転落令嬢と辺境公爵の開墾スローライフ~愛と勇気と知恵で、不毛の地に楽園を築きます!

紅葉山参

文字の大きさ
24 / 53
不毛の地に咲く新たな絆

激突の序曲、バルザム防衛戦

しおりを挟む
 帝都軍の接近を告げる伝令が飛び込んできたのは、朝靄がまだ村を包んでいる頃でした。 五百の兵、そしてそれを指揮するのは、数々の戦功で知られる冷徹な騎士、バルカス将軍。 マカリスタ皇太子は、なりふり構わず「本物」を送り込んできたのです。

「奥様‼ 敵の先遣隊が、境界線の川を越えました‼ 」

 リリカが、伝令の若者と共に駆け込んできました。 彼女の表情には緊張が走っていますが、その足取りに迷いはありません。 わたくしは、自ら開発した防護服に身を包み、ラッシュ様の元へと向かいました。

 村の入り口、かつては荒れ地だった場所には、今や巨大な堀と、わたくしが育てた特殊な植物の壁がそびえ立っています。 ラッシュ様は、自警団の男たちを前に、静かに、けれど熱を帯びた声で指示を飛ばしていました。

「皆、怯えることはない。敵は数こそ多いが、この土地のことは何一つ知らない。我々には、ミーシアの知恵と、この大地が味方している。……自分たちの家族を、家を、そして我々の誇りを守り抜くぞ‼ 」

「おおおおおっ‼ 」

 村人たちの咆哮が、バルザムの空に響き渡ります。 わたくしは、高台に設けられた指揮所から、眼下に広がる戦場を見つめました。 遠く、地平線の彼方から、銀色に輝く鎧の列が、波のように押し寄せてくるのが見えます。 帝都の正規軍。その整然とした行進は、確かに威圧感に満ちていました。

 しかし、彼らは気づいていないのです。 自分たちが今、足を踏み入れようとしているのが、ただの村ではなく、緻密に計算された「生きた罠」であることを。

「……リリカさん、合図を。まずは『誘いの香』から始めましょう……」

「了解しました、奥様‼ 」

 リリカが、特殊な笛を吹き鳴らしました。 すると、村の周囲に植えられたサフラスの変種から、目に見えないほど微細な花粉が放出されました。 この花粉には、嗅いだ者の神経をわずかに昂ぶらせ、判断力を奪う効果があります。 「功名心」に駆られた将兵たちは、慎重さを欠き、一気に村の中央へと突入しようとするはずです。

 案の定、バルカス将軍の指揮する歩兵隊は、堀に架けられた唯一の「わざと残された」橋へと殺到しました。

「案ずるな‼ 辺境の村一つ、一刻で落としてみせよう‼ 蒼の月草を確保した者には、皇太子殿下から莫大な恩賞が与えられるぞ‼ 」

 兵士たちの叫び声が聞こえてきます。 彼らは欲に目が眩み、橋の向こう側に広がる「紅棘の森」の異常さに気づいていません。 わたくしは、ラッシュ様と視線を合わせ、静かに頷きました。

「……今ですわ‼ 」

 わたくしが手元の装置を作動させた瞬間。 橋のたもとに隠されていた感圧式の仕掛けが作動し、地中から大量の水分が噴き出しました。 それは、蒼の月草の根から抽出した「活性剤」を含んだ水。 水を受けた紅棘の蔓は、まるで意志を持つ蛇のように猛烈な速さで成長し、橋を渡り始めた兵士たちに絡みついたのです‼

「な、なんだこれは⁉ 植物が動いているのか⁉ 」

「ぐああああっ‼ 棘が鎧を貫く⁉ 助けてくれ‼ 」

 阿鼻叫喚の地獄絵図が広がります。 紅棘の蔓は、一度獲物を捕らえれば、その動きを封じるまで決して離しません。 さらに、蔓から分泌される麻痺毒が、兵士たちの自由を奪っていきます。 バルカス将軍は、予想だにしない「植物による迎撃」に、顔を青ざめさせました。

