元公爵令嬢の私は冷酷な王子に嫌われましたが、最強辺境伯に溺愛されて幸せな人生を始めます!~地味メイドに転生した私のざまぁ逆転劇~

紅葉山参

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メイドに転生した私は、今日も王子に罵られる

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 私は今、人生二度目の十二歳を迎えている。

 一度目の人生は日本のどこにでもいる平凡なOLとして二十代を駆け抜けた。その記憶を持つ「私」が、なぜか今、冷酷なことで有名なこの国の第一王子、アスモデウス・グラディウスの侍従メイドとして働いている。

 私の名前はエリス。前世の私が公爵令嬢だったという華やかな過去を持つ一方で、今世のエリスは宮廷の中でも下っ端の、地味で冴えないメイドだ。

「はぁ……」

 思わず漏れたため息を、忙しなく行き交う使用人たちに聞かれないよう、慌てて口元を覆う。この王宮は、一瞬たりとも気を抜けない戦場だ。

 朝五時に起床し、真夜中の二時まで労働。豪華絢爛な宮殿のどこを見ても、華やかな生活とは無縁の泥にまみれた毎日だ。

 特に私が仕えるアスモデウス王子は、その美しい銀髪と青い瞳とは裏腹に、氷のように冷たい心の持ち主だった。

 王子の部屋の掃除を終え、朝食の準備を手伝うために廊下を急いでいると、前から大きな音を立てて歩いてくる一団と鉢合わせになった。アスモデウス王子の近衛騎士団、そしてその中心には、王子に心酔するメイド長のジェニファーがいる。

「エリス、貴様。目障りだ!!」

 ジェニファーの甲高い声が廊下に響き渡る。彼女は私よりたった二つ年上だが、その権力は絶大だ。

「申し訳ございません、ジェニファー様」

 反射的に頭を下げる。顔を上げると、ジェニファーは鼻で笑った。

「貴様のような地味で能無しなメイドは、王子の視界に入れるべきではない。とっとと隅に寄れ」

 彼女の指示に従い、壁際に張り付くように身を寄せる。
 前世の公爵令嬢だった頃の記憶が、今の屈辱的な状況とあまりにかけ離れていて、時折意識が遠くなる。前世では、私が指示を出す側だったのに。

「全く、王子の身の回りには、もっと優雅で、聡明な者が仕えるべきだというのに」

 ジェニファーの視線は、アスモデウス王子が私を毛嫌いしていることを知っている者の優越感に満ちていた。

 そう、アスモデウス王子は私を心底嫌っている。

 その理由は、私自身にもよく分からない。ただ、転生して最初に王子に会った時、彼は私を値踏みするように一瞥し、こう言い放ったのだ。

「醜い。お前のような薄汚いものが、私の前に立つな」

 それ以来、王子は私を透明人間のように扱い、必要最低限の言葉しかかけない。それは「お前が触れたものなど汚らわしい」という無言のメッセージだった。

 王子の朝食が運ばれる時間になった。私は、王子の部屋に花を活けるという、唯一の「地味な」役目を与えられている。

 王子は青い薔薇がお好みだ。青い薔薇は、この王宮では「高貴で冷たい愛」の象徴とされている。

 花瓶を手に、王子の私室に入る。部屋の空気は、いつも研ぎ澄まされた刃のように張り詰めていた。

「……誰の許可を得て入った」

 部屋の隅にある窓辺で剣の素振りをしていた王子が、ぴたりと動きを止めた。声の冷たさに、背筋が凍る。

「アスモデウス様。お花を入れ替えに参りました、エリスでございます」

「エリス」

 その名を口にするだけで、王子は嫌悪感を露わにする。

「お前は、本当に、どうしてそんなに目立たないのだ」

 王子の言葉に、私はぐっと唇を噛んだ。目立たないのは、目立たないように振る舞っているからだ。前世の公爵令嬢の記憶を持つ私は、この国の貴族社会の恐ろしさを知っている。目立ちすぎる者はすぐに足を引っ張られ、特に王子の周囲は常に陰謀が渦巻いている。

「私の周りには、光輝く者だけがいてくれればいい。お前の灰色の髪と地味な瞳は、私の視界を汚す」

 彼は剣を鞘に収め、私に向き直る。その完璧な美しさが、余計に彼の言葉の鋭さを増幅させる。

「聞いているのか、エリス。返事をしろ」

「はい、アスモデウス様。……至らぬメイドで、誠に申し訳ございません」

 謝罪の言葉しか出てこない。反論すれば、即座に追放、下手をすれば牢獄行きだ。

「ふん。謝罪などどうでもいい。ただ、その地味な存在感で私の邪魔をするな。お前は、私にとっての【厄介な影】だ」

 厄介な影。
 その言葉が、私の心の奥底に深く突き刺さる。

 私は知っている。王子の冷遇は、単なる気まぐれではない。前世の公爵令嬢だった頃、私が彼の社交界でのライバル、第二王子の婚約者候補だったという、わずかな接点があるからかもしれない。
 あるいは、私が転生したこのエリスというメイドに、何か王子にとって不快な過去があったのかもしれない。

