上 下
30 / 145
風太と美晴と春日井雪乃

おんぶします

しおりを挟む

 大型ショッピングモール「メガロパ」で、雪乃が迷子になったかもしれない。

 「ど、どうしましょう! 風太くんっ!」
 
 少年がおろおろとあわてふためく。

 「でも……、あいつが……道に迷う……なんて……考え……にくいな……。ここには……よく……来てるし」
 
 それに対して、少女は比較的ひかくてき冷静れいせいだった。

 「な、何か事件に巻き込まれたってことですか!?」
 「まだ……、そうと……決まった……わけ……じゃないけど……」
 「トイレ、トイレに行くって言ってましたよね、雪乃ちゃんは」
 「ああ……。おれは……女子トイレを……さがす……。お前は……さっき……回った……店を……さがしてくれ」
 「はいっ!」

 *

 休日のお昼のショッピングモール。
 人でにぎわっているので、当然モール内のトイレも全て混雑こんざつしており、短い行列ぎょうれつを作っている場所すらある。 風太はいろんな場所の女子トイレを見て回ったが、どこを捜しても雪乃の姿はなかった。

 「だめだ……。トイレには……いない……」
 「お、お店にもいませんでした」
 「うーん……。他に……雪乃が……行きそうな……場所と……いえば……」
 「誰かに聞いてみませんか? 雪乃ちゃんの姿を見た人がいるかもしれませんっ!」
 「そうか……、そうだな……! じゃあ……店の人に……。いや……、こういうことを……聞くなら……警備員けいびいんさん……かな……?」
 「確か、1階の入り口付近ふきんに、ずっと立ってる警備員さんがいたはずですっ! その人に聞いてみましょうっ」
 「よし……、そうしよう……! 案外あんがい……たよりに……なるな……お前……!」
 「へっ? い、いや、わたしも雪乃ちゃんが心配ですしっ」
 「うん……、おれも……心配だ……! 急ごうっ……!」
 
 そう言って、風太が二歩、三歩と走りだそうとした瞬間しゅんかん

 ぐきっ!!
 
 「わっあっ、うわぁっ!!」
 
 右足をひねった。
 風太はバランスをくずし、盛大せいだいに前方へとすっ転んでしまった。長い黒髪はバサッと広がり、花柄ワンピースのスカートがふわりと舞う。
 
 「ふ、風太くんっ!?」
 
 すかさず、美晴は転んだ風太のそばにけよった。

 「痛てて……」
 「だ、大丈夫ですかっ!?」
 
 風太は正座せいざを横に崩したような体勢で床にペタンと座り、すぐに右足の様子を確認した。
 ……ひざを少しりむいたが、目立つような外傷がいしょうはない。捻った痛みも、それほどひどくはない。しかし、すぐに立ち上がることはできなかった。

 (あぁ、足がだるい……。こんなにつかれがまってたのか)

 気持ちは前に進んでいるのに、体がついていかない。インドアで運動うんどう不足ぶそくな少女の細い足は、もう限界だった。
 
 (くそっ……! この美晴の体、弱すぎるって……!)
 
 風太が女の体に絶望ぜつぼうしていると、男の体の美晴が、風太の目の前で背を向けてしゃがんだ。そして、大声おおごえで叫んだ。

 「せ、背中せなかに乗ってくださいっ! わたしがあなたを、おんぶしますっ!」
 「は……?」
 
 イラッ。
 風太は気合きあい根性こんじょうで立ち上がると、美晴の横にしゃがんだ。そしてありったけの力を込めて、腹立はらだたしいそいつの左耳を、千切ちぎれそうなほどに引っ張った。

 「きゃああああっ!! い、痛いですーっ!!」
 「調子に……乗るなっ……!! バカっ……!!」

 風太は手を放し、さらなる気合と根性で前へ歩き出した。
 
 「はぁ……。ほら、いくぞ……」
 「風太くんっ! わ、わたしは真剣しんけんに言ってるんですっ!」
 「女のくせに……男のおれを……おんぶしようと……するな……。そういうこと……やりたいなら……、べつやつに……やれ」
 「で、でもっ! わたしの体だと、もう限界のハズですっ!」
 「美晴の……体……だけど……、心まで……美晴になったつもりは……ない……! おれは……歩くぞ……!」
 「む、無理しないでっ」
 「無理してでも歩くんだよっ……! おれは……男だからっ……!」
 「……!」

 弱さを見せたくなかった。風太は、自分の足で雪乃をむかえにいくことをのぞんだ。

 「それと……、あと……もう一つ……!」
 「えっ?」
 「もし……おれを……おんぶ……したら……。今……おれを……背負せおったら……、お前……つぞ……。絶対……」
 「えぇっ!?」
 「やめとけ……よ……。こんなところで……勃ったら……恥ずかしいぞ……。お前も……おれも……」
 「勃、勃ちませんっ! ふ、風太くん、そういうこと言わないでくださいっ!!」
 「じゃあ……、もう……おれの……心配は……しなくて……いいからな……。行くぞ……!」
 「はいっ……!」
 
