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小箱 蘇夜花

刑の名前

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 「わたしたちと一緒に来てくれるよね? 美晴」
 
 真実香は風太の耳元で、あやしくささやいた。
 
 「くっ……!」

 風太は、その言葉にしたがうしかなかった。
 元の男の体ならば、こんな女子たちに囲まれても下着をうばい返して逃げるくらい簡単だっただろうが、現在の風太は、非力ひりきで大人しい女の子の体だ。さくのない抵抗は、少ない体力を無駄に消費するだけになる。それにくわえて……。
 
 (こいつら、おれの肩にアザがあることを知ってるのか……!)
 
 美晴の姿になってから現在まで、風太は一度もかた露出ろしゅつするような服は着ていない。風太自身でさえ、しっかりと青アザを目視もくししたのは、美晴の家で鏡の前に立った時の一回のみだ。

 (おれと美晴以外で、この青アザを知ってるってことは……)

 風太は真実香をにらんだ。すると、彼女は少し間合まあいを作ってから、こう言った。
 
 「よかったぁ。まだそのアザあるんだね。もう治っちゃったかと思ったよ。……先週だっけ? 界くんがなぐった時にできたんだよね? それ」
 
 やはり、この青アザもイジメによってできた物。ない出血しゅっけつするほどの力で女の肩を殴った「どこぞのバカ」のせいで、美晴はがた激痛げきつうに苦しめられていたのだ。
 しかし、風太は今そっちのバカではなく「この肩にぶつかった風太バカ」の方にいかりを感じていた。
 
 (くそっ! おれとぶつかった時、美晴は我慢がまんしてたのか……! こんなの、わめいてもおかしくない痛みなのに……!)
 
 風太は心の中で、美晴にあの時のことをもう一度あやまった。

 「……で、どうするの美晴ちゃん。わたしたちと一緒に来てくれるの? 来てくれないの?」
 
 美晴の水色のパンツを指に引っかけてくるくると回しながら、蘇夜花が問う。
 
 「分かったよ……! お前たちに……ついて……行くから……、もう……やめろっ……!」
 
 風太はハッキリと返答へんとうしたが、それが気に入らなかったらしく、蘇夜花は眉間みけんにシワを寄せた。
 
 「うーん、ダメだね。『ついて行きます』でしょ?」
 「なっ……!? なんで……おれが……そんなことっ……!」
 「それもダメ。わたしさぁ、自分のこと『おれ』って言う美晴ちゃん、あんまり好きじゃないなー。『わ……わたし……』って言ういつもの臆病おくびょうでウジウジ可愛い美晴ちゃんに戻ってよ」
 「は、話し方……なんて……別にいいだろっ……!」
 「そっか。じゃあこうするね」

 蘇夜花はました顔をして、持っていた美晴のパンツを五十鈴に向かって放り投げた。そして五十鈴は、困惑こんわくしつつもそれを冷静にキャッチした。
 
 「ナイスキャッチ。五十鈴ちゃん」
 「蘇夜花。どうするのよ、これ」
 「そうだねぇ。今の時間なら、校門に引っ掛けておくのがいいかな。キモムタくんにプレゼントしてあげるのもいいね。美晴ちゃんは、それいらないみたいだから」
 
 それを聞いて、了解りょうかいしたとばかりに五十鈴は体育館から出て行こうとした。当然、風太としてはそいつを行かせるわけにはいかない。
 
 「やめろっ……!! 五十鈴っ……!!」
 「んー?」
 
 わざとらしく、蘇夜花が首をかしげる。「わたしが聞きたいのはそんな言葉じゃない」と、風太に態度たいどしめしている。「もう一度チャンスをあげるから言い直せ」、と。

 「や、やめて……ください……! 五十鈴……さん……」
 
 風太がこのうえない屈辱くつじょくを感じながらしぼり出した言葉を聞くと、五十鈴の足は止まった。
 
 「あら、いつもみたいに『五十鈴イスズちゃん』って呼んでくれていいのよ」
 
 五十鈴が訂正ていせいする。
 そして蘇夜花は、『美晴フウタ』に注文ちゅうもんした。

 「ねぇねぇ、美晴ちゃん。自己紹介してよ」
 「わ……わたしは……美晴……です……」
 「そうだね、よくできました。……五十鈴ちゃん。その可愛い下着は、袋に入れて持っててあげて。美晴ちゃんの大切なものだから」
 「か、返せっ……! 返して……くださいっ……!」
 
