虐げられし陰の皇女ですが、生贄嫁いだ隣国で「蛮王」に甘く愛され、飯テロ&内政チートで国を救うことになりました

紅葉山参

文字の大きさ
11 / 12
飯テロと溺愛の加速、そして王妃への道のり

内政改革の第一歩と、ロキニアスとの距離の急接近

しおりを挟む
 王妃候補に正式に指名されてから、スーザンの王宮での生活は一変した。帝国時代の「陰の皇女」の立場とは比べ物にならないほど、彼女はトロイセン王国の最も重要な中枢へと組み込まれたのだ。

 彼女の初仕事は、ロキニアス王と二人だけの秘密、食糧流通の不正改革だった。

 スーザンは図書館と資料室にこもり、グスタフ宰相が渋々提供した膨大な書類と、自ら収集した情報をもとに、神眼(アプレイザル)を駆使してトロイセンの経済構造を分析した。

(トロイセンの食糧不正は、単なる横領だけじゃない。根本的な原因は、非効率な税制と記録管理の杜撰さにあるわ)

 神眼が暴き出したのは、流通に関わる貴族や商人が、納税を逃れるために穀物や保存食の品質を偽って申告し、余剰分を闇市場に流すという単純な手口だった。この不正は、記録が複雑すぎること、そして検品体制が甘いことによって、長年野放しにされてきたのだ。

 スーザンは、すぐさまロキニアス王に改革案を提出した。それは、前世の地味なOL経験で培った、極めて実務的かつシンプルな内容だった。

「王よ。この流通の不正を、一度にすべて摘発するのは危険です。血を流さずに解決するためには、まず不正の『メリット』を消すことです」

 彼女の提案は三つ。
 一つ目は、食糧の品種と等級を統一し、記録を単純化すること。
 二つ目は、王宮への献上品と納税品のチェックに、ルーナら王直属の監視員を配置し、献上品の品質が規定以下であれば、即座に厳罰を適用すること。
 三つ目は、不正を報告した者には、税の減免というメリットを与える、一種の内部告発制度の導入だった。

 ロキニアスは、スーザンの提出した数枚の簡潔な文書を見て、驚きを隠せなかった。

「これは……血を流さず、悪党どもを内部から崩壊させる手法か」

 彼の戦略は常に「力」によるものであり、このような緻密で平和的な内政手法は、彼の発想になかったものだ。

「はい。武力ではなく、知恵と仕組みで不正を是正します。王が力を振るうのは、この仕組みに反抗した者のみです」

 ロキニアスは深く頷くと、その改革案に即座に承認を与えた。

「よかろう。すべての実行権限は、お前に委ねる。グスタフには、私が圧力をかけておく」

 スーザンが改革案を実行に移し始めると、王宮内の空気は目に見えて変わり始めた。献上品の品質は向上し、王宮に届く食材の鮮度と栄養価が改善された。その結果、ロキニアス王の食事の質もさらに上がり、彼の体力と精神力は、完全に全盛期を取り戻した。

 そして、この成功は、ロキニアスのスーザンへの信頼と溺愛を、さらに加速させた。

 彼は、公の場では依然として冷酷な蛮王の仮面を被っていたが、二人きりの私室では、完全にスーザンに依存していた。

 夜の執務中、ロキニアスは、彼女が静かに本を読んだり、資料を整理したりしている私室の隣の小部屋で作業をするようになった。

 ある晩、スーザンが資料の整理を終えて小部屋を覗くと、ロキニアスは珍しく仮眠を取っていた。

(彼の寝顔……こんなに安らかな顔をするのね)

 彼の銀色の髪が、頬に柔らかく散っている。昼間の威圧感は消え失せ、ただ疲労困憊の孤独な男の姿があった。

 スーザンが静かに引き返そうとした、その時。

 ロキニアスは、寝言のように低い声を発した。

「行くな……スーザン」

 そして、彼は寝台から手を伸ばし、スーザンのローブの裾を、まるで迷子になった子供のように、ぎゅっと掴んだ。

 スーザンは驚いて立ち止まった。彼の掴む力は強く、逃れることはできない。

「王よ……わたくしはここにいます」

 スーザンが優しく声をかけると、ロキニアスはゆっくりと目を開けた。彼の銀色の瞳は、まだ夢と現実の境を彷徨っているようだった。

「ここに、いるのか」

 彼はスーザンの手を引き、自分の寝台の端に座らせた。そして、彼女の手を自分の大きな手に包み込み、そのまま顔を埋めた。

「そなたの温かさがなければ、私はまた、戦場にいる夢を見る」

 彼の声は、誰にも聞かせられないほど弱々しく、そして切実だった。

「そなたは、私の毒だ。だが、私の命綱でもある。スーザン、婚礼までの間も、私の傍から離れるな。一歩たりともだ」

 ロキニアスの独占欲は、もはや単なる寵愛ではなく、彼女の存在そのものを自分の生存に必要なものとして組み込む、激しい執着へと変わっていた。

 スーザンは、彼の手から逃れようとは思わなかった。彼の孤独と重圧を理解した今、この蛮王を救えるのは、自分だけだと感じていた。

「はい、王よ。わたくしは、王の傍を離れません。必ず、この国を、そして王の体を、健康な状態に戻します」

 彼女の決意と温かい言葉が、ロキニアスを深い安堵感で包み込んだ。二人の距離は、公的な「王妃候補と王」という関係を超え、互いの存在を必要とする唯一無二の夫婦へと、急接近していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さくら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さくら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます

黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。 ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。 目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが…… つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも? 短いお話を三話に分割してお届けします。 この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...