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特別編 その2
イタズラ勘太と男女逆転催眠アプリ(後編)
しおりを挟む「オエッ……。重いっ! おれの上からどけよ、健也!」
「ダメだ。お前はもう逃さない……! 風太を、翔大を、みんなを元に戻せっ!」
「戻せ、だぁ? それができるのが、あのスマホだろうが。おい、緩美ぃ! それをおれに寄越せ。みんなを戻してやってもいいぞ」
「ダメだぞ、緩美。こいつの言うことは聞くな」
「う、うんっ。勘太くんには渡さないよ! 健也くんっ!」
緩美はスマホをぐっと握りしめ、健也の下敷きになっているそいつには絶対に渡すまいと、決意した。
「くそっ、緩美め……! 完全に、お前の忠実なシモベになってやがるな。健也」
「忠実なシモベじゃねぇ。緩美はおれの……友達だ」
「へへっ、そうかよ。それで、おれのスマホをどうする気だ? お前らに、あのアプリを使えるのか?」
「何だと……!? おい、緩美。あのアプリを開いてみてくれ」
「うんっ。ちょっと待って……」
緩美は勘太のスマホをスワイプし、『エロ画像その18』というフォルダの横にある、『催眠フォト』アプリをタップした。しかし、その画面に表示されたのは……。
「あぁっ! どうしよう、健也くんっ! パスワードが必要って書いてある!」
「ぱ、パスワード……!?」
「はーっはっは! 残念だったなあ、お二人さん! アルファベット五文字の、鉄壁ロックだ!」
「くっ! パスワードを言え、勘太!」
「や~~~~だヨ! さあ早くおれに渡せ! おれにしかそのアプリは使えねえんだよ!」
「アルファベット五文字……! 緩美、なんとか解除できないか?」
「そ、そうだねっ。例えば、勘太くんだから『KANTA』とか……?」
緩美は即座に『KANTA』を打ち込んだ。しかし、画面に表示されたのは『パスワードが違います!』。
「バ~~カ! そんな単純な言葉じゃねえよ! フフフ、気が済むまで試してもいいぜ?」
「……!」
「ほらほら、どうした健也? もう降参か? 惜しかったなあ」
「いや、分かった……。パスワード……」
「はぁ? ウソつけ。意地張って適当なこと言うなよ」
「パスワードは『言葉』だと、今お前は言ったよな? つまり、適当な文字の羅列じゃなくて、意味のある『単語』だ」
「そ、それがどうした」
「それと、お前は英語が特に苦手だったよな。ローマ字しか読めないし書けないって、前におれに話してただろ」
「だからなんだってんだよ……!」
「ローマ字で五文字。そして、お前が絶対に忘れないような、いつも頭の中にある単語と言えば……」
「げっ! ま、まさか、こいつ……!」
勘太のその反応で、健也は確信し、緩美をキリリとした真剣な眼差しで見つめた。
「緩美っ……!」
「健也くん? もしかして、パスワードが分かったの?」
「ああ。でも、あんまり……その、お前には言いたくないっていうか……」
「えっ!? い、言って! わたし、健也くんの言う通りにするからっ!」
「そ、そうだよな。みんなを助けるためだもんな……。じゃあ、パスワードを言うぞ」
「うんっ! お願いっ!」
「O、P、P、A、I……」
「おー、ぴー、ぴー……。えぇっ!? これって……!?」
「そ、それが……パスワードなんだ……!」
「う、うんっ……。こ、ここ、これは、パスワード……!」
緩美と健也は二人そろって赤面し、とても気まずい空気に包まれながら、緩美は黙々とパスワードを入力した。勘太だけはそんな空気など微塵も感じず、「畜生……! 健也がここまでやるとは……!」と、地面をドンと叩いて心底悔しがっていた。