 二人はふたたび、1階の警備員けいびいんがいる場所を目指して歩きだした。

 * *

 これより、一時間ほど前のこと。

 「~♪」

 雪乃は、風太と美晴がいる場所からかなり離れた、ショッピングモール1階の入り口の近くにあるトイレから出てきた。空いている女子トイレの個室を探しているうちに、こんなところまで来てしまったのだ。

 「ふぅ。早く戻らないとっ」
 
 雪乃は、二人が待つ場所へとダッシュで向かっていた。
 しかし、1階の家電かでん量販店りょうはんてんの前を通り過ぎたあたりで、一人の青年せいねんに呼び止められた。小太りで身長が低く、リュックサックを背負っている青年だ。
 
 「あっ、ちょっと」
 「ふぇっ? わたし?」
 「そう。きみ、ちょっといいかな?」
 「すいませんっ。わたし、急いでるからっ」
 「あれ……? 君、月野内小学校の子でしょ?」
 「えっ? そうですけど……」
 「6年2組に、『牟田ムタ』っていう男子がいるの知らない? ぼくねぇ、その子のお兄さんなんだよ」
 「わたし、6年1組だから、となりのクラスの男子はあんまり知らない」
 「へー。でも、これも何かのえんじゃない? ということでさ、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
 「でも、わたし……」
 「大丈夫、大丈夫。そんなに時間かからないから、ね? 君のお友達のお兄さんだよ? 僕だからいいよね? ね?」
 「わ、分かりました……」
 
 なか強引ごういんに、ムタくんのお兄さんと名乗る青年は、雪乃を家電量販店の中へと連れていった。

 *

 「ほら、ここだよ」

 ムタくんのお兄さんは、雪乃を量販店の中にあるマッサージチェアやルームランナーが体験できる場所へと案内した。
 
 「わたし、何をすればいいの?」
 「いやあ、僕は大学だいがく映像えいぞう研究けんきゅうをしていてね。僕が大学で作ったおもしろ動画を、君に評価してほしいんだ」
 「え? それだけ?」
 「そうだよ。しかも、協力してくれるなら、スペシャルキャンディを君にプレゼントしちゃうよ」
 
 ムタくんのお兄さんは、リュックサックからキャンディが10個ほど入っている透明とうめいなラッピングを取り出した。ハート型のキャンディが、一つ一つ袋に小分こわけにされている。
 誰にも守られていない無防備むぼうびな雪乃は、キャンディにあっさりられた。
 
 「わぁー! キャンディだー! 協力しまーすっ!」
 「はい、プレゼントだよ」
 「わーいっ!」
 
 雪乃はそれを受け取ると、自分のポケットにしまった。
 
 「じゃあ、このタブレットで動画を見てね。そうだなぁ……そこに座ってよ」
 
 ムタくんのお兄さんが指定した場所は、乗馬じょうばマシンだった。
 
 「えっ? そこ……ですか?」
 「まぁ、どこでもいいんだけどさ。座って見るなら、そこがいいかな、と思ってさ。本当、どこでもいいんだけどね。いや、座るならちょうどいいよね? そこのほうが見やすいでしょ? 僕はそう思うなぁ。ね? 思うよね?」
 「わ、分かりました……」
 
 雪乃は乗馬マシンにまたがり、ムタくんのお兄さんから白いタブレットを受け取った。
 「おもしろ実験室」というタイトルの動画が再生されている。映像の研究をしているというのは本当らしく、好奇心こうきしん旺盛おうせいな雪乃はそれに魅入みいってしまった。

 「……」

 タブレットの画面をじっと見つめて、集中していた。乗馬マシンがひそかに作動さどうしていても、気にならないぐらいに。

 「むふふ。いやぁ、本当に協力してくれてありがとね。6年1組、春日井かすがい雪乃ユキノちゃん……」
 
 そうつぶやき、ムタくんのお兄さんはスマートフォンのカメラアプリをこっそり起動した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

課外調教

BL / 連載中 24h.ポイント:1,001pt お気に入り:16

【完結】結婚しないと 言われました 婚約破棄でございますね

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,158pt お気に入り:2,599

淫獄の玩具箱

BL / 連載中 24h.ポイント:3,217pt お気に入り:38

続・拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,364pt お気に入り:9,839

脱ぎたがりの少女

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:25

幼馴染が悪魔に憑依され

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:313pt お気に入り:0

【羞恥】全身VR高額モニターに応募した巨乳フリーライター桃香

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:44

処理中です...