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聖域の盾、動乱の世界
泥を啜る者たち
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ザルツブルク王国との講和が成立し、バルザムが「平和の輸出国」としての第一歩を刻み始めた頃、その平穏を乱す不快な羽音が村の入り口に響いていました。
かつて帝都でミーシア様を「無能」と呼び、一銭の持参金も持たせずに追放したドレイク男爵。そして、彼女からすべてを奪うことを当然の権利と考えていた継母と義妹。彼らは今、かつての栄華の欠片も感じさせないほどに薄汚れた姿で、バルザムの頑強な正門の前に立っていました。
「……何という無礼な! 私はこの土地の公爵夫人の実父であるぞ! 門を開けろ! 早く、早く中へ入れんか!」
ドレイク男爵の叫び声は、喉を焼いた酒のせいか、あるいは極度の疲労のせいか、ひどく掠れて震えていました。 その隣では、かつて流行のドレスを競い合っていた継母が、泥にまみれた裾を必死に隠しながら、守衛に対して卑屈な笑みを浮かべています。
「そうなのよ、兵士さん。あの子……ミーシアは、私の自慢の娘なの。家族がこうして会いに来たというのに、追い返すなんてこと、あの子が知ったら貴方たちの首が飛んでしまうわよ?」
守衛の兵士たちは、冷ややかな視線で彼らを見つめていました。彼らは知っているのです。ミーシア様がこの地に来た時、どれほど傷つき、どれほど孤独であったか。そして、その原因が目の前の「自称家族」たちにあることを。
「報告は受けている。……だが、我が領主夫人は、お前たちのような家族を持った覚えはないと仰せだ」
「な……!? あ、あの恩知らずな娘が! 誰のおかげでここまで育ったと思っているのだ!」
男爵が門を蹴りつけようとしたその時、重厚な扉が音もなく左右に開きました。
そこには、騎士団を率いるラッシュ様の姿がありました。彼の放つ圧倒的な武人の威圧感に、男爵たちは蛇に睨まれた蛙のようにその場に硬直しました。そして、その傍らに立つ女性の姿を見て、彼らは息を呑みました。
「……お久しぶりですわ、お父様。いえ、ドレイク男爵とお呼びすべきでしょうか」
そこにいたのは、かつて俯きがちに彼らの罵倒に耐えていた弱々しい少女ではありませんでした。 蒼の月草を思わせる、気高くも瑞々しい輝きを纏ったバルザム公爵夫人、ミーシア。 彼女の瞳には、かつての恐怖も憎しみもなく、ただ「枯れ果てた命」を眺めるような、静かな憐れみだけが宿っていました。
「ミ、ミーシア! ああ、会いたかった! 見てくれ、お前がいなくなってから、ドレイク家は散々なのだ。マカリスタ様は失脚し、我々も連座して資産を没収された……。すべてはあの悪女、モンローのせいなのだ!」
男爵は這いつくばるようにしてミーシア様の靴先に縋ろうとしました。しかし、彼女が半歩下がると同時に、足元から瑞々しい蔦が伸び上がり、男爵の手を優しく、しかし確実に拒絶しました。
「男爵。わたくしの育てた植物たちは、嘘の匂いにとても敏感なのです。……貴方が会いたかったのは、わたくしではなく、バルザムの富でしょう?」
「そ、そんなことはない! 家族の情だよ、ミーシア。私たちは、お前を連れ戻しに来たのだ。さあ、その『蒼の雫』の製法を教えなさい。それがあれば、ドレイク家は再び帝都で返り咲くことができる……」
継母の言葉に、ミーシア様は思わずくすりと笑い声を上げました。 それは、氷が解けるような涼やかさでありながら、同時に彼らの希望を完全に断ち切る絶望の調べでした。
「製法、ですか。……よろしいわ。そこまで仰るなら、わたくしたちの『農法』の一部を、身をもって体験していただきましょうか」
