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第6章 サトル、始まり
6-3-5 その涙を背負う
しおりを挟む「マリーベル!」
でも歩き出したとたんマリーベルがへたり込んで、慌てて二人で助け起こす。
「へ、平気よ。ちょっとつまずいただけ」
「いいえ、わたしが」
「マリーベル、俺がおんぶするよ」
「平気だってば!」
「いいから」
前にしゃがんで、ぐいっと背中に引き上げる。エルフィーネが手伝ってくれて、なんとか立ち上がった。
こんな華奢な女の子一人おんぶするにも苦労するなんて、我ながら本当に非力な身体だなあ。
俺が大人だったら、お姫様抱っこでも、ヴィントがしてくれたみたいにでも、運んであげられるのに。
「ごめん……」
「謝らないで。魔力切れって、結構辛いでしょ?」
「うん……」
「俺はもう慣れっこだもん。いつも助けられてるのは俺の方だよ。だから気にしない」
「うん…っ」
涙声で頷いて、遠慮がちに腕を回したマリーベルに、俺はことさら明るい声で言った。
豊かな火のマナでいつもぽかぽかしてたマリーベルの手が、今は冷たくて小さく震えてるのがかわいそうだ。
「マリーベル、一人にはしませんよ」
エルフィーネがマリーベルの背中を撫でる。
小さく震えるマリーベルからこぼれる嗚咽を聞かないふりをしながら、俺は転ばないよう、なるべく揺らさないように、足下に神経を集中して歩いた。
「ずっとよ。生まれてからずっと、呪いつきだって言われ続けてたのに…っ。いきなり呪いじゃない、祝福だなんて言われたって、納得できないわ……」
「はい」
「そうだね」
俺のうなじに、ぽつ、ぽつりと、涙が落ちるのと同時に、マリーベルが呟く。
俺たちに訴えたいわけじゃない、きっと独り言だ。
でもエルフィーネも俺も、マリーベルの言葉に相づちを打った。
「魔女の里は、おばあちゃんにもお母さんにも冷たかった……。呪いだけど、これはどうしても受け継がれなくちゃいけないものだって、嫌でも結婚させられるのよ。お母さんはそれが嫌で、旅人だったお父さんに頼んで逃げたんだわ」
「…………」
エルフィーネがきゅっと唇を噛んで、マリーベルの手を握った。
「でも、あたしも同じ。あたしも、逃げたかったからあのお屋敷から飛び出したの…! あのお屋敷の人たちは、あたしに冷たくしなかったのに。セリカにいつ連れ戻されるかわからなくて、それが怖くてあたし……!」
「逃げていいよ」
よいしょ、とずり落ちそうになるマリーベルを背負い直して、俺はきっぱりと言った。
「マリーベルは、いつかマリーベルが好きだと思う人と、マリーベルを大事にしてくれる人とさ、結婚したらいい」
「はい。わたしも同じ気持ちです」
「でも、災いが里に降りかかるって……」
「降りかかったら、そこにいる人たちがなんとかすればいいんだよ。一人に押しつけるようなことじゃない」
大体、こんな子どもになんて重圧をかけるんだ! 腹が立つぞ!!
「今まで誰かに押しつけてきたなら、今度は押しつけてきた人たちががんばるべきでしょ。マリーベルは気にしなくていいよ。だから、大人になって、いつか好きな人ができたら、その人と結婚したらいいんだ」
心ない連中にムカムカしながらそう言うと、マリーベルはちょっと笑った。よかった……笑ってくれて。
「もう……。その人があたしのことを好きになってくれなかったら、結婚できないじゃない」
「こんなかわいい子が好きになる相手が、振り向かないはずないでしょ? 心配いらないよ」
「ええ、そうです。きっと大丈夫ですよ、マリーベル」
エルフィーネが優しく言いながらそっと頭を撫でると、マリーベルはくすぐったそうに笑って、俺に回した腕に力を込めて頭をすりつけてくれた。
なんだか小さい妹ができたみたいだ。怒ったら怖いけど、やっぱりマリーベルはかわいいなあ。
「でも、このままじゃ落ち着かないでしょ? だから折を見て、決着をつけようね。大丈夫、マリーベルは負けないよ。俺たちも味方だ」
「はい、もちろんです。今のわたしたちは非力な子どもに過ぎませんが、力をつけましょう。そしてマリーベル、あなたの自由を勝ち取りましょうね」
「うん…!」
そうそう、その意気!
