45 / 53
聖域の盾、動乱の世界
錆びた牙と、土の洗礼
しおりを挟む
霧が晴れた後の「狼の喉笛」には、皮肉なほどに穏やかな光が差し込んでいました。 ですが、そこに広がる光景は、軍事大国ザルツブルクの歴史に刻まれるべき屈辱の縮図でした。
かつて白銀に輝いていたはずの騎士たちの鎧は、赤茶色の錆に覆われて無残に崩れ、彼らが誇った名馬たちは、毒はないものの強力な催眠効果を持つ草を食んで、のんびりと鼻提灯を膨らませていました。
「……離せ! 離せと言っているだろう! 貴様らのような辺境の民に、この私が捕らえられるなどあってはならないことだ!! 」
拘束されたハインリヒ将軍が、泥だらけの顔を歪めて叫んでいました。 彼の自慢の長剣は、鞘の中で錆びついて固まり、もはやただの鉄の棒と化しています。
わたくし、ミーシアは、ラッシュ様と共に彼らの前にゆっくりと歩み寄りました。 騎士たちが道を開け、わたくしの蒼いドレスが風に揺れます。
「将軍様。……そんなに声を荒らげては、せっかくの美味しい空気が台無しですわ」
わたくしは、リリカさんに合図を送りました。 彼女が差し出したのは、銀のトレイに乗せられた、湯気の立つスープと焼きたてのパンでした。
「な、何だこれは。……毒でも盛るつもりか!? 」
「毒など、勿体なくて使いませんわ。……それは、貴方が踏みにじろうとしたこの土地で、昨日収穫されたばかりの野菜で作ったスープです。……まずは一口、召し上がってみてくださいな。空腹では、まともな思考もできませんでしょう? 」
ハインリヒは疑わしげにわたくしを睨みつけましたが、三日間の強行軍と、先ほどの混乱で疲弊しきっていた彼の胃袋は、香ばしい匂いに抗えませんでした。 震える手でスプーンを取り、スープを口に運んだ瞬間。 彼の目が見開かれました。
「……っ。……何だ、この旨さは。……素材の味が、体に染み込んでいくような……」
「それが、命の力ですわ。……貴方たちは武力でこの地を奪い、資源として搾取しようとしましたが、それではこの味は決して手に入りません。……土地を愛し、共に生きる者だけが受け取れる恩恵なのです」
わたくしは静かに、けれど厳然と言い渡しました。
「ハインリヒ将軍。……貴方の先遣隊は、これにて解散です。……武器を捨て、農作業を手伝うというのであれば、わたくしたちは貴方たちを『客』として遇しましょう。……ですが、あくまで侵略者として振る舞うなら、次はスープではなく、大地の怒りを味わっていただきます」
ハインリヒは、手に持ったスプーンを見つめたまま、言葉を失っていました。 最強の武力による制圧。 それが、一杯の温かいスープの前に、これほどまで脆く崩れ去るとは思ってもみなかったのでしょう。
これが、わたくしのやり方です。 ただ倒すのではなく、相手が信じてきた価値観そのものを、根本から優しく、そして残酷に否定する。 バルザムの「ざまぁ」は、胃袋と心から始まっていくのです。
かつて白銀に輝いていたはずの騎士たちの鎧は、赤茶色の錆に覆われて無残に崩れ、彼らが誇った名馬たちは、毒はないものの強力な催眠効果を持つ草を食んで、のんびりと鼻提灯を膨らませていました。
「……離せ! 離せと言っているだろう! 貴様らのような辺境の民に、この私が捕らえられるなどあってはならないことだ!! 」
拘束されたハインリヒ将軍が、泥だらけの顔を歪めて叫んでいました。 彼の自慢の長剣は、鞘の中で錆びついて固まり、もはやただの鉄の棒と化しています。
わたくし、ミーシアは、ラッシュ様と共に彼らの前にゆっくりと歩み寄りました。 騎士たちが道を開け、わたくしの蒼いドレスが風に揺れます。
「将軍様。……そんなに声を荒らげては、せっかくの美味しい空気が台無しですわ」
わたくしは、リリカさんに合図を送りました。 彼女が差し出したのは、銀のトレイに乗せられた、湯気の立つスープと焼きたてのパンでした。
「な、何だこれは。……毒でも盛るつもりか!? 」
「毒など、勿体なくて使いませんわ。……それは、貴方が踏みにじろうとしたこの土地で、昨日収穫されたばかりの野菜で作ったスープです。……まずは一口、召し上がってみてくださいな。空腹では、まともな思考もできませんでしょう? 」
ハインリヒは疑わしげにわたくしを睨みつけましたが、三日間の強行軍と、先ほどの混乱で疲弊しきっていた彼の胃袋は、香ばしい匂いに抗えませんでした。 震える手でスプーンを取り、スープを口に運んだ瞬間。 彼の目が見開かれました。
「……っ。……何だ、この旨さは。……素材の味が、体に染み込んでいくような……」
「それが、命の力ですわ。……貴方たちは武力でこの地を奪い、資源として搾取しようとしましたが、それではこの味は決して手に入りません。……土地を愛し、共に生きる者だけが受け取れる恩恵なのです」
わたくしは静かに、けれど厳然と言い渡しました。
「ハインリヒ将軍。……貴方の先遣隊は、これにて解散です。……武器を捨て、農作業を手伝うというのであれば、わたくしたちは貴方たちを『客』として遇しましょう。……ですが、あくまで侵略者として振る舞うなら、次はスープではなく、大地の怒りを味わっていただきます」
ハインリヒは、手に持ったスプーンを見つめたまま、言葉を失っていました。 最強の武力による制圧。 それが、一杯の温かいスープの前に、これほどまで脆く崩れ去るとは思ってもみなかったのでしょう。
これが、わたくしのやり方です。 ただ倒すのではなく、相手が信じてきた価値観そのものを、根本から優しく、そして残酷に否定する。 バルザムの「ざまぁ」は、胃袋と心から始まっていくのです。
7
あなたにおすすめの小説
病弱設定されているようです
との
恋愛
『あのようにご立派な家門にお産まれになられたのに⋯⋯お可哀想なご令嬢だそうですのよ』
なんて噂が流れているけれど、誰も会ったことがないミリー・ミッドランド侯爵令嬢。
ネグレクトなんて言葉はない時代に生まれ落ちて、前世の記憶を取り戻したら⋯⋯。
前世の記憶と共に無双します!
再開しました。完結まで続投です。
ーーーーーー
恋愛小説大賞27位、ありがとうございました(感謝)
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定。
完結確定、R15は念の為・・
捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。
亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。
だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。
婚約破棄をされたアニエル。
だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。
ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。
その相手とはレオニードヴァイオルード。
好青年で素敵な男性だ。
婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。
一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。
元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
貧乏子爵令嬢ですが、愛人にならないなら家を潰すと脅されました。それは困る!
よーこ
恋愛
図書室での読書が大好きな子爵令嬢。
ところが最近、図書室で騒ぐ令嬢が現れた。
その令嬢の目的は一人の見目の良い伯爵令息で……。
短編です。
師匠の嫉妬で才能を奪われた薬師見習いの私、牢獄で本物の力を取り戻す
er
恋愛
辺境貴族の娘セシリアは宮廷薬師見習いとして働くが、師匠エリザから無能と罵られ続ける。疫病が王都で流行すると、エリザはセシリアに濡れ衣を着せ処刑させようとする。
【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!
たまこ
恋愛
エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。
だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる