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第6章 サトル、始まり

6-3-6 あなたのための唄

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 エルフィーネはマリーベルに付き添ってるし、それから俺は二人に頼んで治癒ヒールする相手を探したり、ご近所のお年寄りの話相手や、やっと寄ってきてくれた子どもたちの遊び相手をしながら過ごした。
 どこでも女の子はおままごととかごっこ遊びが好きだよね。外したカーテンをドレスにした舞踏会で、何回もお姫様を交代して王子様役をやったり、なぜか暴漢役の子たちが乱入してきてさらわれたり。
 小さな子もいるし、俺としてはお馬さん役とか、ちゃんばらごっことか? そーゆう遊びになるかと思ったんだけどなあ。
 夕飯前には約束通りリチャードが帰ってきてくれたんだけど、ちょうど騎士役の子が王子役の俺になんか騎士の誓いっぽいのを立ててる場面でね。

「おや、騎士の誓いですか。ならばわたくしが手本をお見せしましょう」

 なんて言って、……本当にどうやって持ってるんだろ? ルーファスネイトからもらった長剣を使って、それは見事な騎士の誓いの場面を再現してくれた!

「始まりの子、サトル・ウィステリア。わたくし、リチャード・グロウリィはこの黄金の爪とわたくしの誇りをもってあなたの剣となり、盾となりましょう。礼節と忠義をもってあなたの望む公正、あなたの望む武勇を捧げることを誓います」

 跪いて俺に長剣を捧げながら、まるで本物の騎士のようにそう誓いの言葉を聞かせてくれたリチャードがかっこよすぎてうっとりしてたら、笑って言われてしまった!

「サトル君、ここで王子が剣の腹で騎士の肩を軽く叩くのですよ」
「わ、わかった!」

 重たいけど、両腕なら一応持ち上げられるしね。ちょっとよろめいたけど、とん、とんとしたら、リチャードが俺の手を取って、手の甲にキスをしてくれて、おしまいみたい。
 いやあ、まさかここで俺がうらやましかった手の甲にキスをしてもらえるとはね!
 子どもたちがわっと歓声を上げて、俺も俺もって群がってきちゃったからね。本物の長剣は危ないし、慌てて収納ストレージして、べつの遊びに替わってもらったよ。俺が治癒ヒールした巨人族タイタンの男の子だけは、しばらく不満そうだったけど。
 巨人族タイタンは大体みんな身体能力に恵まれてるから、本当に騎士に憧れてるならいつかナーオットに来て修行したらいいかもね。

「リチャードもこの前までさ、俺といっしょで剣の抜き方を知らなかったのに」
「ふふ、一度見ましたからね」

 うーん、さすがだ。
 日が暮れたら、晩ご飯の時間! みんな自分の家に帰ったから、俺もリチャードとまた宿に帰った。
 マリーベルはまだ寝てたけど、いっしょにお見舞いしてぐっすりよく寝てる顔を見てほっとしたよ。
 うなされてなくてよかった……。
 リチャードは俺がマリーベルをおんぶして帰ってきたって聞いて、すごく心配してくれたし褒めてもくれた。
 「やはりわたくしがついていれば」って言われたことは、もちろん否定したよ。そんなこと言ったら仲間の意味がないからね!
 ちなみにぼさぼさになった毛並みは、エレーナさんにブラシを借りて整えた。リチャードは「紳士のたしなみ」とか言って毛繕いするところは見せてくれないけど、ブラシがあれば俺でも手伝えるからね。
 小一時間はかかったけど、元の通り、尻尾までもふもふふかふかになったから満足!
 そのあとは、もう少ししたらおじさんたちがまた飲みに来るから今のうちにって言われて、俺たちだけで先に夕食を済ませることになった。
 もちろん、マリーベルがいつ起きてもいいように、交代で付き添って食べたよ。
 大きな赤いパプリカに赤毛長牛のミンチを詰めたやつとか、薄い生地でチーズとトマトソースを包んだピザっぽいものが特に美味しかった! スープは赤紫のカブかな? のクリームスープで、これは少し癖があるけど慣れたら平気。俺はかなり好きかも。
 ただマリーベルは夕飯が終わってもまだ起きなくて、この子の分はいつでも用意するからねってアンナさんに言ってもらって、部屋に戻った。
 こんなときでも、ちゃんとおじさんたちのお酒に付き合うリチャードは大人だ……。
 本当は俺もいっしょにと思ったんだけど、それはリチャードに断られたし、エルフィーネも反対するから、部屋に引き上げるしかなかったんだ。
 この日はアンナさんたち曰く久しぶりにサーベルウルフたちの遠吠えもない、静かな夜になった。
 ちゃんと洗濯された清潔なカーテンを開けて、女神の鏡の方を見る。
 ラベンダーと青白い二つの月の光を受けて、三日月型の湖はまるで誰かの涙のように闇の中で光っていた。
 ニケとピルピルさんは、まだお話ししてるのかな……。

