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風太vs美晴
『美晴』vs『風太』
しおりを挟む「お前……、知ってた……のか……?」
「……」
バツの悪そうな顔をして、視線をそらすだけ。美晴からの反論はないし、弁解もない。困惑しながらも、風太はジリジリと真相に近づこうとした。
「え……? なんだよ……それ……。待て……よ……、お前……」
「い、いえっ」
「お前の……代わりに……おれが……酷い目にあってる……のに、お前は……それを……ただ黙って……見てた……のか……?」
「風太くん、違うんですっ」
「何が違うんだっ……!! 説明しろよっ……!!」
「ひっ……!」
少女の血走った眼に、少年は震え上がった。迂闊な事を口走ったりすれば、後はもう暴力しかないぞと恫喝しているような、生きた瞳だ。
恐怖に耐えかね、美晴は日和ったことを言い出した。
「お、お願いっ。怒らないで。誤解なのっ」
「だから……何が……誤解なんだ……! 早く……言えよ……!」
「しっ、知らないのっ! わたしは、蘇夜花ちゃんと奈好菜ちゃんが界くんたちから、エアガンを受け取るところを見ただけっ!」
「その……蘇夜花に……いじめられてるのは……誰か……、知ってる……だろ……? あいつが……そんな物を……持ったら……、誰を……撃つか……ぐらい……分からなかった……か……?」
「そ、それは……」
分かっていたし、『刑』に使われるものだということも知っていた。都合の良い咄嗟のウソすら出てこず、美晴は言葉に詰まり、黙り込んでしまった。
そんな美晴を前にしても、風太はまだ冷静に、質問を続けようとしている。
「それで、お前は……その後……何をしたんだ……?」
「えっ……?」
「おれを……助けようと……してくれたか……? その……おれの体なら……何か……行動は……できた……ハズだろ……」
「……」
「イジメを……止めようと……して……くれたのか……? 蘇夜花たちの……前に……飛び出したり……とか……」
「む、無理ですっ! 向こうは人数も多いですし、ぶ、武器も持ってましたからっ!」
「誰かを……呼びに行ってくれた……か? 近くに……先生の一人や二人……いたハズだろ……」
「ちっ、近くには、先生はいませんでしたっ! その時は気付きませんでしたけど、今考えるとあの時間は、しょ、職員会議だったのかもっ!」
「じゃあ、どうしたんだ……? お前は……結局……」
「か、帰り……ました……」
震える声で、美晴は自分がどうしたかを正直に言った。その言葉は、風太の耳にもしっかりと届いた。
(こいつは帰ったんだ。イジメを見て、何もせず。しかも、まったく知らない誰かのイジメじゃない。自分を、自分の姿になったおれを、こいつは……!)
様々な考えや想いが、風太の中では巡っている。
戸木田美晴は、暗くて臆病で、時々女々しすぎて気持ち悪いが、誰よりも強く優しく、時々頼りになる女の子だ。そう確信して、口では「嫌いだ」と言いながらも、まだ心のどこかで、美晴を信頼していた。優しい彼女を信頼しているからこそ、ついさっきまでは『バニーガール』の一件すらなかったことにして、どうにか和解をしようと決めたのだ。
しかし、それも根底から覆されてしまった。
美晴は弱いし、頼りにもならない。美晴の優しさだと思っていたものは、ただの自己満足や罪滅ぼしだった。それどころか、美晴にとって二瀬風太とは、「都合良く扱える肉体提供者」、だったのかもしれない。
考えはまとまらないが、美晴への信頼は無くなった。
「ふぅ……」
風太は喉元を伝う汗をタオルで拭き、唾をゴクリと飲んだ。周囲の音はどんどん小さくなり、ドクンドクンと高鳴る鼓動だけを残して静かになっていく。
(そうだ、忘れてた……。今の美晴は、今のおれなんか簡単に切り捨てられるってことを)
