おれはお前なんかになりたくなかった

ボクとおれ……じゃなくて、わたし

くまさんパンツ

　＊

　一方の安樹アンジュは、風太とは別のルートであるメダルゲームエリアを進みながら、ゲームセンターの店員を探していた。万まんが一いち、殴り合いなどが始まってしまった場合に、すぐに仲裁ちゅうさいをしてもらうためだ。

　「すみません、店員さんっ！」
　「むう？　うーん、なんだ男の子か」

　安樹は、身長が低くて小太りの店員を発見した。
　
　「えっ？　いや、ボクは女ですけど……」
　「おほっ、お、女の子っ！？　この見た目でっ！？　も、もしかして、月野内小学校の生徒！？」
　「はい。そうですけど……？」
　「いやあ僕はね、6年2組のムタって子のお兄さんなんだよ。大学で映像の研究をしているんだけど、もしよかったら、君の動画とか撮らせてもらえないかな、なんてね。全然、あやしい撮影とかそういうのじゃないから」
　「な、何を言ってるんですか？　ケンカが起こりそうなんです！　とにかく、早く来てくださいっ！」
　「け、けけ、ケンカぁっ！？　無理だよ無理無理。僕はただのアルバイトだし」
　「いいから早くっ！　風太が危ないっ！」
　「うわぁっ！？」
　
　安樹は、嫌がる店員の腕を強引に引っ張りながら、風太の元へと駆け出した。

　＊

　そして、対峙たいじする『美晴フウタ』と園ソノ。

　「へぇ、友達なんだ。安樹とキモブスメガネは」
　「そうだ……。だから……、あいつを……馬鹿にする……ことは……、おれが……許さない……！　けど……！」
　「けど、何？」
　「告白のこと……。安樹は……お前を……恨うらんだり……してない……から、おれは……お前と……ケンカは……しない……」
　「アハハ、そりゃそうじゃん！　あの時、あーしはただ、安樹をフッただけ。安樹はただ、失恋しただけ。恨まれる筋合すじあいなんてないよ」
　「うん……」
　「むしろ、たかが失恋で不登校になるもんだから、あーしこそメーワクかけられたんだ。担任の先生は、失恋の原因を勘違いして、何度も何度も『いろいろな恋愛のかたち』とかいうDVDを見せやがるしさ。あーしは、安樹が異性いせいだったとしてもフッたのに」
　「……」
　「まぁ、でもケンカがしたいなら……3対1でよければ、やってあげてもいいけど？　ちょうど退屈たいくつしてたところだし」

　園がそう言うと、園の後ろにいる二人は、指をパキポキと鳴らしながら、風太の方へ近寄ちかよってきた。しかし風太は慌てず、右手のひらを出し、「ストップ」のジェスチャーをしながら、こう言い放った。

　「やめとけよ……。お前ら……三人……まとめてでも……、今の……おれには……勝てない……」
　「「は、はぁ……！？」」

　当然、煽あおられた方は怒った。殴り合いなんて全くできなさそうなキモブスメガネに、そんな生意気なまいきなことを言われたら、誰だって怒る。
　
　「小枝こえだが……三本集まったところで……、チェーンソーに……敵かなうはず……ないだろ……。一瞬で……バラバラ……だ……！」
　「「なっ、何だとこのブス……！！」」
　
　そんなに上手い挑発ちょうはつでもなかったが、園以外の二人の女は、ビキビキと血管を浮かせた。
　今にも激しくぶつかりそうな、一触即発いっしょくそくはつの事態。すると、そこへ……。

　「ダメっ！！　絶対にダメだよ、ケンカなんてっ！！　店員さん、早くみんなを止めてっ！！」
　「えぇー、いや、あの、僕の業務内容ぎょうむないようにはそういうのは含まれていないので……」