でも、そうかー……。
俺はいつか、このかわいいマリーベルを、どこの馬の骨かわからん相手に渡す覚悟を決めなきゃならないのか。
……めっちゃ言いがかりをつける自分が想像できるな! いやでも、俺の意地悪ぐらい乗り越えて気持ちを見せて欲しいよね!
あ、でもそうだった。相手が男とは限らないんだ。もしマリーベルが連れてきた相手が女の人だったら、加減しないとなあ……。
「ねえ、マリーベル、大丈夫だよ。でも、お願い」
「……なに?」
眠そうだなあ。でも、今じゃないとたぶん言えない。そう思って俺は、力が抜けて少し重くなったマリーベルを背負い直しながら言った。
「次に会ったらね、ニケの話を、……あの人の話を……聞いてあげて欲しい」
「……」
「だって、あの人は当事者なんだ。きっと辛い思いをしたし、これからもする。俺にはそれがわかっちゃうからさ。だからね、どうか聞いてあげて」
俺の言葉に、しばらくマリーベルはなにも言わなかった。
ただ俺にしがみつく力が強くなったから、眠ってるわけじゃないことはわかる。
でも、火のマナも出てこないし、ただ静かで不安になってきたところで、ようやくぽつりと返してくれた。
「…………わかったわ」
エルフィーネがぎゅっとマリーベルの手を握る。
「わたしも、サトルもいっしょにいます」
「うん」
「いっしょにお話を伺いましょう」
「うん……」
ニケには、きっとピルピルさんとリチャードが味方をする。だったら俺とエルフィーネはマリーベルの味方だ。
それが平等だよ。
……もちろん、ニケのことも、ないがしろにはできないけどさ。
それに、いつか魔女の里に、セリカに行くときはさ、ニケが力になってくれると思うんだ。
っていうか、祝福を授けた張本人の竜にみんな怒られればいいんじゃないかな!?
そうやって歩いてるうちにマリーベルが寝ちゃって、なるほど。わかった。
寝た子って重たい! 不思議だ。マリーベルの体重は絶対俺より軽いのに。
「ありゃ、お嬢ちゃん、どうした?」
集落に入ったところで、畑帰りらしいおじさんに声をかけられた。
「おー? なんだ、どうしたんだあ?」
「ほら、同行パーティの子たちが」
「ありゃあ、神父様のとこ行くかあ?」
わあ、めっちゃ心配してくれてる! セロリっぽいフェンネル、葉キャベツを収穫してるおじさんたちもこっちを見た。
「えっと、その……」
「少し疲れてしまっただけです。ヒュージスライムが出たものですから」
息が上がり始めたのもあって口ごもった俺に替わって、エルフィーネが笑顔で説明してくれた。
「そりゃあかわいそうに。持っていきな。元気が出るよ」
「まあ、ありがとうございます」
「やった! ありがとうございます!」
おじさんが布に包んだドライフルーツをくれた。俺たちが元気にお礼を言うと、よかった。
畑仕事で忙しいおじさんたちもほっとしてくれたみたいだ。
これはもう寄り道せずにまっすぐ宿に帰った方がいいな。そもそも、寄り道できる体力がないけど!
「あらぁ、大丈夫かい? うちの人を呼んでこようか?」
さっそくいただいたマーコのドライフルーツをエルフィーネに口に入れてもらって、もぐもぐしながら歩いてたら、また声をかけてもらった。
「俺がかわろっか?」
「その子ならオレでもおんぶできそうだし、オレでもいいぞ」
俺が子守歌でみなさんを昏倒させました事件でエルフィーネが肩に治癒した奥さんや、俺と同い年ぐらいの巨人族や獣人族の男の子たちだ。
こういう気遣いってありがたいよね。でも、もう少しだから大丈夫ってなんとか笑顔で断って、そのたびになんか……ええと、お菓子? もう見る余裕がないからわかんないけど、いろいろもらったのもうれしい。
っていうか、みんな口に入れてくれるんだよね。ありがとうございます! エルフィーネは一つずつハンカチに包んでた。あとでマリーベルとわけるんだって。
「サトル、替わりますよ」
「ううん、起こしちゃったらかわいそうだから、がんばるよ」
俺がふうふう息を切らして歩いてたせいで、とうとうエルフィーネに交代宣言されたけど、ここは俺ががんばらないとね!