「でも、あのっ、聞いてっ! わ、わたしっ、すごく怖かったのっ! 蘇夜花ちゃんたちに関わったら、また、いじめられるんじゃないかって! どうすることもできなくてっ!」
何もしなかった奴が、何か言っている。おそらくそれも、ただの自己満足だろう。聞く気はないし、返す言葉もない。
「だから、そのっ、本当にごめんなさいっ!! 風太くんっ!!」
そいつは、必死に頭を下げた。風太にとっては、その頭すら「おれ」のものなので、「おれ」が美晴の代わりに謝っているようにしか見えなかった。
(ちょうどいい高さだな。蹴りを当てるには)
風太は布団から脚を抜いて立ち上がり、スッと、しなやかに、ためらうことなく、一撃を放った。
ドシュッ。
「えっ……?」
右脚での上段蹴り。風太の蹴りは、美晴の頭にヒットし、そのまま遠くへ蹴り飛ばした。
「きゃあっ!!!」
男子の声で女子の悲鳴を上げ、部屋の床にドタッと倒れ込む美晴。痛みに耐えながら、美晴が見上げた先には、鏡ですら見せたことのない怒りの表情をした「わたし」が、立ちはだかっていた。
「立て……」
「ふ、風太くん……?」
「ケリを……つけよう……。お前は……おれの……敵だ……!!」
*
戸木田家が、風太と美晴により修羅場になろうとしているころ。二瀬家には、風太と遊ぶつもりでやってきた雪乃が到着した。
「わーっ! 風太くんママだーっ!」
「そうよー! 風太くんママよーっ!」
風太の友達(雪乃)と風太の母親(守利)が出会った。守利はガーデニング作業中の手を一旦休め、駆け寄ってきた雪乃をぎゅっと抱きかかえた。
「すごーいっ! 風太くんママ、ちからもちーっ!」
「あっはっは、私のパワーすごいでしょ? この腕で、門助さん(風太の父親)も、ライくん(風太の兄)も、フウくん(風太)も、支えてきたんだからーっ!」
二人は仲良くくるくると回った後、元の位置に着地した。
「ふぅ。久しぶりね、ユキちゃん。会いたかったわ。一緒に暮らしてる、おじいちゃん、おばあちゃん、お母さんは元気?」
「うんっ! みんな、とっても元気だよっ! わたしのママは、『風太くんのママによろしくね』って言ってた!」
「それはよかったわ。ユキちゃん家に何かあったら、我が家の男三人が、いつでも力になるからね」
「えへへ。特に風太くんのことは、すっごく頼りにしてまーすっ!」
「それで……今日はその『風太くん』に、何か御用?」
「はいっ! 一緒に遊ぼうと思ってっ!」
「それがねぇ。あの子、朝からどっか行っちゃったのよ」
「ええーっ!? どこに行っちゃったのっ!?」
「さぁ……。『友達の家に行く』としか言ってなかったから、ケンくん(健也のこと)の家か、それとも……」
「それとも?」
「うーん……。最近仲良しの、ミハちゃんの家かも……」
「ミハちゃん!? もしかして、美晴ちゃんのこと!?」
「あら、ユキちゃんはミハちゃんのこと、知ってるの?」
「あ、あのっ、風太くんは、み、美晴ちゃんと、よく遊んでるのっ!? ふ、二人きりでっ!?」
「あらら……?」
突然だ。美晴の名前を出した途端に、雪乃はガブガブと食いついてきた。
雪乃のあまりの慌てように、「あー、そういうことね……」と、守利は心の中でグフグフ笑った。このお節介おばさんにとって、そういう人間関係は大好物なのだ。
「み、美晴ちゃんはお友達だし、二人が仲良くなるのは嬉しいことなんだけど、でも、あんまり仲良くなりすぎちゃうと、やっぱり風太くんも男の子なわけだし、うーん、なんていうか、その、困るよぉ……」
「ふーん、なかなか複雑な関係なのね。まぁ、それでも……」
頭を抱えて悩む雪乃のそばに、守利はそっとしゃがんだ。二人の目線は、しっかりと合う高さにある。
「無いわよ。ユキちゃんが心配してるようなことは」
「えっ……?」
「無い」と、目の前でキッパリ断言され、雪乃は戸惑っている。
「『今は』、だけどね」
「どうしてそう思うの? 風太くんママ」
「確かに、ミハちゃんもユキちゃんと同じくらい魅力的よ。でも、問題なのはフウくんの方でね」