ミーシア様の指先が空を舞うと、背後の温室から、奇妙な斑点を持つ紫色の植物が運び出されてきました。
かつて帝都でミーシア様を「無能」と呼び、一銭の持参金も持たせずに追放したドレイク男爵。そして、彼女からすべてを奪うことを当然の権利と考えていた継母と義妹。彼らは今、かつての栄華の欠片も感じさせないほどに薄汚れた姿で、バルザムの頑強な正門の前に立っていました。
「……何という無礼な! 私はこの土地の公爵夫人の実父であるぞ! 門を開けろ! 早く、早く中へ入れんか!」
ドレイク男爵の叫び声は、喉を焼いた酒のせいか、あるいは極度の疲労のせいか、ひどく掠れて震えていました。 その隣では、かつて流行のドレスを競い合っていた継母が、泥にまみれた裾を必死に隠しながら、守衛に対して卑屈な笑みを浮かべています。
「そうなのよ、兵士さん。あの子……ミーシアは、私の自慢の娘なの。家族がこうして会いに来たというのに、追い返すなんてこと、あの子が知ったら貴方たちの首が飛んでしまうわよ?」
守衛の兵士たちは、冷ややかな視線で彼らを見つめていました。彼らは知っているのです。ミーシア様がこの地に来た時、どれほど傷つき、どれほど孤独であったか。そして、その原因が目の前の「自称家族」たちにあることを。
「報告は受けている。……だが、我が領主夫人は、お前たちのような家族を持った覚えはないと仰せだ」
「な……!? あ、あの恩知らずな娘が! 誰のおかげでここまで育ったと思っているのだ!」
男爵が門を蹴りつけようとしたその時、重厚な扉が音もなく左右に開きました。
そこには、騎士団を率いるラッシュ様の姿がありました。彼の放つ圧倒的な武人の威圧感に、男爵たちは蛇に睨まれた蛙のようにその場に硬直しました。そして、その傍らに立つ女性の姿を見て、彼らは息を呑みました。
「……お久しぶりですわ、お父様。いえ、ドレイク男爵とお呼びすべきでしょうか」
そこにいたのは、かつて俯きがちに彼らの罵倒に耐えていた弱々しい少女ではありませんでした。 蒼の月草を思わせる、気高くも瑞々しい輝きを纏ったバルザム公爵夫人、ミーシア。 彼女の瞳には、かつての恐怖も憎しみもなく、ただ「枯れ果てた命」を眺めるような、静かな憐れみだけが宿っていました。
「ミ、ミーシア! ああ、会いたかった! 見てくれ、お前がいなくなってから、ドレイク家は散々なのだ。マカリスタ様は失脚し、我々も連座して資産を没収された……。すべてはあの悪女、モンローのせいなのだ!」
男爵は這いつくばるようにしてミーシア様の靴先に縋ろうとしました。しかし、彼女が半歩下がると同時に、足元から瑞々しい蔦が伸び上がり、男爵の手を優しく、しかし確実に拒絶しました。
「男爵。わたくしの育てた植物たちは、嘘の匂いにとても敏感なのです。……貴方が会いたかったのは、わたくしではなく、バルザムの富でしょう?」
「そ、そんなことはない! 家族の情だよ、ミーシア。私たちは、お前を連れ戻しに来たのだ。さあ、その『蒼の雫』の製法を教えなさい。それがあれば、ドレイク家は再び帝都で返り咲くことができる……」
継母の言葉に、ミーシア様は思わずくすりと笑い声を上げました。 それは、氷が解けるような涼やかさでありながら、同時に彼らの希望を完全に断ち切る絶望の調べでした。
「製法、ですか。……よろしいわ。そこまで仰るなら、わたくしたちの『農法』の一部を、身をもって体験していただきましょうか」
ミーシア様の指先が空を舞うと、背後の温室から、奇妙な斑点を持つ紫色の植物が運び出されてきました。
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