そのまま、俺が落っことさないか心配されたんだろうなあ。今にも手を出してくれそうな人たちに見守られつつ、がんばって数分。なんとか宿に戻れた。
「あら! どうしたの!?」
「大丈夫! ヒュージスライムに会っちゃって、ちょっと魔力切れしたんです」
「はい。怪我はないのですが……」
ちょうど前の通りを掃き掃除していたエレーナさんが駆け寄ってくれて、「待ってるのよ」って中に入る。
さすがにちょっと、疲れた。
あとは階段が問題だなあ。エルフィーネに後ろから支えてもらわなくちゃ上がれないかも。
「あらあら、かわいそうに!」
ちょっと椅子に座りたい。でも今下ろしたり座ったらたぶんもう背負い直せないし、そのまま階段に向かうつもりで中に入ったら、中からアンナさんがエプロンで手を拭きながら出てきた。
「ほら、替わるわ」
「でも……」
「ここまでおんぶしてきたんでしょう? さすが男の子! よくがんばったね」
言うが早いか、アンナさんがひょいと俺の背中からマリーベルを抱っこしてくれた。
「サトル!」
「だ、大丈夫」
情けないけど、俺自身一回魔力切れしたしね。
いざマリーベルを任せたら、腕も膝もガクガクしてた。
成長期はこれからだし、いつかは女の子の一人や二人、……二人は無理かもだけど、とにかくお姫様抱っこで走り回れるぐらいにならないとね!
「ごめんなさい。ありがとうございます」
「遠慮いらないよ。上の部屋に寝かせてあげようね。着替えさせてあげないといけないし、お嬢さん、手伝ってくれる?」
「はい。サトルは休んでいてくださいね」
「うん、ありがとう」
俺は階段の下でいったんお別れ。女の子の着替えを覗くわけにいかないし、喉がからからだったからね。
なんとか気を取り直して、心配そうに俺のそばに来てくれたエレーナさんに笑顔で言えた。
「あの、お水をいただいてもいいですか?」
「もちろんよ。ほら、そこにかけて」
「ありがとうございます」
優しいお言葉に甘えて、俺はカウンター席によじ登るようにして腰を下ろした。
ここで麦酒をくださいとかって言えたらかっこいいんだけど、たぶん言っても出してくれなさそう。飲酒っていくつからできるんだろう?
汗をかいたあとほど、なぜか飲んでみたくなるんだよなあ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
麦酒じゃないけど、うわあ……冷たい水が美味しい!
一気飲みして大きな息をついたら、思った以上に汗をかいてた。
「運動したせいか、あっついです」
男だし、いいよね。胸元をがばっと開けてぱたぱたしてたら、俺をじっと見てたエレーナさんが「ふふっ」て笑うから、なんだろうと首をかしげる。
「なにかおかしかったですか?」
「ううん、こうして見たら可愛らしくてもやっぱり男の子だなあってね。思っただけよ」
具体的に、どのあたりがだろう? 俺は自分のことだし、さっぱりわかんないや。
「ほら、見て?」
「え」
ひょい、と手を握られる。エレーナさんの手は少し荒れていて、でも柔らかい。働き者の女の人の手だった。
……なんだか、懐かしいな。ばあちゃんよりもずっと若い女の人なのに。
「今は私よりも小さいけど、すぐに大きくなるわね」
「そりゃ、育ち盛りだもん」
エレーナさんよりまだ一回り小さい俺の手は、マリーベルよりは大きくて、エルフィーネとは同じぐらいだ。
この手がもっと大きくなるころには、剣だって使えるようになるかも知れない。
「ええ、本当にそうだわ」
頷いて、眩しそうに目を細めて笑うエレーナさんが、小さな子にするように俺の頭を撫でて言った。
「うちのお客さんたちが言うとおりねえ。あんたが大きくなったら、男も女もきっと放っておかないわ」
「ど、どうかなあ」
「ふふふ」
個人的には、女の人の方がうれしいな!
いや、性別はさておき。いろんな人に好かれるより、俺が好きだって思う人がそばにいてくれたらそれが一番だ。
マリーベルに言ったように、恋愛の意味じゃなくてもさ。俺が大事だと思う人に、俺のことを大事だって思って欲しい。
そう思われるような大人になりたいよ。
「きっとよ。坊やはどんな人を好きになるのかしらねえ……」
「うーん、好きな人はいっぱいるけど」
おっと、いっそうにこにこされた。知ってる!
そういう意味じゃないよね。
でもなあ、俺自身、色恋沙汰はまだよくわかんないし。やること、やらなくちゃいけないことも盛りだくさんで、まだまだ俺には縁遠い話だもんな。
しばらくしてアンナさんが降りてきて、なぜかアンナさんにまで「男の子だねえ」なんて言われてめちゃくちゃ頭を撫でられた!
一体どのあたりでそう思ったのか、本当に謎なんだけど!
応援ありがとうございます!
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