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遠ざかる船と残された初恋
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シリウスの船が水平線の彼方に消えてから、既に一ヶ月が経っていた。
リーリアの生活は、再び元の、孤独な日々に戻った。朝早くに起き、海へ出て漁を手伝い、人目を避けるように静かに暮らす。だが、彼女の内側は、以前とは全く違っていた。
心の中には、シリウスとの短い日々が、宝石のように輝き続けていた。銀色の髪を美しいと言ってくれた言葉。星の下での約束。そして、別れ際に交わされた、彼の強く熱い抱擁と、必ず迎えに来るという誓いの言葉。
(シリウス様は、本当に来てくれるのだろうか)
リーリアは、荒れた海を眺めながら、自問自答を繰り返した。
彼は隣国の第一王子だ。戻れば、王宮の重責や、政略的な結婚が待っているに違いない。漁村の娘である自分と、未来の国王。身分差はあまりにも絶望的だった。彼の「必ず迎えに行く」という言葉は、危機的状況下での、優しい嘘だったかもしれない。リーリアはそう考えるたび、胸が締め付けられるような痛みに襲われた。
村人たちのリーリアへの態度は、以前にも増して冷たくなっていた。
「リーリア、お前、この間の見慣れない奴らと何か関係があったんじゃないだろうな」
「人魚姫の呪いで、海がまた変な連中を呼び寄せた」
男たちが去った後、村長や数人の村人から、リーリアは執拗な尋問を受けた。彼らは、あの異国の男たちが持っていた上等な装身具や、衣服の切れ端を見たと言って、リーリアを疑った。
しかし、リーリアは冷静だった。彼女は、ただひたすらに、自分が知らないふりを貫いた。
「知りません。私はただ、この村から出たことがない、ただの漁師の娘です。もし私が何かを知っていたなら、あの男たちに脅されてでも、何か言って助けを求めるはずでしょう?」
彼女の、長年の孤立生活で培われた、他人に頼らない、冷めた態度は、村人たちの詮索をかわすのに役立った。彼らは結局、リーリアが単なる「不吉な娘」であるという結論に落ち着いた。
しかし、夜になると、リーリアは一人、涙を流した。シリウスが残していった、父の古い服に染み付いた彼の微かな香り。それが、彼女を狂おしいほど切なくさせた。
(私は、ただのお荷物だったかもしれない。彼を助けたという事実だけが、私と彼の唯一の繋がりだ)
そんな絶望的な思考に囚われていたある日。
リーリアはいつものように学校のフリをして村から出て、小屋へ向かっていた。小屋は、シリウスとの思い出が詰まった、彼女の聖地だった。
小屋の入り口の足元に、見たこともない、上等な木箱が置かれているのを見つけた。
リーリアは驚き、周囲を警戒したが、人の気配はなかった。
その木箱には、この国の言葉ではなく、隣国アンサンブルの文字が焼き付けられていた。その文字は、シリウスが教えてくれた、彼の国の文字だった。
リーリアは震える手で木箱を開けた。
中には、繊細な細工が施された銀の櫛、美しい色の織物、そして、たくさんの食料と、隣国の金貨が入っていた。それらは、リーリアの村の生活を何十年分も賄えるほどの価値があるものだった。
そして、それらの上に、丁寧に折りたたまれた手紙が一通置かれていた。これも、隣国語で書かれている。
リーリアは必死で、シリウスから教わった単語を繋ぎ合わせた。
『リーリアへ。無事に王都へ戻った。これは、君への恩返しの一部だ。君が私に施してくれた献身に比べれば、あまりにも少ないが。王宮に戻ってすぐに、私の身分を狙う者たちによって、君の村が危険に晒されたことを知った。君と君の村を守るため、私は今、王位継承の準備と国内の混乱収拾に全力を尽くしている。君を迎えに行くという約束は、決して嘘ではない。もうしばらく、待っていて欲しい。私の愛と感謝を込めて。シリウス』
リーリアの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。それは、悲しみの涙ではなく、安堵と、激しい感動の涙だった。
彼は、忘れていなかった。彼は、約束を守るために、遠い王都で戦っている。そして、この贈り物は、彼が自分を単なる「命の恩人」としてではなく、「愛する女性」として扱っていることの証だった。
