転落令嬢と辺境公爵の開墾スローライフ~愛と勇気と知恵で、不毛の地に楽園を築きます!

紅葉山参

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聖域の盾、動乱の世界

宣戦布告

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 ザルツブルクとの講和、そしてドレイク一家の更生(という名の強制労働)。バルザムの地にようやく静かな冬の足音が聞こえ始めた頃、帝都からの「贈り物」は、耳を劈くようなラッパの音と共に届けられました。

 公爵邸の正面玄関に現れたのは、帝都でも指折りの権勢を誇る「帝国直轄地管理委員会」の使節団でした。先頭に立つのは、マカリスタ派の生き残りでありながら、巧妙に立ち回って今の地位を維持しているアウグスト伯爵。彼は、泥にまみれたバルザムの道を歩くことすら屈辱だと言わんばかりに、香水を染み込ませたハンカチで鼻を覆っていました。

「……バルザム公爵、並びに公爵夫人。陛下よりの勅命を預かってまいりました。謹んで拝聴するように」

 アウグストが広げた羊皮紙には、目を疑うような内容が記されていました。 それは、バルザムの地を「特区」から解除し、帝国政府の「直轄地」へと強制的に編入するという命令。そして、ミーシア様が開発した「蒼の雫」を含むすべての研究成果を、帝国の国家機密として無償で提供せよという、略奪に等しい要求でした。

「……直轄地への編入、ですか。アウグスト伯爵、皇帝陛下は一度、この地の独立した自治権を認められたはずですが?」

 ラッシュ様が、腰の剣に手をかけることなく、静かに、しかし地響きのような低音で問いかけました。アウグストは一瞬怯みましたが、背後に控える三百の帝国近衛騎士団の存在を思い出し、再び尊大な態度を取り戻しました。

「状況が変わったのだよ、公爵。この地で生み出された『蒼の雫』は、もはや一地方の財産ではない。帝国の繁栄と軍事力を支えるための『国家の心臓』なのだ。それを、追放された端くれの娘が私物化するなど、許されるはずがないだろう?」

 アウグストの視線が、ラッシュ様の隣に立つミーシア様へと向けられました。その目は、かつて彼女を「ゴミ」のように扱っていた帝都貴族そのものの冷酷さを湛えています。

「ミーシア・フォン・ドレイク。いや、今は公爵夫人だったか。……貴様がこの地で幸運にも見つけたその『草』は、帝国の所有物だ。今すぐその根をすべて掘り起こし、帝都の研究所へ運ぶ準備をしろ。さもなければ、この地は反逆の地として、火の海に沈むことになるぞ」

 ミーシア様は、アウグストの罵詈雑言を、まるで春のそよ風でも受けるかのように受け流していました。彼女の右手には、小さな籠。その中には、朝摘みの新鮮な月草の苗が、瑞々しく蒼い光を放っていました。

「伯爵。貴方は先ほどから『奪う』ことばかり口にされていますが、植物というものを少しも理解していらっしゃらないようですね」

「何だと……?」

「この蒼の月草は、このバルザムの土、水、そしてここに住む人々の愛情という見えない糸で繋がって咲いているのです。……糸を切られた花がどうなるか、帝都の賢い学者様ならお分かりになるでしょうに」

 ミーシア様は、アウグストの足元に広がる土を、慈しむように見つめました。 その時、アウグストは気づいていませんでした。自分の足元で、数千、数万の「根」が、主の意志に応えて静かに、けれど確実に牙を剥こうとしていることに。
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