ロック解除完了。
「開いたっ! 開いたよ、健也くんっ!」
「よし! アプリの使い方は
、どこかに書いてないか? みんなの催眠を解く方法を探してくれ、緩美」
「うんっ! 探してみる……!」
「ぐぬぬ……! 出来ればこんな手は使いたくなかったけど……仕方ない! 最後の手段だ……!」
もうすぐみんなが元に戻れる。それに、あの健也くんが自分を頼ってくれている。緩美は幸せな気持ちでいっぱいになり、期待に応えようと一生懸命スマホを操作した。その様子を見て、油断は禁物だと理解しながらも、健也も安堵の笑みを浮かべていた。
……しかし、まだ終わってはいない。勘太は奥の手を使うべく、スゥゥと大きく息を吸った。
「聞けぇいっ、緩美ぃっ!!! 去年の冬休みのことだぁっ!!!!」
「え……?」
突然、勘太が大声で叫んだ。すると、緩美の手はピタッと止まった。
「去年の冬休みっ!!! 男子と女子のみんなで学校に集まって、校庭で雪合戦大会をした日!!! みんなで盛り上がったなぁ、あの日は!!! おれも、緩美も、健也も参加していた!!!」
「雪合戦の日……?」
「その途中、緩美は1時間ほど雪合戦大会から抜けていた!!! 校庭にはいなかったよなぁ!!? その時、どこで何をやっていた!!? 言ってみろ!!!」
「寒いし疲れてたから、校舎の中に入って、教室で休んでたよ……。あと、その教室で、他のみんなの濡れたコートを干したりしてた」
「その通り!!! お前は、"6年1組の教室"で、"一人きり"で、"みんなのコート"を干してくれてたんだよなぁ!!!」
「そ、それがどうかしたの……?」
「フフフ……! おれ、実は『見ちゃった』んだよ。お前がそこで何をしていたか、本当のことを話してもいいか?」
「えっ……!!?」
緩美に戦慄が走った。一瞬で瞳孔は開き、顔は青ざめ、冷や汗までかいてしまっている。
健也はすぐに「勘太の話を聞くな! 緩美!」と叫んだが、その言葉が緩美に届くことはなかった。勘太はニヤニヤと怪しく笑いながら、少し落ち着いた口調に変えて、話を続けた。
「お前は教室に一人きりだったな、緩美。アレをするために」
「やめて……」
「お前がみんなのコートを預かって、教室で干していたのは事実。その中に……健也の赤いダウンコートがあったなぁ。そういえば」
「やめて……!」
「健也のコートのぬくもりはどうだった? 暖かかったか? 初めて袖を通した時、すごくドキドキしたんじゃないかぁ? んん?」
「やめてっ!!!!」
緩美は金切り声を上げた。唇は震えている。
健也はまだ頭にハテナを浮かべており、そばに立っている緩美を見て、自分の下にいる勘太を見て、もう一度緩美を見た。
「分からねえ……。さっきから、お前たちは何の話をしてるんだ? おれのコートがどうかしたのか?」
「ち、ちち、違うのっ!! 健也くん、それは違うのっ!! あの日はとても寒くて、たまたまそばにあったのが、健也くんのコートでっ……!!」
「ゆ、緩美……?? 大丈夫か? とにかく落ち着」
「ほっ、本当に、違うのっ!! そ、そういうつもりじゃないっ! わたしは……わたしはあの日……!」
しかし、何かを必死に弁解しようとしている緩美に、勘太が口を挟んだ。
「ウソだ! お前はわざわざ自分のコートを脱いで、健也のコートを着た!! 着る前にぎゅーっと抱きしめて、ほっぺたすりすりまでしてたよなぁ!!」
「やめてぇっ!!! それ以上言わないでぇ!!! わたし、その、違っ、うぅ……うわぁああーーーんっ!!」
緩美は言葉に詰まり、わんわんと泣き出してしまった。