 どちらにしても、このままでは私は確実に排除される運命だ。

「厄介な影」としての仕事を終え、私は台所に戻る。いつものように、使用人たちからは無視、または陰湿な嫌がらせを受ける。

「あら、エリス。また王子に冷たくされたの⁉ 自業自得よね」

 年長のメイドが、わざとらしく汚れたバケツを私の足元に置き、水をはねさせる。

「ごめんなさいね。手が滑って」

 謝罪の言葉は形だけで、彼女の目は私を嘲笑っている。

「大丈夫です、すぐに拭き取ります」

 私は淡々と床を拭き取った。反抗しない。耐える。これが今の私の生きる術だ。

 この宮殿から逃げ出すには、自力で資金を貯めるか、誰かに助けを求めるしかない。しかし、この身分で、誰が私を助けてくれるというのだろう。

「あぁ、それにしても。あの辺境伯様、すごいわね」

 台所の隅で、他のメイドたちがひそひそと話しているのが聞こえた。

「辺境伯? 誰のことかしら!?」

「決まっているでしょう!? 【『氷の辺境伯』】こと、ライオンハート・ヴァルトガルト公爵よ!!」

 その名を聞いた途端、私の手が止まった。

 ライオンハート・ヴァルトガルト。

 王国の最北の辺境を守る、ヴァルトガルト公爵家の現当主。
 その領地は常に魔獣の脅威に晒されているが、彼一代で辺境を難攻不落の要塞に変えた【王国最強の剣】と謳われる人物だ。そして、彼は今年で三十歳になるが、未だ独身。女性には一切興味を示さない冷酷な人物としても知られている。

「なぜ、辺境伯様が王都に!?」

「国境の報告と、王族への謁見のためよ。彼が滞在している間、王宮の空気まで引き締まるようだわ。あの近寄りがたい冷たい雰囲気が、アスモデウス王子と少し似ているという人もいるわね」

 似ている、と!? 冗談ではない。アスモデウス王子の冷たさは我儘と傲慢から来るものだが、辺境伯のそれは、王国を守る責任感と、過酷な戦場を生きてきた者だけが持つ、本質的なものだと聞いている。

「ねぇ、知ってる!? その辺境伯様が、どうやら王宮内で【『とある女性』】に興味を持たれているらしいわよ」

 メイドたちの会話は、私の心をざわつかせた。

 まさか、あの辺境伯が、誰かを見初めたというのか!?
 一体、どんな女性だろう。さぞかし美しく、高貴な身分の女性に違いない。

 その時、台所の扉が勢いよく開いた。

「エリス!! どこにいる!?」

 アスモデウス王子付きの侍従の一人、アルフレッドが、鬼の形相で私を探している。

「は、はい!! ここに」

「早く来い!! 王子のお気に入りの飾り皿が、原因不明の割れ方をした!! 王子がお前を呼んでいる!! 今すぐだ!!」

 私の胸は、嫌な予感でどきりと大きく跳ねた。
 これは、王子の「厄介な影」を排除するための、【決定的なざまぁ】の始まりかもしれない。

「わ、わかりました」

 逃げることはできない。私は震える足で、アルフレッドの後を追って、王子の執務室へと急いだ。

 執務室の扉が開かれる。
 そこに立っていたのは、いつもの冷酷なアスモデウス王子だけではなかった。

 王子の隣には、黒い軍服を完璧に着こなした、誰もが息をのむほど精悍な顔立ちの男性が立っていた。
 まさしく、今話題になっていた【『氷の辺境伯』】、ライオンハート・ヴァルトガルト公爵だった。

 その鋭い眼差しが、部屋に入ってきた地味なメイド、私——エリスを捉えた。

「来たか、エリス。この皿を割ったのはお前だろう」

 アスモデウス王子の冷たい声が響く。しかし、私はそれよりも、辺境伯の瞳が私をじっと見つめていることに、言いようのない緊張を覚えていた。

 最強の剣と謳われる辺境伯の視線は、まるで私の存在の全てを見透かしているかのように感じられた。

(これが、辺境伯……!!)

 そして、辺境伯は無言のまま、冷酷な王子に罵られようとしている、【地味なメイド】である私に、静かに一歩、近づいてきたのだった。
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