聖女の身代わりとして捨てられた私は、隣国の魔王閣下に拾われて溺愛される

紅葉山参

文字の大きさ
4 / 11

一方その頃、アステリア伯爵家では地獄が始まっていました

しおりを挟む
アステリア王国の伯爵邸。  そこには、昨夜までの華やかな雰囲気は微塵も残っていませんでした。

「どういうことだ⁉ エルヴィラ‼ なぜ光が消えたのだ‼ 」

 伯爵の怒号が、豪華なサロンに響き渡ります。  目の前では、この世の終わりを見たような顔をして、金髪の少女――エルヴィラ様がへたり込んでいました。

「わ、分からないわ。お父様……。朝起きたら、急に体が重くて……。今まで使えていた癒やしの力が、全く出ないのよ‼ 」

 彼女が震える手で魔石に触れても、昨日までのように眩い光が溢れることはありません。  魔石は不気味なほど沈黙を守り、石ころのように冷たいままでした。

「そんなはずがあるか‼ お前は聖女なのだぞ。あの出来損ないのレティシアを供物に出したのだから、神の加護はより強まるはずだろう⁉ 」

 伯爵は狂ったように机を叩きました。  彼らはまだ気づいていなかったのです。  エルヴィラ様の魔力は、彼女自身のものではなかったことに。  レティシアという真の源泉から、呪具を使って強制的に奪い取っていただけの、偽りの輝きだったということに。

 そこへ、青ざめた顔の騎士が駆け込んできました。

「ほ、伯爵閣下‼ 大変です‼ 北の絶望の森を覆っていた浄化の結界が、すべて消滅しました‼ 」 「なんだと⁉ 」 「さらに、森から溢れ出した魔物の軍勢が、すでに国境付近の村を襲い始めております。国王陛下からは、至急、聖女を戦地へ向かわせよとの命が下っておりますが……」

 騎士の言葉に、エルヴィラ様は悲鳴を上げて頭を抱えました。 「嫌、嫌よ‼ 力が出ないのに、あんな汚らわしい魔物のところへ行くなんて、死んじゃうわ‼ 」 「黙れ‼ 行かねば我が家は改易、いや処刑だぞ‼ 」

 昨日までレティシアを蔑んでいたその口で、今度は互いを罵り合う伯爵親子。  彼らの足元から、これまで築き上げてきた富と名声が、砂の城のように崩れ始めていました。

 一方、ノクティス帝国の帝都。  私は、ヴォルデレード様に連れられて、賑やかな市場を訪れていました。

「……すごい。なんて賑やかなんでしょう」

 私は目を輝かせて、通りに並ぶ店々を眺めていました。  帝国の人々は、皆が活気に溢れ、幸せそうに笑っています。  魔王が支配する恐ろしい国だと聞いていましたが、事実は正反対でした。  街の人々は、ヴォルデレード様が通りかかると、皆が親しみと敬意を持って頭を下げます。

「レティシア、この宝石はどうだ? 君の瞳と同じ、輝くような緑色のエメラルドだ」 「えっ、あ、あの……こんなに大きなもの、私には勿体ないです」

 彼の手には、卵ほどの大きさがある見事な宝石が握られていました。  けれど、ヴォルデレード様は私の言葉など聞く耳持たず、という様子で店主に金貨の袋を投げ渡しました。

「勿体ないなどと言うな。君を飾るためなら、帝国の国庫を半分空にしても構わない」 「あなた……言い過ぎですっ‼ 」

 私は顔を赤くして彼を窘めました。  けれど、彼にエスコートされて歩く街は、まるできらきらとした魔法にかかったようで。  道ゆく人々が「なんて美しい妃様だ」と囁くたびに、私の胸はくすぐったいような、それでいて満たされたような気持ちになるのでした。

