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第2章 サトル、出会う
2-4-3 ヒロインは強し、俺はたじたじ
しおりを挟む……ひどいな。まだ空気が焦げ臭い。
このあたりは水のマナが強くてよかった。もし乾燥している場所だったら、あの勢いじゃ延焼したかも知れない。
普通、魔法の火は対象以外燃やしたりしないんだけど、トレントみたいに元が植物の魔物を倒すときはそれが起こりうるんだ。
だってトレントが出るってことは大体森だし。
深部では木の大半がトレントだって聞いたことがある。いつもは寝ていて、なにかあったら起きるって。
そうじゃなくても長く生きた大型のトレントだったら自分が死ぬ前にスキルのヤドリギを使って、周囲の木を仲間にしちゃうからね。そりゃどんどん燃えるよ。
そんなことになったら、本当に取り返しがつかないことになるところだった。
マリーベルも今回のことで懲りただろうし、もう森で火魔法をぶっ放すような真似はしないだろう。
とりあえず、これ以上ここにいたら危険だ。そろそろ…と思ったんだけど、そうだった。
「な、なによ?」
「火傷はない?」
「このあたしが火傷なんてするはずないでしょ!? …あ、し、しないのよ。あたし、火傷は…」
知ってる。火の女神の加護持ちだもんね。純粋な炎が彼女を傷つけることはないけど、今回みたいに魔物を介して物理的に燃えたものに対しては違うから。
ばつが悪そうに俯いたマリーベルは、俺の視線から逃げるように足元の茂みを探す素振りだ。
「でもしてるよね? 痛そうだし」
「あ…これは、ちょっと加減っていうか…」
ごまかそうとしてるけど、これも知ってる。
むきになって魔力を使い過ぎて、守りが甘くなったからだ。それに、トレントの攻撃が当たったり転んだりで、あちこち擦り剥いたり小さな火傷を負っていた。
……しょうがないか。
俺が自分の鞄に手を突っ込むと、マリーベルがびくっと警戒して一歩下がる。
今の俺は昔と違って子どもだし、元々そんなに怖がられるタイプじゃなかったからショックだけど、気にしない。
どうせ関わるのなんか今だけだ。
「え、杖…?」
「動かないで。俺は一応使えるってだけで魔力はまだぜんぜんだから」
「っていうか、なんでそんな鞄から!?」
俺が弓を収納するところは見てなかったらしい。
面倒だから答えずに彼女の傷に宝珠の光が当たるように杖をかざし、治癒を掛ける。
最初は「わぁ」って表情で丸くなったスミレ色の目をキラキラさせてたけど、すぐにぼそっと言われた。
「……おっそい」
「だから、俺はそんなに魔力がないんだってば」
「救急箱…」
「うるさい」
もう、俺だって好きで弱いわけじゃないよ。こんなこと言われたら文句の一つも言いたくなる。
結構な時間をかけてなんとか擦り傷と小さな火傷を治したら、少し宝珠の使い方というか力の引き出し方が滑らかになった気がした。
「うん。一応治ったかな」
「髪の毛は治ってないわね」
「それは町で教会の司祭様に頼んで。俺の魔力じゃこれで精いっぱい」
「宝珠は使えない人の方が多いのよ。十分なんじゃない?」
そうなのか。森の子と吟遊詩人と薬師見習いしか持ってない俺が使えるから、みんな基本装備は好きなものを使えるものだと思ってた。
「あ、ちょっと」
「なに?」
じゃあこれでって思ったのに呼び止められて、まだなにか用があるのかと振り返る。
マリーベルは居心地が悪そうに視線をそらして、ちょっと口ごもってから言った。
「…あんたの方が酷い火傷してるんだけど」
「そりゃするよ」
俺には火の女神の加護なんかないし、至近距離で水魔法の札を使う羽目になったんだから。
「あたし…治癒の宝珠は使えないから」
なにが言いたいんだろう?
俺がいっしょにいたら、この子まで目を付けられるかも知れない。だから早く離れたいって思ってるせいか、交渉スキルが働かない。
「ちょっとそこにいなさいよ!」
「え」
なんで? 先に俺のことを嫌がってたの、マリーベルの方だよね?
