虐げられし陰の皇女ですが、生贄嫁いだ隣国で「蛮王」に甘く愛され、飯テロ&内政チートで国を救うことになりました

紅葉山参

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追放の日の宣告と出発

食糧流通の闇と、王の深い孤独

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 スーザンは、宰相グスタフから提供された分厚い記録文書の山を前にしていた。食糧流通に関する台帳、在庫記録、そして各領地からの献上品目録。これらは、彼女が王の健康管理を名目として要求した資料だ。

 グスタフは書類を渡す際、監視の目を光らせることを暗に示し、彼女への不信感を露わにしていたが、スーザンはそれを気に留めなかった。彼女の目的は、この書類の山に隠されたトロイセンの闇を暴くことにある。

(まずは、数字の異常から……)

 スーザンは、資料を一枚ずつ丁寧に確認し、神眼を発動させた。すると、書類の記述と、それが示す物資の真の状態が、青白い文字で重ねて表示されていく。

 トロイセン北部穀倉地帯からの献上米:
 台帳記載:上級米 五百俵
 神眼の真実:上級米 百俵、下級米 四百俵
 欠陥:水増し申告。差分は横流しされ、王宮へ届く米の品質は著しく低下している。

 東部漁港からの保存魚(塩漬け):
 台帳記載:特級保存魚 千樽
 神眼の真実:特級魚 三百樽、残りは鮮度を失った加工魚
 欠陥:流通過程での管理不足。王宮に届く頃には、腐敗の寸前。

「ひどいわ……」

 スーザンは思わず息を飲んだ。彼女の神眼は、単に食材の質を鑑定するだけでなく、記録と現実の乖離を明らかにした。王宮に届くはずの高品質な食糧の多くが、流通のどこかで横領されたり、管理のずさんさによって品質を落としたりしていたのだ。

 ロキニアス王が、美味しくない乾燥肉と塩気の強い食事を摂り続けていたのは、彼の戦場育ちの習慣だけが原因ではなかった。王宮に届けられる食材の多くが、実際に美味しく、栄養価の高い状態ではなかったのだ。

(王宮の料理人が悪いわけじゃない。彼らは、手に入る最高の食材で、必死に料理をしていただけなのよ)

 この不正の規模は、王の健康を脅かすレベルを超え、トロイセンの国力、ひいては国民の生活そのものに影響を与えるものだった。

 スーザンは、この問題を宰相グスタフに報告しても、取り合ってもらえないと直感した。グスタフは保守的であるため、この不正が既存の貴族や商人のネットワークに関わっている場合、問題の表面化を避ける可能性が高い。

(王に直接報告するしかない。しかし、この内容を公にすれば、トロイセンは内部分裂の危機に陥るわ)

 夜も更け、スーザンは意を決してロキニアス王の私室を訪れた。護衛兵に事情を説明し、緊急の用件であることを伝えると、幸いにもロキニアスはすぐに面会を許可した。

 ロキニアスは執務室で、まだ机に向かっていた。彼の前には、大量の軍事報告書と地図が広げられている。

「どうした、スーザン。この時間に私室へ来るのは、よほどの事態と見たが」

 彼の声は低く、疲労を隠そうとしていたが、スーザンは彼の顔色が一週間前よりも格段に良くなっていることを確認した。

 スーザンは持参した資料の一部を広げ、声を潜めて話し始めた。

「王よ。王宮に運び込まれる食糧の流通経路に、深刻な不正がございます」

 スーザンは、発見した水増し申告と、品質低下の記録を指し示した。

「これらの記録によれば、本来王宮に届くべき上質な食糧の約八割が、流通のどこかで失われています。王が長年、戦場食のような食事を摂り続け、疲弊していた原因は、王宮内の内政の機能不全にもあると推測されます」

 ロキニアスは、スーザンの差し出した資料を、冷たい視線でじっと見つめた。彼は内戦と外敵との戦いにすべてを捧げてきたため、内政、特に経済や流通には手が回っていなかった。

「……あり得ぬ。グスタフは忠実だ。彼がこのような不正を看過するはずがない」

 ロキニアスはすぐにグスタフを擁護したが、スーザンは冷静に続けた。

「宰相殿は忠実かもしれませんが、この不正が、彼が長年庇護してきた貴族や商人のネットワークに関わっている場合、彼は王の健康よりも、国の安定を優先するかもしれません」

 スーザンの言葉は、ロキニアスの最も深い懸念を突いた。彼が最も恐れているのは、外部の敵ではなく、内側からの崩壊だ。

 ロキニアスは沈黙し、椅子に深く腰掛けた。彼の顔には、疲労と怒り、そして何よりも孤独の色が浮かんでいる。

「戦場であれば、裏切り者は一瞬で処断できる。だが、この王宮の中では、すべてが鎖で繋がっている。一つを断てば、国全体が混乱する」

「王よ」

 スーザンは、一歩ロキニアスに近づいた。

「わたくしに、この食糧流通の不正を、密かに解決する権限を与えてはいただけませんか」

 ロキニアスは顔を上げ、スーザンを凝視した。

「そなたに、何ができるというのだ。異国の娘であり、まだ王宮で何の実績もない貴様に」

「わたくしは、帝国の政治闘争の陰で生き抜いてきました。権力争いの裏表をよく知っています。そして何より、王宮内の誰とも繋がりのない『外部の存在』です。誰にも気づかれずに、この流通経路の改革を進めることができるのは、今、わたくししかおりません」

 スーザンは、彼の孤独と重圧を理解していることを伝えるように、静かに、しかし熱意をもって訴えた。

 ロキニアスは、彼女の真剣な瞳を見つめた。彼女の料理が彼の体を救ったように、彼女の知恵がこの国の内政を救うかもしれない。

「わかった」ロキニアスは重々しく頷いた。

「この件は、私とそなた、二人の秘密とする。グスタフにも、ルーナにも、一切話すな。そなたには、私の全権代理人として、この国の中枢に関わる権限を与える」

 彼は立ち上がり、スーザンの肩に手を置いた。その手は、冷たい鎧の下で鍛え抜かれた、硬く大きな手だった。

「スーザン。貴様は、私にとって初めて、何も恐れず信頼できる存在となった。私の命、そしてトロイセンの内政は、貴様の双肩にかかっている」

 ロキニアスの言葉には、深い信頼と同時に、強い執着が滲んでいた。彼は彼女を、自らの命綱として、決して手放さないと決めたのだ。

「かしこまりました。必ずや、王の命と、トロイセンの民の食を守ってみせます」

 スーザンは、その重責を一身に受け止めた。彼女の逆転劇は、ここから「王の健康管理」というささやかな領域を超え、「内政改革」という壮大な舞台へと進むことになった。そして、その夜、ロキニアスはスーザンの部屋ではなく、執務室の隣の寝台で、穏やかな眠りについた。彼の疲労はまだ残っていたが、傍にスーザンという信頼できる存在がいることが、彼に安らぎを与えていた。
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