「……レティシア」 「はい、ヴォルデレード様」

 彼は立ち止まり、私の銀髪を優しく耳にかけました。  その指先が触れるだけで、私の体温が跳ね上がります。

「私は、君に一つ謝らなければならないことがある」 「謝る……ですか?」

 彼のような完璧な方が、私に謝る理由なんてどこにもありません。  不思議に思って彼を見上げると、その緋色の瞳には深い決意が宿っていました。

「……昨夜、君を森で見つけるまで、私はこの世界を壊してしまおうと思っていた」 「……え?」 「私の魂を蝕む呪いと、魔族を疎む人間たちの傲慢さに、ほとほと嫌気がさしていたのだ。……だが、君が現れた。私の手を取ってくれた」

 彼の大きな手が、私の頬を包み込みます。 「君の存在が、私の世界を繋ぎ止めた。だからレティシア。君は自分のことを無能だなんて、二度と言わないでくれ。君は、私にとっての世界そのものなのだから」

 あ、あ……。  心臓の音がうるさくて、倒れてしまいそうです。  こんなにストレートに愛を告げられたことが、今まであったでしょうか。

「……私も、あなたに出会えて良かったです。……暗い森の中で、あなたが私を見つけてくれたこと、一生忘れません」

 私が微笑むと、ヴォルデレード様は耐えきれないといった様子で私を強く抱きしめました。  周囲の視線も気にせず、彼は私の首筋に顔を埋めます。

「……ああ、ダメだ。今すぐ城に帰って、二人きりになりたくなった」 「えっ⁉ ちょ、ちょっと待ってください、閣下……まだお買い物も……」 「買い物なら後で魔法で取り寄せればいい。今は、君を独り占めしたい」

 情熱的すぎる彼の言葉に、私は顔から火が出るほど赤くなりながら、彼の背中にそっと手を回すのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

たまこ
恋愛
 エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。  だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

貧乏子爵令嬢ですが、愛人にならないなら家を潰すと脅されました。それは困る!

よーこ
恋愛
図書室での読書が大好きな子爵令嬢。 ところが最近、図書室で騒ぐ令嬢が現れた。 その令嬢の目的は一人の見目の良い伯爵令息で……。 短編です。

師匠の嫉妬で才能を奪われた薬師見習いの私、牢獄で本物の力を取り戻す

er
恋愛
辺境貴族の娘セシリアは宮廷薬師見習いとして働くが、師匠エリザから無能と罵られ続ける。疫病が王都で流行すると、エリザはセシリアに濡れ衣を着せ処刑させようとする。

【完結】元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜

水都 ミナト
恋愛
女神の祝福を受けた聖女が尊ばれるサミュリア王国で、癒しの力を失った『元』聖女のミラベル。 『現』聖女である実妹のトロメアをはじめとして、家族から冷遇されて生きてきた。 すっかり痩せ細り、空腹が常となったミラベルは、ある日とうとう国外追放されてしまう。 隣国で力尽き果て倒れた時、助けてくれたのは――フリルとハートがたくさんついたラブリーピンクなエプロンをつけた筋骨隆々の男性!? そんな元強面騎士団長のアインスロッドは、魔物の呪い蝕まれ余命一年だという。残りの人生を大好きな可愛いものと甘いものに捧げるのだと言うアインスロッドに救われたミラベルは、彼の夢の手伝いをすることとなる。 認めとくれる人、温かい居場所を見つけたミラベルは、お腹も心も幸せに満ちていく。 そんなミラベルが飾り付けをしたお菓子を食べた常連客たちが、こぞってとあることを口にするようになる。 「『アインスロッド洋菓子店』のお菓子を食べるようになってから、すこぶる体調がいい」と。 一方その頃、ミラベルを追いやった実妹のトロメアからは、女神の力が失われつつあった。 ◇全15話、5万字弱のお話です ◇他サイトにも掲載予定です

前世の私は重い女だったので、今世は恋なんてしません。

ありま氷炎
恋愛
前世は余りにも夫が大好きで、愛が重すぎた。 だから捨てられた。 なので生まれ変わった今は、恋なんてするつもりはなかったのだけど……。

処理中です...