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みはるねえさん

美晴vsワイバーン

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 「おらっ! 白パンツ死ねっ!!」
 「だっ……黙れっ……!」

 ワイバーン少年は、片手でブンッと乱暴らんぼうに木の棒を振り回した。
 風太の頭の中には、それを避けなければならないという意識があったものの、体の方が言うことを聞かない。内股でモジモジしながら、せまり来るそれを見ていることしかできなかった。

 ドゴッ!
 
 「うぅっ……!」
 
 直撃ちょくげきした。当たったのは腹だ。
 表情は歪み、全身から嫌な汗がぶわっと吹き出す。痛みによって、さらに身体は動かなくなっていく。
 
 「いっ、痛ってぇ……!」
 「こんなもんじゃねぇぞ! おらっ! おらぁっ!」 
 
 ドゴッ! ドスッ! ドカッ!

 ワイバーン少年はさらに追い打ちをかけ、最後に木の棒のフルスイングで、身動きのとれない風太を叩き潰した。風太は回避も反撃もできずに全ての攻撃をモロに喰らい、地面に背中を打ち付けて倒れてしまった。
 
 「ぐっ……!」

 (ダメだ。もう体がついてこない……。痛みとだるさで、力も入らない……)
 
 痛覚つうかくによる涙より先に、連戦れんせんによる疲労がどっと溢れてきた。腕や脚は動こうとせず、仰向あおむけのまま辛うじて呼吸だけを続けている。
 ワイバーン少年はそんな風太のそばへと歩み寄り、手に持った木の棒で、様子を確かめるように何度かつついた。
 
 「はぁ、はぁ……。思い知ったか! 雑魚ざこ女っ!」
 「……」
 「へへっ、もう動けないみたいだな。こりゃチャンスだぜ」
 「な……何を……」
 「パンツなんか気にしてるからこうなるんだよ、バーカ」

 ワイバーンはそう言うと地面にしゃがみ込み、『美晴フウタ』がはいているプリーツスカートを思い切りめくり上げた。

 「あっ……!」

 当然、スカートの奥にあるのはパンツだ。正面に桃色ももいろのリボンがついた白いパンツが、あらわになった。『美晴』はすぐに隠そうとしたが、腕も足も重く、太ももがピクリと反応した程度で、何の抵抗もできていない。
 男の悔しさと女の恥ずかしさの感情が入り混じって、『美晴』の顔は真っ赤になっている。
 
 「やぁっ、やめ……ろ……!」
 「このまま放置して帰ってもいいんだけどよ」
 「ふざけんなっ……!」
 「敗者のくせに、まだ調子に乗ってるな。よし、パンツ脱がすか」
 「なっ……!?」

 絶体ぜったい絶命ぜつめいだ。

 (ま、まずいっ……! それだけは阻止そししないとっ!)
 
 しかし、体はまだ動かない。
 ワイバーン少年は、『美晴』のまたを無理やり広げさせ、視線をパンツにロックオンしている。

 (このっ……動けっ……! 美晴の脚っ……!)
 
 少し、足首が動いた。ワイバーンはそれに気がついていない。

 (よしっ……! いけっ……!)

 少しずつ。
 
 (もう少し頑張れっ……! 守るんだっ……!)

 少しずつ。
 
 (藤丸のことを思い出せっ……! やられた分やり返すって、言っただろっ……!)

 脚が動く。
 
 (このケンカ、『負け』はダメだろうがっ!!)

 ワイバーン少年が、ゆっくりとパンツのゴムに指をかけたその瞬間……。動かないハズの両膝りょうひざが、曲がった。

 「うおおおぉらああああああっ!!!」
 
 メキメキッ!!
 
