね……?」
「朱雀様が一緒だったろう」
紅児は驚いて目を見開いた。
「朱雀様は私の国の言葉がわかるのですか!?」
「……四神はこの世界の言葉なら全て聞き取れる。話されるかどうかは不明だが」
「えええっ!?」
さすが神様である。些か反則な気がしないでもない。
「じゃあ私が自分の国の言葉で話しても、四神には何を言っているのかわかるのですね」
「そういうことになるな」
紅児は感嘆した。それならば言葉の齟齬がなくて安心である。
ただそうなると叔父の言葉がダイレクトに伝わってしまっていることになる。さすがに不敬ではないだろうかと心配になる。
「……あの……花嫁様は叔父のこと……怒ってはいませんでしたか?」
おそるおそる聞くと紅夏は意外そうな表情をした。
「何を怒るというのだ?」
「ええと……さすがに無礼かと……」
「そなたの身を案じるが故の発言だろう。それを花嫁様が気にされると思うのか」
「いいえ……」
紅児は小さくなった。
寛大なのは花嫁の美徳だ。
だが、紅児は叔父の言動に違和感を覚えていた。説明を求められたとしてもうまく言えない。3年の間に話し方が変わったとかそういうことならいい。けれどどこか違う気がした。
実際に会うことでその違和感が払拭されればいいと思う。
だが女の直感というのはなかなか侮れないものである。
どちらにせよ面と向かってもいない今あれこれ考えても仕方がない。紅児は体の力を抜き、紅夏に身を任せた。
翌朝、紅児は珍しく主官である趙文英に声をかけられた。
朝食を終え、花嫁の部屋に向かおうとした矢先のことである。
「紅児、できれば贈品の目録とのつきあわせを手伝ってもらえないだろうか。花嫁様に許可はいただいてある」
「私などでよろしいのですか? 文字はまだうまく読めませんし……」
ここで誰かに物を頼まれたことがあまりなかった為、紅児は戸惑いながらも答える。
「私が目録を読むので、贈品の数や物が合っているかどうか確認してほしい。頼めるか?」
「は、はい! お手伝いさせていただきます!」
正直花嫁の部屋に控えているだけというのは退屈である。だが侍女たちに言わせると四神宮は楽な職場で、みな同じように働いている。わざわざ雇ってもらっている紅児が文句を言えるような立場ではない。
ただ、たまには違う仕事がしてみたいと思っていたのは事実である。
四神宮の表にある謁見の間にそれは広げられていた。四角い盆のような物に品物が並べられている。
これら四神の花嫁への贈物はまず中書省へ届けられ、そこでまず受け取っていいものか、そうでないものかに分けられる。受け取りの項目にない物は送り返されるかまたは処分される。贈物には目録の提出が義務づけられており、それに合致しない物もはねられる。こうしてそれを通り抜けてきたものがだけが四神宮に届けれられるのだが、更に届けられた先で改めて目録とのつきあわせを行うらしい。
この作業は一見とても地味だが大切なものであると紅児は趙に説明された。
「いつもは手の空いた侍女に頼むのだがみな忙しいらしくてな」
苦笑したように言う趙に紅児は頷いた。これは間違いなく花嫁が回してくれたに違いない。いろいろぐるぐる考えてしまう紅児を慮って余計なことを考えなくて済む仕事を与えてくれたのだ。改めて紅児は花嫁に感謝した。
それにしても趙もまた秀麗である。たまに姿を見る中書省との連絡役の王英明も趙より逞しく見える美形だ。官吏というのは顔で選ばれているのかと勘違いしてしまいそうである。実際そんなことはありえないが、侍女たちの盛り上がりを見ているともしかしたら顔も選考基準の一つなのではないかと思った。
「ところでそなた暖石は持っているか? ここは四神宮の外なのでかなり寒いと思うのだが」
「大丈夫です。持っています」
謁見の間は四神宮の外にある為四神の恩恵は受けられない。四神による無意識の気候調整は全て花嫁の為にあるので四神宮を一歩出ると平均的な冬の気候なのだ。
「では始めるぞ」
「はい」
趙が目録を手にする。紅児は端の箱に目線を落とした。
あんなことができるなら、養父母の様子を見せてもらうこともできたのではないか。
仕事を終えた後そのことを紅夏に尋ねると、”つがい”同士でなければできないし、しかも相思相愛でなければ情景を集中して見せることが非常に難しいのだという。そういえば終わった後紅夏は少し疲れた様子で、珍しく夕飯をしっかり食べていた。気力体力共に使う能力なのだとわかったら途端に申し訳なくなった。
「私の為に……ありがとうございます……」
ごめんなさいは禁句だと花嫁をはじめいろんな人に言われていたから、そう素直に口にして気付く。何故か紅夏はとても機嫌がよさそうだった。
そういえば、”相思相愛でなければ情景を集中して見せることが非常に難しい”と言わなかったか。
紅夏の科白を思い出し、一気に赤くなった。
(相思相愛って……)
もちろん間違っていないと紅児も思う。
だけど。
「”つがい”なのに相思相愛でない場合もあるのですか?」
「……我らは”つがい”がどういうものか理解しているが、そなたたち人間にはわからないだろう? ……エリーザ、そなたは我と同じように我を想ってくれているのだな」
そう言いながら紅夏は彼女の唇を軽く塞いだ。
