継続可能な最高の幸せ!ただし、怪異ありきで。

豆腐屋

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⑫会議の前に・・・

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 二人で、ゆっくりお湯に浸かる。一緒に暮らしていても恋人と触れ合う時間は特別だ。

 啓介も純也の胸板に背を預け気持ち良さそうに湯に浸かっている。

 啓介さん、見た感じは疲れて見えないけど大丈夫かな・・・。
 
 ゴルフの1ラウンドは平均4時間、ハーフは単純に2時間。今日、1.5ラウンドしたということは休憩を挟んでも6時間だ。

 「啓介さん、今日はどうでした?」

 「楽しかった・・・知ってる奴らばっかりだし、ワンハンなんて普段しないからな。」

 ワンハンとは1半、つまり1.5ラウンドのことだ。この用語を使う当たりが既にゴルフ好きの証ともいえる。
 啓介にとって、今日の集まりは完全にゴルフの方がメインのようだった。

 「今日、スコアも良かったんだ。伊集にも勝った!!」

 伊集とは、啓介と仲の良い別のゴルフ場のグリーンキーパーで、白花岳にも来たことがあるので純也も知っている。
 
 「楽しかったみたいでよかったです!でも、俺、伊集さんのことは、まだ信用してないです。」

 「まだ、そんなこと言って・・・。あいつは結婚してるし、お前が心配するようなことは何もないんだぞ?」

 そんなことはない。まず、距離感が近い。去年、白花岳で啓介とラウンドしてレストランで休憩し、コースへ出ていく際、啓介の肩を抱いていた。

 きっとあの光景は一生忘れない。啓介は、肩を組んでいただけだと言っていたが、そうだとしても体に触ったことに違いはない。

 「だって、あの人、啓介さんに触るし!!」

 「今日は触られてないから・・・」

 正直、はっきり覚えていない。ラウンドは同じ組ではなかったが、飲み会の席は隣だった。
 啓介にとって伊集は、触った触られたを意識するような相手ではない。
 伊集にとってもそうだと確信を持って言える。

 「絶対ですか?」

 「絶対だ。」

 ちょっと拗ねている年下の恋人が可愛い。彼に機嫌を直しもらうための調子の良い答えも許してほしい。

 啓介は体をひねり純也の唇に軽いキスをする。

 「可愛いことばっかりして!!」

 見に覚えのないことを言ってくるが、お返しのキスをくれたのでもう大丈夫だろう。

 
 




 

 




 ゴルフ場がオープンする日程は、毎年、山の雪解けの具合で決まる。
 時期が近付いてくると、それぞれの部署の従業員達が集まって何度が会議をおこなったうえで日程を決めている。
  
 ゴルフ場が閉まっている間、本来の持ち場から離れ別の部署の手伝いをしている者も多いので、シフト調整も関わってくる。そのためにも、早めに目処をつけておかなければならない。

 今年も、オープンに向けて何度か会議が開かれていた。
 
 会議の場所は、客のいないレストラン。それぞれの部署から代表者が集まってくる。

 この日は、一組の宿泊客がチェックアウトする日で、朝食を用意し見送った後は、予約を入れず時間を開けていた。



  どうしよう、緊張する・・・今日は大切な会議の日なのに・・・。

 総務課の佐藤は、会議に参加するのは初めてだった。参加と言っても議事録係だ。
 責任重大だが、会議中は存在を消して空気になりきっていても問題ない。そう思っていても、どうしても緊張してしまう。

 普段の佐藤は、デスクワークと施設内の掃除の手伝いで客との関わり合いはほぼない。 
 他の部署の人間とは、まったく会わないわけではないが、コース管理の逞しい男性陣や、接客を担当する華やかなスタッフ達は地味な自分とは住む世界の違う人種に見えた。

 それぞれの部署からトップのみが集まってくるのだ。部屋の空気に耐えられるだろうか・・・。

 去年入社の自分には、まだ荷が重い気がしてならない。

 「おはようございます。」

 佐藤は、レストランの入り口に立ち訪れる従業員に挨拶しながら確認していく。

 レストランは二階建てで、一階はウェイティングスペースになっている。
 ロビーと簡易的な喫茶を兼ねて落ち着いた雰囲気のソファーとテーブルが並んでいて、二階には上がらず客の中にはこのスペースだけを使う者もいる。

 「おはよう。」

 作業着の上着を脱いだ黒い長袖のアンダー姿でグリーンキーパーの大石が入ってくる。外はまだ冬のような寒さだが、肉体労働直後に暖房の効いた室内は暑いのだろう。
 仕事中は厳しいと聞くが、佐藤はそんな姿は想像できなかった。

 いつ挨拶しても、暖かな笑顔で返してくれる。
 佐藤は密かに大石に憧れている。恋愛感情ではなく理想の年上の男としてだ。

 見た目も男らしくて格好良いし仕事もできる。父親のような包容力や頼りがいと、ふとした時に感じる大人の男の色気を両立させた理想像だ。

 佐藤は憧れの眼差しで大石の後ろ姿を見送った。
  
 車を停めて来たのだろう、少し遅れてサブキーパーの国生が入ってきた。

 「おはようございます。」

 「よぉ、はよ。」

 相変わらずの髪型と髭。そして顔が良い。大石同様、上着を脱いでいるが彼も長袖のアンダーを着ていたおかげで、タトゥーは隠れている。

 会社側が問題にしなくても、個人的に良く思わない社員もいる。余計な火種にならないことにこしたことはない。

 「お前、あんまり見てると『コックコートの王子様』に何されるか分かんねぇぞ。」

 佐藤は国生からの言葉に、びくっと肩を揺らした。

 『コックコートの王子様』・・・厨房の佐柳さんだ。

 あのSNS事件は佐藤も対応したので、よく覚えている。背が高くて、王子様で、まだ若いのに料理の腕前も良い。料理長である倉本が褒めていた。あの人はお世辞なんて言わない。
 
 自分の憧れの大石を射止めた男だ。うら若きご令嬢が心を奪われるのも仕方ないと言える。
 カップルは、同レベルの者達の間でしか成立しない、そんな言葉が頭を過ぎったものだ。
 佐藤が入社した時には、すでに二人は付き合っていたが、もし入社時に大石に決まった相手がいなかったら、憧れるだけでは済まなかったかもしれない。
 
 「ぼっ、僕はそんなんじゃっっ。」 

 やましい気持ちはないが、見ていたのがバレていたことに慌ててしまった。
 変な噂が流れて勘違いされたら、平穏な日々を失う。あの王子様は、自分の恋人に手を出す人間絶対許さないマンなのだ。
 従業員一同、みんな知ってる。彼の恋人である大石を除いて。

 イケメンのくせに余裕がない。自分だったら、あのビジュアルで生まれてこれただけで、自信満々の余裕たっぷりで生きていける。
 
 でも、その余裕のない理由が恋人が魅力的過ぎるというなら、それもまた仕方ないと思う。

 「ははっ、気をつけとけよ!」

 からかうだけからかって国生は二階へ上がっていく。黒い癖毛を揺らしながら後ろ姿は見えなくなった。

 「おい、佐藤!!」

 名前を呼ばれて振り向くと直属の上司である宮迫が来ていた。

 「あっ、すみませんっ!お疲れ様です、支配人!」

 「ぼーとするな!絶対に余計なものを入れるなよ!!」

 支配人の宮迫にきつい目で睨まれた。銀縁眼鏡のレンズ越しの目が怖い・・・。
 今日の役目で責任重大なのは議事録より、この玄関係の方なのだ。

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