「風太くんの、何が問題なの?」
「あの子、寂しがりのクセに不器用でカッコつけだから。自分ではしっかりしてると思ってるみたいだけど、頭の中はまだまだ子供よ。そう思わない?」
「そう言われれば、そうかも」
「でしょう? だから、あなたがフウくんを頼りにする気持ち以上に、フウくんはあなたに頼られたいと思ってるわ。むしろ、『おれは雪乃に頼られなきゃダメなんだ』ぐらい、思ってるかも」
「そうなんだぁ……! えへへっ」
「というわけだから、情けないフウくんのことを、これからもよろしく頼むわ。雪乃お姉ちゃん」
「はーいっ! わたしに任せてっ!」
その後雪乃は、来た時よりも大きな声で元気よく、守利に別れのあいさつをした。そして、出会うことができなかった風太を探しには行かずに、自宅へと帰って行った。足取りは軽く、表情には不安の欠片もない。
そんな雪乃の背中を見送りながら、守利は微笑み、作業途中だったガーデニングを再開した。
「……さて、フウくんはこれからどうするのかしらね。悲しい結末にだけは、ならないといいけど」
*
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! わたしが間違ってたからっ! 今度はちゃんと、風太くんを助けに行くから、もうやめてぇっ!」
「謝るのは……もういいよ……。蘇夜花たちなんかに……いじめられるような……やつが……誰かを助けられるわけ……なかったんだ……! 自分さえ傷つかなければ……それでいいんだろ……、お前は……!」
少女は「敵」を追い詰め、その小さな拳を振るい、少年は部屋の隅へと逃げながら、その大きな腕で防御する。あべこべな光景ではあるが、当の本人たちは真剣だった。
「はぁ、はぁ、お前も……やり返せ……よ……。これ……ケンカだぞ……? 分かってるのか……?」
「い、嫌っ! わたし、風太くんとケンカなんてしたくないっ!」
「そうか……。じゃあ、くたばって……動けなくなる……まで……そうしてろっ……!」
その刹那、今度は右脚の蹴りが飛んできた。
藤丸を守り、キモムタを仕留めた、あの必殺キックが、美晴へと向けられる。経験値を積んでいるその一撃は、動きに無駄がなく精錬されていた。
「きゃあっ!!」
防御は間に合わない。
美晴は頭部を守りながら、咄嗟にベッドに飛び込むことで、緊急回避した。
「はぁ、はぁ……はぁっ……」
「さっきから……ずっと……逃げてるだけ……。仮にも……男なのに……情けないな……」
「風太くん、まさか本気で、わたしを……?」
「当たり前だろ……! 本気じゃないと……『風太』には……勝てないんだから……!」
「『風太』? ど、どういう意味ですか?」
「ああ……。相手が……美晴じゃなくて……、『風太』だと……思えば……手加減はいらない……。男が相手なら……、おれも……全力が……出せる……。ここには……雪乃も……いないしな……」
「そ、そんなのっ、おかしいですっ! わたしはっ」
「もういい……。このケンカが……おれたちの最期……だから……。いい加減に……お前も……覚悟……決めろよ……」
「わたしの、かっ、覚悟?」
「おれと……『美晴』を……ここで倒して……、踏み超えていく……覚悟だ……!!」
「……!!」
飛びかかった勢いに任せ、風太はベッドの上の美晴に、全身で突進した。華奢な肉体でのタックルだ。
それに対して美晴のとった行動は、体がなるべく小さくなるようにうずくまり、柔らかい布団の中に隠れる、というものだった。
ボフンッ。
「はぁ、はぁ、なんだよそれ……! ふざけてるのか……!?」
「きゃあああっ! お願いします、やめてくださいっ! あなたの病気だって、まだ治ってないんですよっ!?」
「この風邪は……ハンデだ……。ケンカもできない……お前が……、おれに勝つための……な……!」
「勝つとか負けるとか、そんなの嫌ですっ! わたしは、ただ、風太くんに憧れてっ!」
