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聖域の盾、動乱の世界
廃墟に咲く慈悲、王の震え
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ザルツブルク王国が誇る禁忌兵器「日輪の業火」が、蒼の月草の結界によって完全に霧散した後の戦場には、奇妙な静寂が漂っていました。 本来であれば、焦土と化し、一切の生命が絶たれているはずのその場所には、今や天からの魔力を吸い取って異常なまでの成長を遂げた、瑞々しい蒼の草花が絨毯のように広がっています。
わたくし、ミーシア・フォン・バルザムは、その蒼い海の中を、ゆっくりと国境の最前線へと歩みを進めました。 足を踏み出すたびに、月草たちが微かな鈴のような音を立てて揺れ、わたくしの魔力と共鳴します。
「……信じられん。我らが魂を削って放った太陽の炎が、まさか、この平原を潤す肥料にされたというのか」
国境線の向こう側。 黄金の装飾が施された、しかし今や煤に汚れ、見る影もなくなった王室馬車の前で、一人の老人が力なく膝をついていました。 ザルツブルク王国の現国王、ヴィクトール三世。 北の獅子と恐れられた彼も、今や自らの最高火力を「おやつ」のように平らげた植物の威容を前に、ただの怯えた老人に過ぎませんでした。
わたくしの背後には、抜き放たれた剣を下げ、冷徹なまでの威圧感を放つラッシュ様が控えています。 彼の纏う空気は、勝利の喜びよりも、愛する妻を、そして領民を焼き払おうとした侵略者への静かな怒りに満ちていました。
「ヴィクトール陛下。……わたくしを、そしてこのバルザムを焼き尽くすための炎は、いかがでしたかしら? 」
わたくしの声は、風に乗って鮮明に王の元へと届きました。 ヴィクトールは、恐る恐る顔を上げ、わたくしの姿をその目に焼き付けようとしました。
「……魔女め。貴様は、神の摂理に背くバケモノを育てているのだな。……我が軍の精鋭を、泥の中に引きずり込み、太陽さえも飲み込む。……これが、貴様の望む勝利か!? 」
王の叫びは、もはや負け犬の遠吠えに等しいものでした。 わたくしは、足元に咲いた一輪の月草をそっと摘み取り、王の目の前に歩み寄りました。
「いいえ、陛下。わたくしは一度も、勝利など望んでおりません。……わたくしが望んでいるのは、この地を耕し、命を愛で、明日を案じることなく眠りにつける平和だけです。……貴方が『バケモノ』と呼んだこの花たちは、貴方の殺意を、生きたいという人々の願いに変えただけなのですわ」
わたくしは、摘み取った花を王の煤けた手の上にそっと置きました。 その瞬間、花から溢れ出した柔らかな蒼い光が、王の手にあった火傷の跡を、魔法のように癒やしていきました。
「……痛みが、消える? 」
「それが、命の本来の姿です。……陛下、貴方はこの地を奪い、資源として独占しようとされました。ですが、この蒼の月草は、憎しみを持って触れる者には牙を剥き、愛を持って触れる者には、このように極上の癒やしを授けます」
ラッシュ様が一歩前に出ました。 「ヴィクトール、選ぶがいい。このまま全軍を率いて、我が騎士団とこの『命の防壁』に挑み続け、ザルツブルクの血をこの地の肥やしにするか。……あるいは、その花に誓って、真の和平を請うか」
王の背後に控えていた将軍たちも、もはや戦う意志を失っていました。 自分たちの武器が錆びつき、魔導兵器が無力化された今、この「蒼き平原」を突破する術など、この世のどこにも存在しないことを悟ったのです。
ヴィクトール三世は、震える手で月草を握り締め、深く、深く頭を下げました。 「……負けだ。……余の、完全な敗北だ。……バルザムの聖女よ。貴殿の知恵に、そしてこの慈悲に、我が王国の運命を委ねよう」
