聖女の身代わりとして捨てられた私は、隣国の魔王閣下に拾われて溺愛される

紅葉山参

文字の大きさ
3 / 6

朝食のテーブルは、愛の言葉で溢れていました

しおりを挟む
白銀色の髪を揺らしながら、私はヴォルデレード様に連れられてダイニングルームへと向かいました。

 昨日まで、私の食事といえばカビの生えたパンと、具のない薄いスープだけでした。  それさえも、お姉様たちが食べ残したものを台所の隅で立って食べるのが当たり前だったのです。  けれど、目の前に広がる光景は、私の想像を遥かに絶するものでした。

「……これ、は……」

 あまりの豪華さに、私は部屋の入り口で足を止めてしまいました。  長い大理石のテーブルの上には、湯気を立てる焼きたてのパン、色とりどりの新鮮な果物、そして見たこともないほど繊細な飾り付けが施された料理が所狭しと並んでいます。

「立ち止まってどうした? レティシア。君の口に合うか分からなかったから、とりあえず帝国の名店から料理人を集めて作らせてみたのだが」

 ヴォルデレード様は、私の腰にそっと手を添えながら優しく微笑みました。  とりあえず、という量ではありません。これでは百人分のパーティが開けそうです。

「あの、閣下……。私一人では、到底食べきれません……」 「そうか。では、私が食べさせてやれば、少しは食が進むだろうか?」

 彼は本気で言っているようで、緋色の瞳に熱を灯して私を見つめてきます。  私は慌てて首を横に振りました。

「いえっ、それは……‼ 頑張って、自分でいただきます。……ありがとうございます、あなた」

 勇気を出して、彼を「あなた」と呼んでみました。  すると、ヴォルデレード様は一瞬だけ目を見開き、それから狂おしいほどに甘い表情を浮かべたのです。

「……今、私のことをそう呼んだか? ……ああ、心臓が痛いな。君は無自覚に私を殺す気か」

 彼は大きな手で顔を覆い、何やら独り言を呟いています。  私のような者の呼びかけで、この強大な魔王陛下が動揺するなんて。  なんだか不思議な気持ちになりながら、私は彼に促されて席に着きました。

 一口食べたオムレツは、信じられないほどふわふわで、口の中でとろけました。  美味しい。本当に、美味しいです。  気づけば私の目からは、一筋の涙が溢れ落ちていました。

「レティシア⁉ どうした、口に合わなかったか? すぐに料理人を処刑……」 「違いますっ、ヴォルデレード様‼ そうではなくて……。あまりにも温かくて、美味しかったから。……私、こんなに美味しいものを食べたのは、生まれて初めてなんです」

 私の言葉を聞いた瞬間、彼の表情から余裕が消え去りました。  彼は椅子を蹴るようにして立ち上がると、私の隣に跪き、私の小さな手を強く握りしめました。

「……アステリア伯爵。あの男は、君に何を強いていた」

 低く、地を這うような声。  その怒りは私ではなく、私を虐げてきた家族に向けられたものであることが伝わってきます。

「……私は、影でしたから。お姉様を輝かせるための、汚れ役だったんです」 「影だと? 冗談ではない。あんな偽物のために、君という唯一無二の輝きを貶めていたのか。……許しがたい。あの一族には、地獄すら生ぬるい罰を与えなければならないな」

 彼の背中から、漆黒の翼が威圧感を放って広がります。  けれど、私に向けられる手つきだけは、どこまでも優しく、壊れ物を扱うかのようでした。

「レティシア。もう過去のことは忘れろ。これからは、君が望むものすべてを私が叶えよう。美味しい食事も、美しいドレスも、誰にも邪魔されない安眠も……。すべて君のものだ」

 私は彼の胸に顔を埋めました。  そこから聞こえる鼓動は、力強くて温かい。  ああ、私はもう、あの暗い物置小屋に戻らなくていいのですね。

「……はい。陛下」 「陛下、ではない。二人きりの時は、名前で呼んでくれと言っただろう?」

 彼は少しだけ拗ねたような顔をして、私の鼻先を指でツンと突つきました。  その仕草が、強大な皇帝とは思えないほど子供っぽくて、私は思わず小さく笑ってしまいました。

 朝の光が差し込む食堂で、私たちは穏やかな時間を過ごしました。  けれど、この時の私はまだ知らなかったのです。  私がいなくなったアステリア王国で、どれほどの混乱が起き始めているかを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

正妻の座を奪い取った公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹のソフィアは姉から婚約者を奪うことに成功した。もう一つのサイドストーリー。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った

葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。 しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。 いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。 そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。 落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。 迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。 偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。 しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。 悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。 ※小説家になろうにも掲載しています

聖女の力に目覚めた私の、八年越しのただいま

藤 ゆみ子
恋愛
ある日、聖女の力に目覚めたローズは、勇者パーティーの一員として魔王討伐に行くことが決まる。 婚約者のエリオットからお守りにとペンダントを貰い、待っているからと言われるが、出発の前日に婚約を破棄するという書簡が届く。 エリオットへの想いに蓋をして魔王討伐へ行くが、ペンダントには秘密があった。

乙女ゲームは見守るだけで良かったのに

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した私。 ゲームにはほとんど出ないモブ。 でもモブだから、純粋に楽しめる。 リアルに推しを拝める喜びを噛みしめながら、目の前で繰り広げられている悪役令嬢の断罪劇を観客として見守っていたのに。 ———どうして『彼』はこちらへ向かってくるの?! 全三話。 「小説家になろう」にも投稿しています。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました

山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。 だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。 なろうにも投稿しています。

処理中です...