辺境の漁村育ちですが、命の恩人が隣国の王子様でした 〜溺愛は波のように押し寄せる〜

紅葉山参

文字の大きさ
7 / 15

王子の一途な決意

しおりを挟む
 アンサンブル王国の王都は、辺境のシオン村とは比べ物にならないほど、壮麗で喧騒に満ちていた。城壁に囲まれた王宮は、石造りの重厚な建築物で埋め尽くされ、その豪華さはシリウスが記憶を失う前よりも冷たく、重く感じられた。

 シリウスが帰還したことで、王宮は一時的な安堵に包まれたが、すぐに次の問題へと移った。それは、王位継承をめぐる派閥争いと、彼の婚約問題だった。

「シリウス殿下!ご無事で何より。しかし、このような長期間、どこで何をされていたのか、王国民にご説明いただく必要があります」

 老練な首相、デュラン伯爵は、シリウスの帰還を喜ぶよりも先に、冷ややかな視線を浴びせた。彼の背後には、シリウスの異母弟である第二王子を推す貴族たちが控えている。彼らは、シリウスの「失踪」を格好の攻撃材料にしようとしていた。

 シリウスは、記憶を失っていた間に培った冷静さと、王族としての威厳を持って、彼らに応じた。

「嵐による難破だ。私は運良く、隣国の辺境の漁村に流れ着き、そこで一人の娘に命を救われた。その後、記憶を回復し、自力で帰還した。これ以上の詮索は不要だ」

 しかし、デュラン伯爵は引かなかった。

「その娘、漁師の娘と聞きましたが、まさか殿下。その娘との間に、何らかの深い関わりを……」

 シリウスの青い瞳が、鋭くデュラン伯爵を射抜いた。その瞬間、宮廷の空気は凍りついた。

「ある。彼女は、この国の次期国王となるべき私の命を救った、大恩人だ。私の命は、彼女の献身と勇気によって繋がれた。この恩義を無視する者は、王家への忠誠心がないと見なす」

 シリウスは、一切の躊躇なく言い切った。記憶を失っていた間に彼を支えたリーリアの純粋な心は、王宮の陰謀と打算に満ちた世界とは対極にあり、シリウスにとって何よりも守るべき宝物となっていた。

 しかし、王位継承の準備を進めるにあたり、最も重要なのは「血筋」と「安定」だった。

 シリウスには、幼少期から政略的な婚約者候補がいた。それは、王国内で最も力を持つ公爵家の一人娘、美貌と知性を兼ね備えたアメリア令嬢だ。彼女の父親は、シリウスの最も強力な支持基盤である。

 アメリアは、シリウスの帰還を心から喜び、すぐに王子の元を訪れた。

「シリウス様。ご無事で本当によかった。心から案じておりました。貴方の不在中、私ども公爵家が、王位を狙う輩から王家をお守りいたしました」

 アメリアの言葉は優雅で完璧だったが、シリウスの心は微動だにしなかった。彼女の愛には、常に「政略」という打算的な影が付きまとっていたからだ。

「ありがとう、アメリア。君の献身に感謝する」

 シリウスは、リーリアの素朴で純粋な愛情と比較し、王宮での愛がいかに打算的であるかを感じていた。彼は、王宮に戻ってすぐに、リーリアへ感謝の品と手紙を送った。そして、彼女の村の安全を確保するための秘密裏の調査も開始した。

(リーリア。君のいる場所は、私のいる王宮よりも遥かに純粋だ。だが、私は君をこの暗い世界へ引き入れなければならない)

 王子の座を固めるには、まず王宮内での権力を掌握する必要があった。彼は失踪中の出来事について、公式には「機密」として扱い、追っ手のことや、リーリアとの個人的な関わりを詳細には語らなかった。