意味がわかんなくて怖い。
こういうときに思い知るんだけど、俺って他人の機微をうかがうのが下手なんだなぁ……。
どうしたらいいか困って立ち竦んでる俺のことは気にせず、マリーベルはあちこちにスカートやリボンを不自由そうにひっかけながらそのあたりを調べ始めた。
そういえば、俺がぶちまけた鞄の中身がまだ散乱したままだ。だいぶ踏み荒らしたけどシダみたいなのが茂ってるし、あんまり見つけられなかったんだな。
しかも俺がさっき使った水魔法のせいでぬかるんでる。そんなところでしゃがんでがさごそするものだから、長い髪やひらひらしたスカートの裾が汚れちゃってかわいそうになってきた。
「確か、このあたり…んー…あった!」
さすがに止めようと思ったところで、なにかを見つけた彼女が立ち上がった。
「あ、また擦り剥いてるじゃないか。せっかく治したのに……」
「うるさいわね。また治せなんて言わないわよ!」
向こうの茂みにオレンジ玉が見えた。……ほかの魔物も寄ってくるかも。
このままだとマリーベルも危険だし、もう一度猫歩きと隠蔽を発動する。
うーん…サーチやこういうスキルじゃそれほど消費しないとはいえ、俺の乏しいMPじゃそろそろきつくなってきた。
「よいしょ…っと、ふう。お待たせ」
いや、べつに待ってないですって言える強さが欲しい。
がさごそそばに戻ってきたマリーベルが持ってたのは、ポーションだった。
「はい、使って」
「なんで?」
「あんたも怪我してるじゃない」
「べつに君のせいじゃないよ」
心底不思議に思ってポーションの小瓶を差し出す華奢な手と彼女の顔を交互に見たら、見る見るうちに眉と大きな目が釣りあがった。
なんで怒るんだよ、怖ッ。
「つべこべ言わずに使えって言ってるの!」
「いいよ。あとで文句言われたくな――」
「バカッ!!」
「うわ!?」
頭からぶっかけられた!!
火傷の上を流れたところがぱぁっと光って、ひりひりしてた痛みが消えていく。
「水ぶくれになったら、痕が残るでしょ!?」
いや、痛いのは俺なのに、なんでマリーベルの方が痛そうなんだろう。思春期だけあって、感受性が豊かなんだなあ。
「べつに痕が残ったって男なんだからいいのに」
「そういう問題じゃないわ! あたしが、あたしのせいで誰かにそういう傷を残すなんて、我慢できないって言ってるの!!」
「あっそう。俺一人で済んでよかったね」
「…っ」
自分で思ったよりひどい嫌味だし、冷たい声になった。
唇を噛んだマリーベルが項垂れて、ちょっと悪かったなって気持ちになる。
いや、あのままだったら大惨事だったんだぞって言いたかっただけなんだけど、ああもう俺って……。
「あ、あれは!」
「しっ。声が大きいよ。隠蔽が解除されちゃうでしょ」
はっとして口を押さえても遅い。
…来た。でも今度はトレントじゃない。
「赤い草玉……。あれって、火に耐性があるのよね?」
「うん。まあ君の魔力なら耐性の上からでも燃やせるだろうけどね。噂のバンシィじゃなくてよかった。今出たらなにを呼び出されるかわかんないもの」
「任せなさい。当然よ。バンシィとは戦ったことないけど、絶対負けないわ」
褒めたつもりはないんだけど、なんでちょっとうれしそうなんだろう。
まあバンシィには勝てるだろうな。
問題はそのバンシィがなにを呼び出すかなんだけど。
「とにかく、あれを倒してから隠蔽を掛け直す」
「わかった。…え、杖でやるの?」
「近すぎてもう弓は使えないからね。でも杖で戦うのも赤玉を相手にするのも初めてだから、俺には期待しないで。あと、くれぐれもこの森で火魔法は厳禁だから!」
駆け出しながら振りかぶって、攻撃態勢に入った赤玉をまず一発ぶん殴る!
杖ってどう使うのかわかんないけど、トレントの杖だし、攻撃力もそこそこあるはず!
「うわ、かったい!」
さすがにオレンジ玉を一撃でやれないへっぽこな俺の一撃! 効いてないんじゃない、これ!?
もう一回! と思ったところで首筋がひやりとした。
「どいて!」
考えるよりも早く横っ飛びにかわす。俺の髪の毛を数本巻き込んで空気が裂けた。
風の初級の魔法、風の刃だ。
ずばっと音がして赤玉が細切れになり、赤い核が落ちた。
あれ、ゲームだとマリーベルは最初火の初級の魔法しか使えなかったのに、もう風を覚えてる?
「ふう、ちゃんとかわして偉かったわね」
そこ、謝るんじゃなくて褒めるの!?