この瞬間、リーリアは強く決意した。
リーリアの生活は、再び元の、孤独な日々に戻った。朝早くに起き、海へ出て漁を手伝い、人目を避けるように静かに暮らす。だが、彼女の内側は、以前とは全く違っていた。
心の中には、シリウスとの短い日々が、宝石のように輝き続けていた。銀色の髪を美しいと言ってくれた言葉。星の下での約束。そして、別れ際に交わされた、彼の強く熱い抱擁と、必ず迎えに来るという誓いの言葉。
(シリウス様は、本当に来てくれるのだろうか)
リーリアは、荒れた海を眺めながら、自問自答を繰り返した。
彼は隣国の第一王子だ。戻れば、王宮の重責や、政略的な結婚が待っているに違いない。漁村の娘である自分と、未来の国王。身分差はあまりにも絶望的だった。彼の「必ず迎えに行く」という言葉は、危機的状況下での、優しい嘘だったかもしれない。リーリアはそう考えるたび、胸が締め付けられるような痛みに襲われた。
村人たちのリーリアへの態度は、以前にも増して冷たくなっていた。
「リーリア、お前、この間の見慣れない奴らと何か関係があったんじゃないだろうな」
「人魚姫の呪いで、海がまた変な連中を呼び寄せた」
男たちが去った後、村長や数人の村人から、リーリアは執拗な尋問を受けた。彼らは、あの異国の男たちが持っていた上等な装身具や、衣服の切れ端を見たと言って、リーリアを疑った。
しかし、リーリアは冷静だった。彼女は、ただひたすらに、自分が知らないふりを貫いた。
「知りません。私はただ、この村から出たことがない、ただの漁師の娘です。もし私が何かを知っていたなら、あの男たちに脅されてでも、何か言って助けを求めるはずでしょう?」
彼女の、長年の孤立生活で培われた、他人に頼らない、冷めた態度は、村人たちの詮索をかわすのに役立った。彼らは結局、リーリアが単なる「不吉な娘」であるという結論に落ち着いた。
しかし、夜になると、リーリアは一人、涙を流した。シリウスが残していった、父の古い服に染み付いた彼の微かな香り。それが、彼女を狂おしいほど切なくさせた。
(私は、ただのお荷物だったかもしれない。彼を助けたという事実だけが、私と彼の唯一の繋がりだ)
そんな絶望的な思考に囚われていたある日。
リーリアはいつものように学校のフリをして村から出て、小屋へ向かっていた。小屋は、シリウスとの思い出が詰まった、彼女の聖地だった。
小屋の入り口の足元に、見たこともない、上等な木箱が置かれているのを見つけた。
リーリアは驚き、周囲を警戒したが、人の気配はなかった。
その木箱には、この国の言葉ではなく、隣国アンサンブルの文字が焼き付けられていた。その文字は、シリウスが教えてくれた、彼の国の文字だった。
リーリアは震える手で木箱を開けた。
中には、繊細な細工が施された銀の櫛、美しい色の織物、そして、たくさんの食料と、隣国の金貨が入っていた。それらは、リーリアの村の生活を何十年分も賄えるほどの価値があるものだった。
そして、それらの上に、丁寧に折りたたまれた手紙が一通置かれていた。これも、隣国語で書かれている。
リーリアは必死で、シリウスから教わった単語を繋ぎ合わせた。
『リーリアへ。無事に王都へ戻った。これは、君への恩返しの一部だ。君が私に施してくれた献身に比べれば、あまりにも少ないが。王宮に戻ってすぐに、私の身分を狙う者たちによって、君の村が危険に晒されたことを知った。君と君の村を守るため、私は今、王位継承の準備と国内の混乱収拾に全力を尽くしている。君を迎えに行くという約束は、決して嘘ではない。もうしばらく、待っていて欲しい。私の愛と感謝を込めて。シリウス』
リーリアの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。それは、悲しみの涙ではなく、安堵と、激しい感動の涙だった。
彼は、忘れていなかった。彼は、約束を守るために、遠い王都で戦っている。そして、この贈り物は、彼が自分を単なる「命の恩人」としてではなく、「愛する女性」として扱っていることの証だった。
この瞬間、リーリアは強く決意した。
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