 しかし、彼の決意は固かった。

 彼は執務室に、リーリアの銀色の髪の色に似た、海辺の風景画を飾った。それは、彼がどれだけリーリアを想っているかの、静かな証だった。

「私の命の恩人は、この国の隣国の民である。彼女こそが、国境を越えた平和の象徴となる。私は、その女性を妃として迎える」

 シリウスは、重臣たちにそう宣言した。それは、彼らが望む政略結婚を拒否し、王子の権限と意志を最大限に示す、明確な宣戦布告だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも
恋愛
転生したのは、web小説の世界だった。物語が始まる前の時間、隣国の竜王へ嫁ぐ薄幸の王女、デジレに。 結婚相手である竜王ワッツァは、冷酷非道で人間を蔑む恐ろしい竜人だ。彼はデジレを、半竜(半分竜で半分人間)である息子の養育係としかみていない。けれどその息子バートラフこそ、前世の「わたし」の最オシだった。 この世界のバートラフはまだ5歳。懸命に悪ガキぶっているけど、なんてかわいいの!? 小説のバートラフは、闇落ちして仲間の騎士たちに殺されてしまうけど、そんな未来は、絶対に許さないんだから!  幼いバートラフに対する、愛情いっぱいの子育ての日々が始まる。やがて彼の成竜への通過儀礼を経て、父の竜王は、デジレに対して執着を見せ始める。 ところが、竜と人間の戦争が始まってしまう。おとなになったバートラフは人間側につき、聖女の騎士団に入った。彼は、父の竜王に刃を向けられるのか? そして、転生者デジレに与えられたスキル「プロットを破断する者」を、彼女はどう発動させるのか。

【完結】男運ゼロの転生モブ令嬢、たまたま指輪を拾ったらヒロインを押しのけて花嫁に選ばれてしまいました

Rohdea
恋愛
──たまたま落ちていた指輪を拾っただけなのに! かつて婚約破棄された過去やその後の縁談もことごとく上手くいかない事などから、 男運が無い伯爵令嬢のアイリーン。 痺れを切らした父親に自力で婚約者を見つけろと言われるも、なかなか上手くいかない日々を送っていた。 そんなある日、特殊な方法で嫡男の花嫁選びをするというアディルティス侯爵家のパーティーに参加したアイリーンは、そのパーティーで落ちていた指輪を拾う。 「見つけた! 僕の花嫁!」 「僕の運命の人はあなただ!」 ──その指輪こそがアディルティス侯爵家の嫡男、ヴィンセントの花嫁を選ぶ指輪だった。 こうして、落ちていた指輪を拾っただけなのに運命の人……花嫁に選ばれてしまったアイリーン。 すっかりアイリーンの生活は一変する。 しかし、運命は複雑。 ある日、アイリーンは自身の前世の記憶を思い出してしまう。 ここは小説の世界。自分は名も無きモブ。 そして、本来この指輪を拾いヴィンセントの“運命の人”になる相手…… 本当の花嫁となるべき小説の世界のヒロインが別にいる事を─── ※2021.12.18 小説のヒロインが出てきたのでタグ追加しました(念の為)

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

氷の騎士と陽だまりの薬師令嬢 ~呪われた最強騎士様を、没落貴族の私がこっそり全力で癒します!~

放浪人
恋愛
薬師として細々と暮らす没落貴族の令嬢リリア。ある夜、彼女は森で深手を負い倒れていた騎士団副団長アレクシスを偶然助ける。彼は「氷の騎士」と噂されるほど冷徹で近寄りがたい男だったが、リリアの作る薬とささやかな治癒魔法だけが、彼を蝕む古傷の痛みを和らげることができた。 「……お前の薬だけが、頼りだ」 秘密の治療を続けるうち、リリアはアレクシスの不器用な優しさや孤独に触れ、次第に惹かれていく。しかし、彼の立場を狙う政敵や、リリアの才能を妬む者の妨害が二人を襲う。身分違いの恋、迫りくる危機。リリアは愛する人を守るため、薬師としての知識と勇気を武器に立ち向かうことを決意する。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

処理中です...