 風太の渾身こんしんの両足蹴りが、ワイバーン少年の顔面に入った。さらに膝の屈伸くっしんを上手く利用し、少年をそのまま蹴り飛ばした。

 「おぶへぇっ!?!」

 少年はちゅうに浮き、後ろへ吹っ飛んだあと尻もちをつき、そのまま背中から砂だらけの地面へ落ちた。顔は綺麗に蹴り潰され、少年の視界はしばらくの間回復しなかった。
 
 *

 「痛てててっ……! この雑魚女がぁっ……!!」
 
 やっとのことで立ち上がると、ワイバーン少年はヒリヒリする顔を押さえながら、片目で目の前の状況を確認した。……しかし、さっきの女はそこにいる。
 
 「おう……少年。まだ……元気……か……?」
 「てめぇ、許さねぇからなっ!」
 「悪いけど……こっちも……武器ぶき……使うぞ……」
 「はぁ? 武器? 武器って、お前それ……」
 
 女は、本が数冊入った布製ぬのせいの手提げ袋を持っていた。重そうに両手でそれを持ちながら、一歩ずつふらふらとこちらへ近づいている。
 
 「はぁ……はぁ……。固くて……重い……本が……五冊も入った……袋だ」
 「な、なにするつもりなんだっ!?」
 「決まってるだろ……。脳天のうてん……直撃ちょくげきだ……! 喰らえ……!」
 「バカっ! 白パンツっ! やめろっ!」
 「へへっ……。本……借りておいて……よかったぜ……!」

 女はニヤリと笑うと、重たい手提げ袋を大きく振りかぶった。

 「トドメだっ……!! いけっ……!!」

 * *

 図書館のそばの広場。真ん中に噴水ふんすいがあり、その周辺にはベンチが設置せっちされている。

 「みはる……ねえさん……」
 
 南側のベンチでは、幼稚園児ぐらいの女の子が、横になって静かに寝息ねいきを立てていた。
 日は沈み、街灯がいとうの光が彼女をぼんやりと照らしている。子どもはもうお家に帰るべき時間なのだが、その子にはそこにいなければならない理由があった。

 「よいしょっ……と」
 
 誰かがとなりに座った。
 女の子はその音で目を覚まし、隣に座った人物を寝ぼけた顔でそっと見上げた。
 
 「あっ……」
 「藤丸ちゃん……。おはよう……」
 「ママ……?」
 「ま、ママじゃないっ……!!」

 藤丸のママではなかった。
 
 「みはる……ねえさん……?」
 「本当は……それも……違うけど……」
 「みはるねえさんっ!!」
 「おう……。藤丸ちゃん……」
 
 藤丸は飛び起き、あわてて座り直した。頭の中のあやふやな記憶が、徐々にハッキリとしていく。藤丸は周囲をキョロキョロと見回した後、「みはるねえさん」の体を上から下までじっくりと見た。
 
 「だっ、どっ、ねえさん、あの、どっ」
 「落ち着け……」
 「どうなりましたかっ!?」
 「こうなったよ……。あいつら5人……まとめて……」
 
 風太は自慢じまんげに、へし折れた木の棒を藤丸に見せた。
 ……ここで、藤丸には「やったんですね! さすが、みはるねえさんっ!」と言ってもらうつもりだったが、風太の予想は外れた。

 「なっ、なんですかっ!? どうなりましたかっ!?」
 (伝わってない!? 今ので伝わらなかったのか……?)

 カッコつけるのをやめて、改めて藤丸には言葉で伝えることにした。
 
 「やっつけたよ……あいつら全員……」
 「ほ、ほんとですかっ!?」
 「おれが……じゃなくて、わたしが……あんなやつらに……負けるわけ……ない……だ……でしょ?」
 「……!」

 藤丸は、一瞬だけ固まった。
 そして彼女は、胸に熱い物がこみ上げてくるのを感じていた。言いたいことはたくさんあったが、全ての感情を一言に込めることにした。
 
 「あ、あのっ! みはるねえさんっ!」
 「ん……?」
 「あれも、これも、ぜんぶっ、ありがとうございましたっ!!」 
 「へへっ……。気にしなくて……いいって……」
 「まる、みはるねえさんみたいに、つよくてかっこいいおねぇちゃんになりますっ!!」
 「ああ……。応援おうえんするよ……」
 