北の獅子が屈したその瞬間、戦場には歓声ではなく、安堵のため息が広がっていきました。 ですが、わたくしの「ざまぁ」は、ここで終わりではありません。 戦勝国として、この傲慢な王に突きつける「条件」こそが、本当の物語の始まりなのです。
わたくし、ミーシア・フォン・バルザムは、その蒼い海の中を、ゆっくりと国境の最前線へと歩みを進めました。 足を踏み出すたびに、月草たちが微かな鈴のような音を立てて揺れ、わたくしの魔力と共鳴します。
「……信じられん。我らが魂を削って放った太陽の炎が、まさか、この平原を潤す肥料にされたというのか」
国境線の向こう側。 黄金の装飾が施された、しかし今や煤に汚れ、見る影もなくなった王室馬車の前で、一人の老人が力なく膝をついていました。 ザルツブルク王国の現国王、ヴィクトール三世。 北の獅子と恐れられた彼も、今や自らの最高火力を「おやつ」のように平らげた植物の威容を前に、ただの怯えた老人に過ぎませんでした。
わたくしの背後には、抜き放たれた剣を下げ、冷徹なまでの威圧感を放つラッシュ様が控えています。 彼の纏う空気は、勝利の喜びよりも、愛する妻を、そして領民を焼き払おうとした侵略者への静かな怒りに満ちていました。
「ヴィクトール陛下。……わたくしを、そしてこのバルザムを焼き尽くすための炎は、いかがでしたかしら? 」
わたくしの声は、風に乗って鮮明に王の元へと届きました。 ヴィクトールは、恐る恐る顔を上げ、わたくしの姿をその目に焼き付けようとしました。
「……魔女め。貴様は、神の摂理に背くバケモノを育てているのだな。……我が軍の精鋭を、泥の中に引きずり込み、太陽さえも飲み込む。……これが、貴様の望む勝利か!? 」
王の叫びは、もはや負け犬の遠吠えに等しいものでした。 わたくしは、足元に咲いた一輪の月草をそっと摘み取り、王の目の前に歩み寄りました。
「いいえ、陛下。わたくしは一度も、勝利など望んでおりません。……わたくしが望んでいるのは、この地を耕し、命を愛で、明日を案じることなく眠りにつける平和だけです。……貴方が『バケモノ』と呼んだこの花たちは、貴方の殺意を、生きたいという人々の願いに変えただけなのですわ」
わたくしは、摘み取った花を王の煤けた手の上にそっと置きました。 その瞬間、花から溢れ出した柔らかな蒼い光が、王の手にあった火傷の跡を、魔法のように癒やしていきました。
「……痛みが、消える? 」
「それが、命の本来の姿です。……陛下、貴方はこの地を奪い、資源として独占しようとされました。ですが、この蒼の月草は、憎しみを持って触れる者には牙を剥き、愛を持って触れる者には、このように極上の癒やしを授けます」
ラッシュ様が一歩前に出ました。 「ヴィクトール、選ぶがいい。このまま全軍を率いて、我が騎士団とこの『命の防壁』に挑み続け、ザルツブルクの血をこの地の肥やしにするか。……あるいは、その花に誓って、真の和平を請うか」
王の背後に控えていた将軍たちも、もはや戦う意志を失っていました。 自分たちの武器が錆びつき、魔導兵器が無力化された今、この「蒼き平原」を突破する術など、この世のどこにも存在しないことを悟ったのです。
ヴィクトール三世は、震える手で月草を握り締め、深く、深く頭を下げました。 「……負けだ。……余の、完全な敗北だ。……バルザムの聖女よ。貴殿の知恵に、そしてこの慈悲に、我が王国の運命を委ねよう」
北の獅子が屈したその瞬間、戦場には歓声ではなく、安堵のため息が広がっていきました。 ですが、わたくしの「ざまぁ」は、ここで終わりではありません。 戦勝国として、この傲慢な王に突きつける「条件」こそが、本当の物語の始まりなのです。
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