「二百年、か……」

 あれからずっと水のマナがざわついてる。悲しみに反応してるんだ。
 きっとニケの、そしてピルピルさんの……。
 リーリエさんという人は、幸せだったんだろうか。
 竜の……ニケの花嫁だって言ってた。
 でも、じゃあどんな思いで子どもを遺したんだろう。
 なにがあって二人がいっしょにいられなくなったのか気になったけど、たぶんニケのあの胸元や背中の傷が関係あるんだろうな。
 リーリエさんは、長い眠りについた愛しい人の武器を、どんな思いで…………。
 生きている限り、人は歩き続ける。だからもちろん、子どもができたことはいいことだよ。
 ニケも、リーリエさんが血を遺してくれたことをさ、喜んでたもの。
 ただし、それがリーリエさんの望みであったならだけど。
 ………マリーベルが言ってた、「嫌でも結婚させられた」という言葉がどうにも引っかかったんだ。
 いや、もういない人のことだ。詮索するのはいいことじゃない。
 俺にできることなんてなにもないもの。
 でも、マリーベルにはそんな悲しい思いはさせないよ。絶対に。
 窓を開けると、少し肌寒い風が頬と髪を撫でた。耳を、感覚を澄ませたら、この村の人々の生活のざわめきを感じる。
 ちり、と耳飾りが風で揺れた。
 誰かの思いや、この世界のすべての命が生きる中で生み出すマナの姿は、それがどんなものであったとしても、ただただ美しい……か。ルーファスネイトの言うとおりだ。
 ちらちらと視界の中で踊るいろんなマナの蝶の姿を見ながら、俺は鞄から竪琴を取り出して、膝に乗せた。
 マナたちがざわついてるなぁ……。敏感な人はなぜか気持ちが落ち込んだり、淋しくなったりしてそうだ。
 目を閉じたら、恋人を…仲間を…故郷を喪った竜の悲しみが、俺の中まで深く伝わってきた。
 油断したら、また泣いちゃいそうだ。俺が泣いたって誰の慰めにもならないのに。
 どうか少しでも、その悲しみが癒えますように。
 二百年は、俺たちにとっては簡単に誰かの記憶を失うほどに長い。人の、人間ヒューマンの命は、短いから……。

『始まりを唄う者』

 ニケは、俺を見てそう言った。それがどんな意味かはわからないけど、あなたはあなたの友だちのことも、「始まりを告げる者」だったかな。同じようにたとえていたよね。
 うーん……どっちも似た感じだなあ。
 俺と同じ目をした人、か。もしかしたら、俺の……この身体のご先祖様とか、遠い親戚なのかもね。
 もしそうなら、少しロマンチックかなって思うのだけど。
 ぽろん、と金色の弦を弾く。
 ここで俺が謡って、それが眠っているマリーベルに、エルフの集落にいるニケに届くかはわからない。
 でも、竜の悲しみに呼応するマナたちが少しでも落ち着くように。慰められるように……。
 心をざわつかせる人たちが、落ち着きますように。
 大昔の吟遊詩人バルドラーが、大切な人を失った人のために遺した曲を奏でる。
 これは教会の墓地でね、今はもう亡い人を思って涙する人のために、マルカートが唄っていたものを覚えたんだ。
 