　風太の後方より、間あいだに割って入る存在が現れた。

　「安樹っ……！」
　「へぇ、また安樹に会えるなんてね」

　安樹と店員さんだ。あまりに騒がしく登場したので、クレーンゲームで遊んでいる周囲の子どもたちの注目を、無駄むだに集めてしまっている。
　
　「風太っ！　ボクはケンカはダメだって、言ったじゃないかっ！」
　「してないし……、するつもりもない……」
　「だったら何をするつもりっ！？　わざわざ園ちゃんの前まで戻ってきて、何をっ！？」
　「奪うばいに来たんだよ……！　あいつから……安樹おまえを……！」
　「な、ななっ、ななな、なにそれっ！？？　どういう意味っ！！？」

　ポーッと、頭から煙を吹きながら、真っ赤になる安樹。そして、ヘラヘラと笑いだす園。

　「アッハハハ、それ、本当にどういう意味？　お前も安樹と同じで、キモい感じの奴なの？」
　「もう一度言う……！　おれの……安樹だ……！　お前の……安樹じゃない……！」
　「いいよ、いいよ。なんだか知らないけど、安樹なんか欲しけりゃあげるよ。女同士のキモカップル、成立おめでとう」
　「違う……！！　まだ……安樹の中には……、あの日の……お前が……残ってる……！　『好きだった女』っていう……印象のまま……！　だから……、その……印象を……おれが……今から……塗り替えてやる……」
　「安樹の中の、あーしの印象を塗り替える？　どうやって？」
　「こうやって、さ……」

　風太はフッと笑うと、ポケットから謎のコントローラーを取り出した。そのラジオコントロールにより、秘密兵器は発進する。

　ブロロロロロロ……！！

　「なっ……！？　何か来るっ！！」
　
　周囲の注目が集まる中、それは驚くべき速度で飛来ひらいしてきた。風太は、見た目は女の子だが中身は男の子なので、こういうラジコンの操縦そうじゅうは手慣てなれている。

　「へ、ヘリコプター！！？」

　室内でも遊べる、小型ラジコンヘリ。さっき、風太と安樹がクレーンゲームで手に入れた景品だ。
　ヘリはみんなの腰ぐらいの高さを飛びながら、そのまま園へと向かって猛進もうしんし、そして……。

　「わっ！？　な、何！？　風かぜっ！？」
　「「「！！？」」」

　ふわっ。
　ヘリコプターは園の派手なミニスカートの中へと潜り込み、ヘリのプロペラによる旋風せんぷうが、そのミニスカートをふわりと舞い上げた。風太も、園の取り巻きの二人も、周りにいた子どもたちも、店員のお兄さんも、安樹も、その様子と共に、園のスカートの中をしっかりと確認した。

　「「「くまさんパンツだ！！！」」」
　　
　全員で叫んだ。

　「わっ、ああぁっ、きゃあーーーっ！！！」

　さっきまでのツンツンしたふてぶてしい態度たいどは消え、園は一気に女の子らしく真っ赤になった。慌ててくまさんパンツを隠す園のそばを、挑発するかのように、ヘリが飛び回っている。

　「こ、この、死ねっ！！　ころ、ころ、殺すっっ！！！」
　「くまさん……」「パンツ……」
　「なっ、何見てんの！！？　早く、あいつら殺して！！　あのキモブスメガネを、すぐに殺してきてっ！！！　早くっ！！！」

　床にへたり込む園に命令され、取り巻きの二人はドスドスと風太の方へと走り出した。風太はほどほどにヘリコプターで遊んだ後、手に持っていたコントローラーを、適当に観衆かんしゅうの中に投げ捨てた。

　「スカートの中……！　それが……女子の……最大の……弱点だ……！　そこを……見られる……恥ずかしさは……おれも……よく……知ってる……！」
　「馬鹿なこと言ってないで、急いで逃げるよ風太。これ以上は、ケンカになっちゃうから」
　「よし……行こう……！　安樹……、あいつの……印象……塗り替わったか……？」
　「フフッ。さっき見たパンツは、永久に忘れられないかな。あんなにうろたえる園ちゃんもね。ほら、こっちだよ」
　「おうっ……！」