 風太は五十鈴に懇願こんがんしたが、蘇夜花がそれをさえぎった。

 「それはまだダメ。何も言わずについてきてよ、美晴ちゃん」

 * *

 月野内小学校の放課後。そろそろ夕方。
 体育館の入り口付近ふきんには、トイレがある。体育の時間や全校集会の時に、ようしたくなった生徒がそこへ駆け込むのだ。体育館周辺しゅうへんは最近改装かいそうされたばかりなので、トイレにはまだ目立つような汚れがない新築しんちくのような状態だった。
 
 風太は、その女子トイレの中に連れ込まれた。出入り口には、蘇夜花たち女子が立ちふさがっているので、力づくでも外に出ることはできない。

 「はーい。じゃあこれから、『調子ちょうしに乗ってしまった美晴ちゃんが、二度と調子に乗らないためのけい』を始めまーす」
 
 蘇夜花は高らかに開会かいかい宣言せんげんをした。相変わらず、邪悪じゃあくな笑みを浮かべている。
 
 「ちょっと蘇夜花。いつもなら『デメ』とか『ハリけミミズ』とか、けいにも名前をつけるじゃない。今回は名前、無いの?」
 
 五十鈴が蘇夜花に、素朴そぼく疑問ぎもんをぶつけた。
 
 「ふっふっふ、さっき考えたよ。今回の刑の名前は……『トレジャーハント』!」
 「『トレジャーハント』? つまり、宝探たからさがしをするの?」
 「当たりー。じゃあ、早速さっそく始めるよ。下着は、終わったらちゃんと返してあげるから、落ち着いて受刑じゅけいしてね。美晴ちゃん」
 
 蘇夜花は一番手前の個室のドアを開け、そこにある洋式ようしき便器べんきのフタを上げた。
 
 「座って? あ、でもスカートやショーツはそのままでいいよ」
 「……」

 抵抗することもできない風太は、つばをゴクリと飲み込んだ後、指示しじされた通りゆっくりと便座に座った。腰を降ろすと、白いフリルのスカートがふわりと広がった。
 次に、蘇夜花はポケットから銀色の手錠てじょうを取り出した。
 
 「もちろん本物じゃないよ。パーティーグッズのお店に売ってたの。……リイコちゃん、サヤナちゃん。美晴ちゃんの足首を繋いであげて」
 
 蘇夜花に名前を呼ばれ、リイコとサヤナという女子二人は何一なにひとつ迷うことなく、風太の足首に手錠をかけようとした。
 そんなことをされたら、便座から動けなくなってしまう。風太はあしを少し動かして、ささやかな抵抗をした。しかし、それもむなしく……。

 カチャリ。

 両足首を繋がれてしまった。
 開脚かいきゃくしようとしても、カチャカチャと音がするばかりで、拘束こうそく破壊はかいできそうにない。ただ、太ももだけが開閉かいへいできる状態だ。
 
 「さて、次は美晴ちゃんのお手々ててかな。真実香ちゃん、ヒモでお願いね」
 「し、縛ら……ない……で……くださいっ……!」
 「わぁ、いつものボソボソ声の美晴ちゃんだ! そうそう、かわいいよ美晴ちゃん。でも、やっぱりしばるね」
 「……!」
 
 そして、ヒモを手に持った真美香が個室の中までやってきて、風太の両手も後ろでしばった。

 *

 体育館の入り口付近にある、女子トイレの個室。そこの洋式便器に、一人の女の子がパンツを降ろさずに座っている。両手はヒモで縛られ、両足は手錠で繋がれているので、四肢ししの自由はない。

 「くっ……!」

 悪い予感よかんしかしなかった。今の『美晴フウタ』にできるのは、体をよじらせることと、言葉を話すことぐらいしかない。まな板の上のこいの方が、まだ希望きぼうが見える状況だろう。

 「ふふっ……」

 風太から見える位置に、蘇夜花をのぞく4人の女子たちが集まった。見下みくだしたようにクスクスと笑いながら、無防備むぼうびな風太を見ている。
 
 (こいつら、おれをどうするつもりなんだよ……!)
 
 風太がその連中をギリッとにらみ返していると、どこからか不思議な音が聞こえてきた。

 シュゴゴゴゴゴ……。

 蛇口じゃぐちから出る水の音。誰かが、水道の蛇口をひねったようだ。

 シュゴゴゴゴ……ビタビタビタビタビタ。

 そして次は、シャワーをびている時のような、多量たりょうの水が床をたたいている音。その音は、どんどん風太に近づいてきた。
 
 「準備できたよ、美晴ちゃん。覚悟かくごはいいかな?」
 
 開いた扉から、蘇夜花がひょこっと顔を出す。音の正体は、そいつが手に持っているホースから出っぱなしの水だった。

 「ちょっとれちゃうだけだから、安心してね」

 蘇夜花はもう一度、ニッコリと笑った。
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