確かに最初のうちはわけがわからなかった。つまり、四神の眷属が”つがい”だと相手を認めても、それが人間だった場合相思相愛になるまでに時間がかかるということだ。
しかも相思相愛でない状態で試した場合集中力がすぐに切れてしまうし、映像も鮮明ではない。それで相手が自分と同じように想っていないことを知るのはつらいことだと紅児も思う。
だから紅夏もなかなか試そうとはしなかったのだろう。
けれど今回は紅児の気持ちを汲んであえて見せてくれた。
(だから私、紅夏様のことが好きなのだわ……)
言葉が足りなくて、人間の気持ちがよくわからない。でも紅児のことはがんばって考えてくれている。
好きになるなという方が無理だ。
紅夏に抱き着いて口づけ返してしまいたかった。大好きだと、言葉だけでなく態度で伝えたかった。
でもそれはどうにも恥ずかしくて。
照れ隠しに、叔父のことを考える。
あの調子ではなかなか納得してくれないに違いない。
けれど紅児はもう決めてしまった。
母や叔父に反対されても、この気持ちを手放すことなんかできない。
しかし叔父の言葉は正確に届いたのだろうか。叔父の後ろに控えていたのが叔父に対しての通訳だろう。だとすると花嫁の側に通訳がいたはずである。
「あの……セレスト王国の言葉がわかる通訳か誰かが花嫁様の側にいたのですよね……?」
「朱雀様が一緒だったろう」
紅児は驚いて目を見開いた。
「朱雀様は私の国の言葉がわかるのですか!?」
「……四神はこの世界の言葉なら全て聞き取れる。話されるかどうかは不明だが」
「えええっ!?」
さすが神様である。些か反則な気がしないでもない。
「じゃあ私が自分の国の言葉で話しても、四神には何を言っているのかわかるのですね」
「そういうことになるな」
紅児は感嘆した。それならば言葉の齟齬がなくて安心である。
ただそうなると叔父の言葉がダイレクトに伝わってしまっていることになる。さすがに不敬ではないだろうかと心配になる。
「……あの……花嫁様は叔父のこと……怒ってはいませんでしたか?」
おそるおそる聞くと紅夏は意外そうな表情をした。
「何を怒るというのだ?」
「ええと……さすがに無礼かと……」
「そなたの身を案じるが故の発言だろう。それを花嫁様が気にされると思うのか」
「いいえ……」
紅児は小さくなった。
寛大なのは花嫁の美徳だ。
だが、紅児は叔父の言動に違和感を覚えていた。説明を求められたとしてもうまく言えない。3年の間に話し方が変わったとかそういうことならいい。けれどどこか違う気がした。
実際に会うことでその違和感が払拭されればいいと思う。
だが女の直感というのはなかなか侮れないものである。
どちらにせよ面と向かってもいない今あれこれ考えても仕方がない。紅児は体の力を抜き、紅夏に身を任せた。
翌朝、紅児は珍しく主官である趙文英に声をかけられた。
朝食を終え、花嫁の部屋に向かおうとした矢先のことである。
「紅児、できれば贈品の目録とのつきあわせを手伝ってもらえないだろうか。花嫁様に許可はいただいてある」
「私などでよろしいのですか? 文字はまだうまく読めませんし……」
ここで誰かに物を頼まれたことがあまりなかった為、紅児は戸惑いながらも答える。
「私が目録を読むので、贈品の数や物が合っているかどうか確認してほしい。頼めるか?」
「は、はい! お手伝いさせていただきます!」
正直花嫁の部屋に控えているだけというのは退屈である。だが侍女たちに言わせると四神宮は楽な職場で、みな同じように働いている。わざわざ雇ってもらっている紅児が文句を言えるような立場ではない。
ただ、たまには違う仕事がしてみたいと思っていたのは事実である。
四神宮の表にある謁見の間にそれは広げられていた。四角い盆のような物に品物が並べられている。
これら四神の花嫁への贈物はまず中書省へ届けられ、そこでまず受け取っていいものか、そうでないものかに分けられる。受け取りの項目にない物は送り返されるかまたは処分される。贈物には目録の提出が義務づけられており、それに合致しない物もはねられる。こうしてそれを通り抜けてきたものがだけが四神宮に届けれられるのだが、更に届けられた先で改めて目録とのつきあわせを行うらしい。
この作業は一見とても地味だが大切なものであると紅児は趙に説明された。
「いつもは手の空いた侍女に頼むのだがみな忙しいらしくてな」
苦笑したように言う趙に紅児は頷いた。これは間違いなく花嫁が回してくれたに違いない。いろいろぐるぐる考えてしまう紅児を慮って余計なことを考えなくて済む仕事を与えてくれたのだ。改めて紅児は花嫁に感謝した。
それにしても趙もまた秀麗である。たまに姿を見る中書省との連絡役の王英明も趙より逞しく見える美形だ。官吏というのは顔で選ばれているのかと勘違いしてしまいそうである。実際そんなことはありえないが、侍女たちの盛り上がりを見ているともしかしたら顔も選考基準の一つなのではないかと思った。
「ところでそなた暖石は持っているか? ここは四神宮の外なのでかなり寒いと思うのだが」
「大丈夫です。持っています」
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