 今日、暖炉の火の中に
 やさしいあなたを見つけました
 あなたはわたしをあたためて、
 そっと種火になりました

 今日、窓を濡らした雨の中に
 やさしいあなたを見つけました
 あなたは空から降りてきて、
 わたしの緑を潤しました

 探せばあなたはどんなときでも
 こうしてわたしのそばにいてくれました
 たとえ骨と土になり
 その身はすべて残らなくても
 あなたはわたしを抱いている

 明日、この手が掴む土の中に
 やさしいあなたが見つかるでしょうか
 あなたはわたしを支える大地となって、
 影を抱いてくれるでしょうか

 明日、この身を洗う風の中に
 やさしいあなたが見つかるでしょうか
 あなたは孤独なわたしを見つめる風となり、
 わたしの髪を撫でるでしょうか

 探せばあなたはどんなときでも
 迷わずわたしのそばにいてくれました
 たとえ骨と土になり
 その身はすべて残らなくても
 わたしはあなたを抱いている
 あなたをずっと、抱いている……


 うん、きっと。
 俺には恋も愛もまだわからないけど。わからないからこそ……そうだったらいいなって、思うよ。
 もう一度、二回目は演奏だけ。
 たとえ骨と土になり、その身はすべて残らなくても…か。弾いてるだけで俺まで悲しくなってくるな……。
 最後の音を弾いて、余韻がゆっくり消えていく。はあ、とため息をついて竪琴を下ろすと、あれ?
 あんなに賑やかに飲んでたのに、聞こえてたんだな。
 ばたんっと大きな音がして、下の酒場から道に飛び出したおじさんたちから盛大な歓声とアンコール、おまけに隣近所の人たちまで窓の下に出てきて、やんややんやと大喝采を浴びてしまった!
 民家はちょっと離れてたから油断した! うわあ、恥ずかしい!!

「ど、どうも、こんばんは……えへへ」

 黙って無視するのも申し訳ないから、とりあえずぺこっとしてから慌てて引っ込む。
 うわ、どっと笑い声が……! 恥ずかしいなあ、もう!!
 ばふっとベッドに転がってちょっとじたばたしたけど、まだ眠くはない。
 でも、アンコールは無理! っていうか、知らない唄ばっかりリクエストされるんだもん!
 「ニイナの花嫁」とか「旅の道草と恋」とか「戦士の宿り木」とか、どんな曲? まず原曲を教えてくれないと無理!!
 ……しょうがないな。仕事明けには報告書の提出もあるし、ひな形ぐらい書いておくか。

「『リント』」

 小さな光をそばに浮かべて、これも練習だ。俺は空中に術式を描いて、ピルピルさんにもらったメモ帳とペンを展開スプレッドした。
 早いところ術式を思い浮かべるだけで展開スプレッドできるようになりたいな。
 本当はランプに火をつけてやりたいけど、こうやって自分で灯した光を維持し続けるのも訓練の一つだからね。
 まず、村人に聞いた話で有用そうなものをまとめていく。女神の鏡で火のマナが多くなってたのは、ニケの影響だろうな。これって書くべきなんだろうか?
 うーん……一応書いておこう。あとでピルピルさんにチェックしてもらえば、不味いところは教えてくれるはずだ。
 あとは地図のチェックもか。……けっこうがんばって歩いたつもりだけど、まだまだ埋まってないな。エルフの抜け道が表示されるのは助かったけど。
 ちりっと耳飾りが揺れる。そういえば、俺が飛ばした小鳥はどうなったんだろう?
 あの小鳥はずいぶん痛めつけられちゃってたし、俺も握りつぶす勢いで掴んじゃったし……さすがに届いてないだろうな。せっかくもらったのに、申し訳ないことをしちゃった。
 それからもう一回、思い出した。うん、寝た子は重たかった!
 俺より力があるとはいえ、あのときはヴィントも大変だっただろうな……。今度会えたらもう一回お礼を言いたいし、美味しいごはんのお礼に肩の一つでももんであげたいよ。
 そのときはルーファスネイトにも手伝ってもらおう。あの兄貴だってヴィントには世話になってるんだから、それぐらい手伝ってもらってもバチは当たらないよね。
 二人とも、今はどこにいるかわからないけど、どうか無事でありますように。
 そうだ、リベリオンのみんなも。
 それから、マリーベルとニケ、ピルピルさんにとって、この夜が少しでも優しいものになりますように……。
 俺も信心深くなったなあ。いや、あとはもう神頼みしかないって状態を経験して、そこから助かったからってのもあるけどね。
 二つの月を見上げながら心からそう祈って、俺は机で黙々とペンを走らせることに集中した。
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