 しかし、藤丸の感情はありがとうの一言におさまりきらなかった。あふれ出た感謝の気持ちが、藤丸をさらに突き動かす。

 「そして、これは……まるの『おれいのきもち』ですっ!」
 「えっ……? 何だ……?」
 「う、うけとってくださいっ!」
 「は……? はぁ……!?」

 藤丸は目を閉じて、顔を近づけてきた。
 ……完全にねらわれている。藤丸が何をしようとしているかは、『美晴フウタ』もすぐに分かった。
 
 「まさか、くちびるっ……!? うわっ! ま、待てっ……!」
 「んー……」
 「止まれっ! おい藤丸っ……!!」
 「んー……。んー……」
 
 この幼子おさなごの唇を、「おれいのきもち」として奪う勇気は、風太にはなかった。覚悟もしてないし、責任も取れない。
 しかし、ぷるぷるした藤丸のくちびるは、もうその気になっている。必死に体を押さえつけても、藤丸の勢いは止まらない。そして、ついに……。

 「ちゅっ♡」

 その行為こういは、風太の想像していたものとは、少し違った。
 ほっぺたから唇が離れると、藤丸はゆっくりと目を開けた。

 「えへへ。みはるねえさんに、ちゅーしちゃった」
 「えっ、あっ……? ほ、ほっぺた……? 口じゃなくて……?」
 「みはるねえさんの、ほっぺ♡」
 「い、いやっ……! ほっぺたでも……ダメだろっ……! どこで……こんなの……覚えたんだっ……!」
 「えっ? ちゅーなんて、ママやパパにもしますし……。ほいくえんのみんなも、ふつうにやってますよ」
 「保育園……!? そ……それは……男にも……か……?」
 「まるは、おんなのこにしかやったことないですけど、『すきなこどうし』では、おとこのことおんなのこで、ちゅーしてるみたいですね」
 「だ……だから……、そういうこと……だよっ……!」
 「えっ? どういうこと?」

 風太があわてている理由は、藤丸には伝わらなかった。

 「と、とにかく……! キス……つまり……ちゅーは……そんな簡単に……しちゃ……ダメっ!」
 「パパとママにも?」
 「それだけは……OK。たくさん……甘えればいい……」
 「じゃあ、『おれいのきもち』は?」
 「言葉で……伝えろ………! あと……、おれ……わたし……には……もう……いらない……からなっ!」
 「はーいっ。わかりましたっ!」
 「じゃあ……もう……そろそろ……お家に帰れ……! 真っ暗に……なる前に……」
 「うんっ! バイバイ、みはるねえさんっ!」
 「お……おう……。バイバイ……」
 「じゃあ、さよならのちゅーを」
 「だから、そういうのを……やめろってば……!!」
 「えへへっ」

 藤丸は、にっこり笑顔で自分の家の方へと駆けていった。

 * *

 「ふぅ……」
 
 藤丸を明るく見送る。
 しかしもう、全身はボロボロだった。のたうち回りたくなるような痛みと疲労をこらえながら、風太はそっとベンチに腰を降ろした。もちろん、もうスカートにシワを付けるようなヘマはしない。

 (かなり遅い時間だ……。美晴のお母さん、もう家に帰ってきてるよな)
 
 帰りたくても帰れない。重たい手提げ袋を持って家まで歩くには、もう少し体力が必要だ。
 
 (少し休もう……)
 
 風太は全身の力を抜いて休憩きゅうけいしながら、ぼんやりと空を見上げた。
 
 ――月が出ている。

 「月、見える?」
 「あぁ……。うん……」
 
 聞かれた質問に対して、答えを言った。
 
 「隣、座っていい?」
 「いいよ……」
 
 また答えを言った。
 
 「わたしが誰だか分かる?」
 「さぁ……」
 
 今度は答えられなかった。
 答えを知りたくて、風太は自分の隣に座ってる人物の方へと、顔を向けた。

 「こんばんは、美晴ちゃん」
 「なっ……!?」
 「もう一度聞こうかな。わたしが誰だか分かる?」

 
 「蘇夜花ソヨカっ……!」
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