　ゲームセンターに騒ぎを残したまま、風太と安樹は全速力ぜんそくりょくで大型ショッピングモール「メガロパ」から逃げ出した。

　＊　＊

　風太と安樹が去ってしまった後の、ゲームセンター。

　「むほほ。これ、面白いね。小型カメラを搭載とうさいして、こうやって女の子のスカートの中を狙えば、簡単にパンツの写真が……」
　「死ねっ！！　この盗撮とうさつデブ！！」　
　「ぎゃあっ！！」
　
　風太が捨てたコントローラーとヘリコプターは、店員のお兄さんが拾って、有効活用ゆうこうかつようしていた。しかしブチ切れた園は、容赦ようしゃなく彼の股間こかんに蹴りを入れた。

　「あいつら、絶対に許さない……！！」　
　
　＊　＊
　　
　所ところ変わって、美晴の家。

　「おれたちの……勝利に……」
　「ボクたちの勝利に」
　「「かんぱーい！！」」

　無事に逃げ帰った風太と安樹は、美晴の部屋で祝勝会しゅくしょうかいを始めていた。ポテチにクッキー、そしてグラスに注がれたシュワシュワなコーラは、帰り道に二人で買ったものだ。

　「うーん、おいしい！　勝利のコーラは格別かくべつだね。風太」
　「んくっ、んぐっ、ゲホッゲホッ！！　オゲホッ！！！」
　「うわぁ、大丈夫かい？　落ち着いて飲みなよ」
　「違う……。多分……この……美晴の体は……、炭酸たんさんジュースが……苦手なんだよ……。くそっ……」
　「ふむ、満足にジュースも飲めないのか。不便ふべんなことが多いんだね。体の入れ替わりっていうのは」
　「だから……、頼むぜ……。おれの体……元に……戻すのを……手伝ってくれ……」
　「もちろんだよ。ボクに任せて」
　
　安樹は風太の背中をさすりながら、「フフッ」と笑った。

　「そういえば、園ちゃんのあのパンツのこと、キミは知ってたの？　どこまでが作戦のうちだったの？」
　「いや……、あれは……たまたまだよ……。おれも……安樹も……悪口……言われっぱなしで……悔しかったから……、ちょっと……ヘリコプターで……イタズラ……してやろうと……思った……だけだ……」
　「なるほど。しかし、効果は絶大ぜつだいだったね」
　「でも……、もし……雪乃ユキノが……知ったら……怒るだろうな……。おれが……女子の……スカートをめくる……イタズラ……したなんて……」
　「雪乃、ねぇ。ふーん……。美晴の次は雪乃。キミの口から出る、女の子の名前」
　「なんだよ……。雪乃が……どうか……したのか……？」
　「……あ、そうだ。風太、疲れてない？　今日、いろいろあったもんね」
　「えっ……？　なんだよ……いきなり……。そりゃあ、美晴の体……だから……疲れやすいけど……」　
　「だよねっ！　じゃあ、そこのベッドで横になってよ。ボク、その……疲れを癒いやす方法を、知ってるんだ」
　「はぁ……？　今から……寝るのか……？　それなら……パジャマにでも……着替えてから……」
　「いいからっ！　そのまま、布団に入って、目をつぶる！　催眠状態さいみんじょうたいになって、体の疲れをとる療法なんだ」
　「う、うん……？」

　『美晴』は、言われた通りカーディガンを脱ぎ、花柄はながらのワンピースを着たまま、布団に入った。
　そして、スッと目を閉じると、風太は誰かが部屋の電気を消す「パチン」という音を聞いた。

　真まっ暗闇くらやみ。

　「最っ……高に、癒やしてあげるからね。風太……♡」　
　　
　次に風太の耳に聞こえてきたのは、「パサッ」という、誰かが衣服いふくを脱ぎ捨てる音だった。