「退くな‼ 魔法兵、火を放て‼ こんな雑草、焼き払ってしまえ‼ 」

 敵の魔法兵たちが杖を掲げ、紅棘の蔓に向けて炎の弾を放とうとしました。 しかし、それこそがわたくしの第二の罠。

「……無駄ですわ。バルザムの霧は、ただの霧ではありませんもの……」

 わたくしが呟くと同時に、周囲の湿地から濃密な白い霧が立ち上りました。 この霧には、空気中の魔力を吸収し、拡散させる性質を持つ「蒼の月草」の微粒子が含まれています。 放たれた火炎弾は、霧に触れた瞬間に霧散し、小さな火花となって消えてしまいました。

「魔法が……効かないのか⁉ バカな、そんなことがあり得るはずが……⁉ 」

 絶望が、帝都軍の間に広がっていきます。 その隙を逃さず、ラッシュ様率いる自警団が、堀の裏側から一斉に弓を放ちました。 矢尻には、リリカが丁寧に塗り込んだ強力な睡眠薬が塗布されています。

「射てえええっ‼ 」

 空を覆い尽くす矢の雨。 眠りに落ちた兵士たちが、次々と折り重なるように倒れていきます。 五百の軍勢は、バルザムの入り口で、たった一人の戦死者を出すこともなく、無力化されていったのです。

 指揮所からその光景を見ていたわたくしは、深く安堵の息をつきました。 けれど、これで終わりではありません。 後方にはまだ、カシアン伯爵と、そして……贅を尽くした輿に乗ったモンローが控えているはずです。

「リリカさん、次の準備を。……あの方たちには、特別な『おもてなし』が必要でしょう⁉ 」

「はい、奥様‼ とびきり素敵なやつを用意してありますわ‼ 」

 リリカと不敵な笑みを交わすわたくし。 一方、ラッシュ様は戦場を駆け抜け、首魁であるバルカス将軍の前に立ちふさがりました。 その手には、かつて帝都で無敵を誇った公爵の剣が、鋭い輝きを放っています。

「バルカス将軍。貴殿の敗北だ。……バルザムの民に、そして私の妻に仇なす者は、たとえ皇帝の勅命であろうとも容赦はせん」

 圧倒的な力を見せつけた、バルザム防衛戦。 けれど、これは帝国全土を巻き込む壮大な物語の、ほんの序章に過ぎませんでした。 帝都の毒花たちが、この屈辱をどう受け止めるのか。 そして、わたくし、ミーシアの「ざまぁ」が、どのように彼らを奈落へと突き落とすのか。

 わたくしたちのワンダフルライフを懸けた闘いは、いよいよ熱を帯びていくのでした……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱設定されているようです

との
恋愛
『あのようにご立派な家門にお産まれになられたのに⋯⋯お可哀想なご令嬢だそうですのよ』 なんて噂が流れているけれど、誰も会ったことがないミリー・ミッドランド侯爵令嬢。 ネグレクトなんて言葉はない時代に生まれ落ちて、前世の記憶を取り戻したら⋯⋯。 前世の記憶と共に無双します! 再開しました。完結まで続投です。 ーーーーーー 恋愛小説大賞27位、ありがとうございました(感謝) ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定。 完結確定、R15は念の為・・

捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。

亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。 だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。 婚約破棄をされたアニエル。 だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。 ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。 その相手とはレオニードヴァイオルード。 好青年で素敵な男性だ。 婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。 一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。 元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

貧乏子爵令嬢ですが、愛人にならないなら家を潰すと脅されました。それは困る!

よーこ
恋愛
図書室での読書が大好きな子爵令嬢。 ところが最近、図書室で騒ぐ令嬢が現れた。 その令嬢の目的は一人の見目の良い伯爵令息で……。 短編です。

師匠の嫉妬で才能を奪われた薬師見習いの私、牢獄で本物の力を取り戻す

er
恋愛
辺境貴族の娘セシリアは宮廷薬師見習いとして働くが、師匠エリザから無能と罵られ続ける。疫病が王都で流行すると、エリザはセシリアに濡れ衣を着せ処刑させようとする。

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

たまこ
恋愛
 エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。  だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...