偽りの生贄として捧げられた先で、孤独な龍神様に「愛しい人」と甘やかされています

紅葉山参

文字の大きさ
4 / 13

穢れた欲と、神の怒り

しおりを挟む
 社の門前に集まった村人たちの叫び声が、静かな山に響き渡る。

 私は琥珀様の背中の後ろに隠れながら、震える手で彼の衣を握りしめた。  結界の向こう側に見える村人たちの顔は、どれも欲にまみれ、浅ましく歪んでいる。

「お返しください! その娘は、奇跡を呼ぶ聖女だったのです! 預言者が申しておりました!」

 村長の叫び声に、後ろにいた継母も必死な形相で同調する。

「そうよ! 紗良は私の自慢の娘なの! あんな無礼な形で捧げてしまって、申し訳ございませんでした! さあ、紗良、こっちへ戻ってきなさい!」

 ……自慢の娘⁉  今まで一度も私を名前で呼ぶことさえしなかった彼女が、どの口でそんなことを言うのだろう。  あまりの身勝手さに、悲しみよりも先に、冷めた感情が胸を支配する。

 琥珀様は、低く唸るような声で吐き捨てた。

「……消え失せろ、羽虫ども。この娘を『不要だ』と捨てたのはお前たちだろう」

「それは誤解でございます! その娘がいなければ、村に金が降らぬのです! 預言者が、その娘こそが黄金を生む器だと……!」

 彼らの目的は、私自身ではなかった。  どこかの預言者が言ったという、根も葉もない「黄金」の噂。  彼らはただ、私を便利な道具として、再び手元に置きたいだけなのだ。

 私は琥珀様の背中から、一歩前へ出た。  震える足を踏みしめ、結界の向こう側の村人たちを真っ直ぐに見つめる。

「私は……戻りません! 私はもう、あなたたちの家族でも、村人でもありません!」

「何を言うか、紗良! 親に向かってその態度は何だ⁉ さっさと戻って、村のために働きなさい!」

 継母の怒号が飛ぶ。  けれど、今の私には琥珀様がついている。  彼がくれた簪を指で触れ、私ははっきりと告げた。

「私は、琥珀様のものなんです! ここで彼と一緒に、生きていくんです!」

 その瞬間、琥珀様の気配が劇的に変わった。  周囲の空気が凍りつき、凄まじい雷鳴が轟く。  彼は私の肩を片手で抱き寄せ、もう一方の手を村人たちの方へ向けた。

「――聞いたか。この娘は、自らの意志でお前の元を去った。これ以上、我が愛しい人に穢れた声を浴びせるというのなら……」

 琥珀様の金色の瞳が、殺意を孕んで細められる。  彼の背後に、巨大な龍の幻影が浮かび上がった。

「貴様らの村ごと、永遠の渇きの中に沈めてやろうか⁉」

 神の怒りに触れた村人たちは、悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。  村長も継母も、腰を抜かして震え上がっている。  彼らは蜘蛛の子を散らすように、山を下って逃げ出していった。

 ◇ ◇ ◇

 嵐のような騒がしさが去り、社に再び静寂が戻る。  琥珀様は私を抱いたまま、深いため息をついた。

「……怖かったか。紗良」

「……少しだけ。でも、あなたが守ってくれるって分かっていたから。……ありがとう、琥珀様」

 私は彼の胸に顔を埋め、力を抜いた。  すると、彼は私の体をさらに強く抱きしめ、耳元で低く囁いた。

「……あいつらは、お前を『黄金を生む器』と言ったな。ふん、浅ましい。お前の価値は、そんな安っぽい金などではないというのに」

「琥珀様……?」

「お前は、私に『独りではない』ということを教えてくれた、唯一の光だ。誰にも渡さん。例え、天界が引き裂こうとしてもな」

 彼の独占欲の強い言葉に、私の心臓はまた激しく波打つ。  でも、それは嫌な感覚ではなかった。  誰かに必要とされ、誰かに執着されること。  それがこんなにも、心を震わせるものだなんて知らなかった。

 琥珀様は私の顔を持ち上げると、愛おしそうに眉間を寄せた。

「紗良。私、私ね……お前がいない世界なんて、もう考えられぬ。だから、約束しろ。何があっても、私の側を離れないと」

「……はい。約束します。私、私ね……琥珀様の隣が、一番好きなんです」

 そう答えると、琥珀様はようやく安心したように微笑んだ。  彼は私の簪を直し、そのままそっと唇を重ねてきた。  それは、春の雨のように優しく、けれど一度触れたら離れられないほど深い口づけだった。

 あなたは、どうしてこんなに甘く私を呼ぶのですか⁉  私は彼に身を預け、神様の情愛に溺れていく。

 けれど、村人たちが言っていた「預言者」の存在が、私の胸に小さな刺を刺した。  あの預言者とは、一体誰なのだろう。  そして、どうして私のことを「黄金の器」などと呼んだのだろうか。

 幸福の裏側に、新たな波乱の予感が渦巻いていた。  それでも、繋がれたこの手だけは、決して離さないと心に誓った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

感情の無い聖女様は、公爵への生贄にされてしまいました

九条 雛
恋愛
「――私など、ただの〝祈り人形〟でございます。人形に感情はありませぬ……」 悪逆非道の公爵の元へと生贄として捧げられてしまった聖女は、格子の付いた窓を見上げてそう呟く。 公爵は嗜虐に満ちた笑みを浮かべ言い放つ。 「これからは、三食きちんと食べてもらおう。こうして俺のモノとなったからには、今までのような生活を送れるとは思わぬことだな」 ――これは、不幸な境遇で心を閉ざしてしまった少女と、その笑顔を取り戻そうとする男の物語。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件

水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。 「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

退屈扱いされた私が、公爵様の教えで社交界を塗り替えるまで

有賀冬馬
恋愛
「お前は僕の隣に立つには足りない」――そう言い放たれた夜から、私の世界は壊れた。 辺境で侍女として働き始めた私は、公爵の教えで身だしなみも心も整えていく。 公爵は決して甘やかさない。だが、その公正さが私を変える力になった。 元婚約者の偽りは次々に暴かれ、私はもう泣かない。最後に私が選んだのは、自分を守ってくれた静かな人。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

処理中です...