「黙れっ……! お前の……ウソには……もう騙されないぞ……! ほら、布団から……出て来い、よっ……!!」
「あぁっ、痛いっ! 痛いですっ! 引っ張らないでっ」
胸ぐらをギュッと掴み、強引にねじり上げてやると、布団の中にいる美晴を引きずり出すことができた。もう逃がすまいと、胸ぐらを掴んでいる右手に入る力は、どんどん強くなっていく。
「く、くるしいっ……。風太、くん、やめてっ……!」
「苦しい……? こんな……細い腕に……掴まれたぐらいで……何言ってるんだ……! 熱湯をかけられる方が……、エアガンで撃たれる方が……、何倍も、何十倍も、苦しいんだぞっ……!!」
「ねっ、熱湯……? あの日、風太くんに、何がっ……?」
「言って聞かせるより……見せた方が早い……か……。ほら……、よく見ろよ……」
風太は、空いている左手でパジャマのボタンを乱暴に外し、美晴の目の前でその醜い裸体を晒した。当然そこには、美晴が知らない新しい傷もある。
「えっ……? な、何これ……」
「赤いのは……血豆だろうな……。そして……、そこの……剥がれた皮膚は……熱湯の水鉄砲だ……。ここなんか……服の繊維とくっついてたから……痛いなんてものじゃなかったぞ……!」
「そ、そんなっ、わたしの体がっ……」
「ああ……! この顔も、この声も、腕も胸も脚も全部っ、すぐに……まとめて……返してやる……! これは……お前の体……だからな……! おれは……絶対に……元の体に……戻るっ……!」
「ひぃっ……!」
「はぁ、はぁっ、ゲホ、ゴホッ!」
やっと、言いたいことを言えた。見せてやりたいものを見せてやれた。それに満足して、風太はパジャマのボタンを閉めようとしたが、最後の一つを留めようとした瞬間、思いがけない一撃をもらってしまった。
「嫌っ!! 嫌あああぁっ!!!」
ドンッ!!
「わっ……!? な、うわぁっ……!!」
あまりの衝撃的な現実を見せられ、美晴は錯乱し、風太を両手で突き飛ばしてしまった。まるで、嫌いなものを遠ざける小さな子供のように。
男子の凄まじい力によって、女子の軽い肉体である風太は吹っ飛び、ベッドから落ちてゴロンと後転した後、うつ伏せで顔面を床につけたまま動かなくなった。
「あっ、ああっ……!! ふ、風太くんっ!!?」
美晴は慌てた。
「ごめんなさいっ、大丈夫っ!?」
おそらく、風太は頭を打っている。
「どうしようっ! わたし、そういうつもりじゃなくてっ……!」
ベッドから降りて、美晴は風太に駆けよろうとした。
が……。
「……」
美晴がベッドから降りるより先に、スッと、風太の右手が動いた。無事かどうかは分からないが、意識はあるようだ。続いて左手もゆっくりと動き、立ち上がろうとする体を支えている。
「だっ、大丈夫……? 風太くん……?」
「……」
恐る恐る声をかけてみるも、返事はない。様子を伺うべく、美晴は風太の顔を覗き込もうとしたが、長い黒髪がホラー映画の幽霊のように垂れ、顔を覆っているので、まだ分からない。
そして、風太がやっとのことでフラリと立ち上がった時に、ようやく二人は目を合わせることができた。
「はぁ……、はぁ……」
「ひぃっ、きゃああああっ!!」
美晴は戦慄した。瞳孔が完全に開き、思わず両手が口を塞いだ。
「ふ、風太くん、それっ……!」
指を差す。ガクガクと震えた指の先には、幽霊や妖怪の類ではなく、ちゃんと風太がいる。
……額から赤い血を流した風太が。
「へへっ、本気の……ケンカだから……な……。血ぐらい……出るさ……。いい……反撃をもらった……から、こっちも……頭の中が……スッキリしたぞ……」
「もうやめてっ……!」
「続き……やろうぜ……! おれと……お前の……人生を賭けてっ……!」
応援ありがとうございます!
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