笑いそうになったけど、どっと疲れた。
「それはどうも。助かった。ありがとう」
「どういたしまして。…なに?」
「君が倒したやつ。あとでギルドに売ればいいよ。俺が勝手に使った水の札代には足りないだろうけど」
「え…」
赤玉の核を差し出すと、俺の手と俺の顔を見ておろおろされてしまう。まあ、札は高いからこれじゃ足りないんだろうけどさ。
「とにかく、それは君の。あとは何が見つかってないの?」
「え…っと、ポーチとか、水とか、いろいろ」
強引に押し付けて聞くと、おずおずした様子ながら今度は素直に答えてくれた。
それじゃ放っとくわけにもいかないか…。ぶちまけたのは俺だしね。
一応サーチをしてみたけど、光るのは薬草とか素材ばっかり。あとは魔物か。
幸い、近くに大きなヤツはいない。このまま隠蔽でいけそうだ。
ここならまあ、ばあちゃんに言われてた「ここから向こうは禁止」ってところじゃないし。
ばあちゃんと住んでた小屋までの道のりは、そんなに怖い魔物が出ないんだよね。まあその道もエルフの守りが効いてるそうで、俺と、ばあちゃんに招かれた人しかわかんないらしいけど。
「ねえ。今光ったのはなに?」
「薬草とかの素材。君の荷物を探すつもりだったけど、それは光らないみたい。だから目で探すしかないな。ごめんね」
「素材…すごいわね。どうやってるの? それにさっき、その杖を鞄から出したでしょ? それ、もしかして収納を掛けたマジックアイテムなの?」
打って変わってわくわくした様子で聞かれても、まさにそのせいでこんなところに一人ぼっちでいる身には腹が立つだけだ。
「だったらなに?」
「収納魔法はあたしも覚えたいの。だから聞いたのよ」
あ、水を見つけた。服でごしごししてから渡して、近くに寄ってくるマリーベルから離れながら次を探す。
お、次は巾着発見。ちょっと重い…お金かな? これも渡す。
この子の持ち物はぜんぶカラフルだから探しやすいのはいいな。
「ねえ、教えてくれない?」
「これを作ったの俺じゃないから無理」
「作った人よ。お願い!」
「もう亡くなったから無理だよ」
溜息をついて草の根を分けたら、また別の巾着…ポーチか。ポーチが出てきたけど、口が開いて中からいろんな小物が溢れてた。小瓶とかなんかそういう、母さんの化粧台で見たような感じのものだ。
幸い汚れてはいなかったからひとまとめに渡す。
「そう……。それは残念だわ。あんたの知り合い?」
「俺のばあちゃん」
どうやらこれで一通りのものは拾えたかな。
「あ…」
マリーベルの顔にありありと「申し訳ないことを聞いちゃった」って浮かんでるのがわかって、ちょっと笑いそうになる。
親しくないうちはツンケンしてるばっかりなのかと思ったけど、優しいところもあるんだな。
あんなにささくれ立ってた気持ちも落ち着いてきた。
「じゃあ、俺はこれで。今なら夜になる前に町に着けるだろうから、気をつけてね。くれぐれも使うのは風魔法だけにして。道をそれちゃダメだよ」
「ちょっと待って。そういえばあんた、どうしてここにいたの?」
「家に帰るからだよ」
「家?」
ごそごそと鞄に元のように荷物を入れたマリーベルが不思議そうに聞くものだから、俺は少し考えて答える。
「うん。俺が迂闊にギルドでこの鞄を使ったもんだから、いろんな人たちに目をつけられたんだ。だから俺は町には行けないし、いっしょにいたら君も巻き込むかも知れないから、早く離れた方がいいよ」
登場のタイミングも覚えてる魔法も変わってるから、ゲームの物語のようにマリーベルにヒロイン補正っていうの?
危なくなってもなんとか助かるみたいな法則はないかも知れない。
それが一番怖かったから、正直に言ったんだ。
「マジックアイテムを持ってるとそういう危険があるわね……。あ、ねえ。さっきあんたが使った札って」
「べつに返せなんて言わないよ。俺も非常事態だったからって君の札を勝手に使ったし」
「そうじゃない! 札、もうないんでしょ? あんた、あんまり強くないじゃない。札がなくなったら困るんじゃないの?」
いざというときのためのとっておきだったんだけど、その「いざ」が来ちゃったんだからしょうがない。
そこは俺も割り切ってる。
「……帰るまでの間はなんとかなるよ。薬もあるし。よかったら君にも分けようか? まだ余力はあるみたいだけど、あれば安心するんじゃない?」
「そんなのいらないってば! それより、ねえ聞いて。あんた…森の魔女オウルって人を知ってる?」
家に向かって歩き出したとたんに言われて、一瞬言葉に詰まる。そりゃ…魔女だもんな。彼女が知ってても不思議じゃないけど。
「どうしてそれを俺に聞くの?」
「こんなところで会った、同い年ぐらいの子だからよ。あんた、オウル様に拾われたみなし子じゃないの?」
腹が立たなかったのは、マリーベルが俺を馬鹿にしてそう言ってるわけじゃないことが表情でわかったからだ。
「………そうなのね」
「だったら…なに?」
マリーベルが長いまつ毛を伏せてスミレ色の目がけぶるように隠れる。瞬きのたびに涙の雫が小さくまつ毛に散って、俺はなんとも言えない気持ちになった。
「あたし、オウル様の弟子になりたくてここまで来たの……。あたしが小さいころに、あたしを弟子にしてくれるって話があったのよ。でも、同じぐらいの子を拾って育てているからって断られて」
「それは…」
俺のことだ。
苦しくなってそれ以上言えなくなった俺に、俯いていたマリーベルが顔を上げる。
スミレ色の大きな目は今にも涙を落としそうに潤んでいたけど、俺に対する怒りも憎しみも浮かんではいなかった。
応援ありがとうございます!
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