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3.契約することにしました
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これは正式な契約だからとスノーホワイトが指先を切った血を鏡をつけた途端、鏡は大きく震え、光を発した。
それは白っぽい光ではなく黒く、禍々しい光であったが彼女は気にしなかった。魔女の使い魔だったというなら元々鏡は悪魔である。その正体がどんなに醜かろうと恐ろしい物であろうと、彼女は己の選択を目に焼き付けようと思った。
鏡は光を発しながらぐにゃぐにゃと形を変え、やがて黒い服を着た人型をとった。
黒髪に青い目をした秀麗な面が、あっけに取られたスノーホワイトに向けられる。
「鏡……なのですか……?」
まるで侍従長のような恰好をした美しい男性に、彼女はおそるおそる声をかけた。スノーホワイトの問いに、怜悧な美貌の口元に笑みが浮かぶ。
「はい、世界一美しいスノーホワイト。どうか私のことはマモンとお呼びください。さぁどうぞ貴女の願いをおっしゃってください。貴女や私が死ぬという願い以外はなんでも聞き届けましょう」
少し長めの黒髪を後ろに撫でつけた彼は、ほんの少しの仕草でもスノーホワイトの頬を染めさせるには十分だった。
(ど、どんなに素敵でもだめよ! この者は悪魔なのだし、私はこの国の王妃なのだから……)
彼女は「どうか貴方の妻にして!」と叫びそうになる己をどうにか律した。そんなスノーホワイトの様子に彼は片眉を上げた。そんな仕草も様になっていて彼女は顔を真っ赤にしながら胸を押さえる。
「さぁ……スノーホワイト」
耳に心地よい声で促され、スノーホワイトは震える唇を開いた。
彼女が願ったのは―
「姫さまが王に娶られるようなことにならないように。
貴女が大臣などに下げ渡されるようなことがないように。
王子が目を覚ましてまともな考え方をする人間になるように。
そしてこの国の民が平和で楽しく暮らせるように。
願いはこれで全てですか」
「……はい」
彼は指先を蟀谷に当て、少し考えるような表情をした。
「スノーホワイト、私は貴女の願いを全て叶えたいのです。ですが今の私には残念ながらその力がない」
「……え」
彼女は彼の言葉に耳を疑った。先ほど願いを聞き届けると言ったではないか。
確かに全てを叶えろというのは傲慢かもしれない。ならばせめて姫のことだけでも……と思った時、彼はこう言った。
「スノーホワイト、どうか哀しまないでください。今の私には力が足りませんが、もしも貴女が私の妻になると誓ってくださるなら全てがうまくいくでしょう」
「ええっ?」
スノーホワイトはあまりの驚きに大きな瞳を見開いた。
「如何でしょうか?」
彼はいたずらが成功したような表情で再度尋ねる。彼女は思わず笑ってしまった。
「でも私、王妃なんですのよ? 貴方の妻になることはできませんわ」
彼はそれを一蹴する。
「こんなに美しいお妃をほうっておく男なんか離縁してしまいなさい。大丈夫、貴女が私に応えてくだされば何もかも望み通りになりますよ」
スノーホワイトは逡巡したが、目の前に手を差し出されたことで観念した。
夫であった王が彼女をほうっておいた期間は、それはそれは長かったのだ。
(さようなら……)
「……そういうことでしたら私、貴女の妻になりますわ」
彼は、彼女のその諦めにも似た表情に嫣然と笑むと、スノーホワイトを優しく抱き上げた。
それは白っぽい光ではなく黒く、禍々しい光であったが彼女は気にしなかった。魔女の使い魔だったというなら元々鏡は悪魔である。その正体がどんなに醜かろうと恐ろしい物であろうと、彼女は己の選択を目に焼き付けようと思った。
鏡は光を発しながらぐにゃぐにゃと形を変え、やがて黒い服を着た人型をとった。
黒髪に青い目をした秀麗な面が、あっけに取られたスノーホワイトに向けられる。
「鏡……なのですか……?」
まるで侍従長のような恰好をした美しい男性に、彼女はおそるおそる声をかけた。スノーホワイトの問いに、怜悧な美貌の口元に笑みが浮かぶ。
「はい、世界一美しいスノーホワイト。どうか私のことはマモンとお呼びください。さぁどうぞ貴女の願いをおっしゃってください。貴女や私が死ぬという願い以外はなんでも聞き届けましょう」
少し長めの黒髪を後ろに撫でつけた彼は、ほんの少しの仕草でもスノーホワイトの頬を染めさせるには十分だった。
(ど、どんなに素敵でもだめよ! この者は悪魔なのだし、私はこの国の王妃なのだから……)
彼女は「どうか貴方の妻にして!」と叫びそうになる己をどうにか律した。そんなスノーホワイトの様子に彼は片眉を上げた。そんな仕草も様になっていて彼女は顔を真っ赤にしながら胸を押さえる。
「さぁ……スノーホワイト」
耳に心地よい声で促され、スノーホワイトは震える唇を開いた。
彼女が願ったのは―
「姫さまが王に娶られるようなことにならないように。
貴女が大臣などに下げ渡されるようなことがないように。
王子が目を覚ましてまともな考え方をする人間になるように。
そしてこの国の民が平和で楽しく暮らせるように。
願いはこれで全てですか」
「……はい」
彼は指先を蟀谷に当て、少し考えるような表情をした。
「スノーホワイト、私は貴女の願いを全て叶えたいのです。ですが今の私には残念ながらその力がない」
「……え」
彼女は彼の言葉に耳を疑った。先ほど願いを聞き届けると言ったではないか。
確かに全てを叶えろというのは傲慢かもしれない。ならばせめて姫のことだけでも……と思った時、彼はこう言った。
「スノーホワイト、どうか哀しまないでください。今の私には力が足りませんが、もしも貴女が私の妻になると誓ってくださるなら全てがうまくいくでしょう」
「ええっ?」
スノーホワイトはあまりの驚きに大きな瞳を見開いた。
「如何でしょうか?」
彼はいたずらが成功したような表情で再度尋ねる。彼女は思わず笑ってしまった。
「でも私、王妃なんですのよ? 貴方の妻になることはできませんわ」
彼はそれを一蹴する。
「こんなに美しいお妃をほうっておく男なんか離縁してしまいなさい。大丈夫、貴女が私に応えてくだされば何もかも望み通りになりますよ」
スノーホワイトは逡巡したが、目の前に手を差し出されたことで観念した。
夫であった王が彼女をほうっておいた期間は、それはそれは長かったのだ。
(さようなら……)
「……そういうことでしたら私、貴女の妻になりますわ」
彼は、彼女のその諦めにも似た表情に嫣然と笑むと、スノーホワイトを優しく抱き上げた。
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