健也は緩美の突然の涙に動揺しつつも、まずは勘太を止めないといけないと思い、とりあえず勘太の頭を一発バシッと叩いた。
「いてっ!? 何しやがる、健也。せっかく緩美の秘密を教えてやったのによ」
「よく分かんねぇけど、緩美を泣かせるなよ……!」
「何言ってんだ。緩美が泣いてるのは、半分はお前のせいだぞ」
「はぁ? おれのせい……?」
「そうだ。今の話、聞いてただろ? お前も」
「聞いてたけど……。おれは別に、緩美が勝手にコート着たぐらいで、怒ったりはしねぇよ。おれだって、防寒のために風太のジャケットを勝手に借りたことあるし」
「ちっちっち。そういうことじゃねぇんだよ、健也。確かにおれは変態かもしれないが、実は緩美も相当な変態なんだ。変態にしか分からない世界の話さ」
「緩美をお前なんかと一緒にするな!」
「いいや、本質は同じだ。……おい、緩美ぃ!!!」
「ひっ……!?」
勘太に名前を呼ばれ、緩美はビクッと反応した。涙は、まだ止まりそうにない。
「今の話は、まだほんの序盤だ。そうだよな? 緩美?」
「……」
「これから、その一部始終を健也に語ってやろうと思うんだけど……どうする?」
「やめてっ……! お願いっ……!」
「そうだよな。じゃあ、そのスマホをおれに渡してくれるか? そうすれば、これ以上はもう言わない」
「えっ……!? で、でも、これはっ……!」
緩美は抵抗する素振りを見せた。健也も「渡しちゃダメだ、緩美っ! 落ち着けっ!」と念押ししたが、勘太はもう選択の余地を与えないような言葉を、冷たく言い放った。
「そうか。それなら仕方ねえ。あの日、おれが見た……『机のカド』の話を、するしかないな」
「ーーーーー!!!?」
それは、緩美の行動を決定づけるのに、充分な言葉だった。緩美は震える足で一歩ずつ、勘太と健也に近づいた。
「はぁっ、はぁっ……。勘太……くん……? お願い……だから……やめて……ね……? その……話……だけは……」
「ははは、緩美ぃ……!! お前は誰もいない教室で!! 健也の机のカドに!!! 自分の」
「嫌ぁぁああああーーーっ!!!! きゃぁあああーーーっ!!!」
耐え難い羞恥。耳をつんざくような悲鳴を上げ、緩美は発狂した。
崩壊する自我。真っ白になっていく頭の中。周りはもう、何も見えない。手に持っていた大事なスマホは、どこかへ放り捨ててしまった。そして緩美の足は、とにかくこの場から逃げるために、なりふり構わず走り出そうとした。
しかし、すぐに腕を掴まれ、緩美はぐいっと体ごと引き寄せられた。
「待てっ……! 行くなっ!」
「きゃあああーーっ!!! いやぁああーーっ!!!」
「緩美、おれだ! 落ち着けっ!」
「やめてぇーーっ!!! やだぁあああーーっ!!」
「緩美っ……!!」
「きゃあぁっ!?」
引き寄せられ、今度は強い力で抱き寄せられた。緩美はその腕の中で、相手の胸に触れ、今自分を抱いているのが健也だと、そこで初めて気が付いた。
「あ、ああ、あ……。け、健也……くん……?」
「落ち着いたか。緩美」
「あ、あのっ! ごめんなさいっ! わ、わたしっ、あの日の前日に、とても辛いことがあったの……! それで、あの日、自分でもおかしくなって、気持ちを抑えきれなくて、あんなことをっ……!」
「うーん。おれ、その日のことはよく分からないんだよな。でも、お前の気が晴れたなら、それでいいんじゃないか?」
「違うのっ! そ、それは、普通はしちゃいけないことで……! それを知ったら、健也くんは、絶対、わたしのこと嫌いになると思うっ……!!」
「そうか? でも、おれは緩美のこと好きだけどな。他の誰よりも」
「今は他の誰よりも好きかもしれないけど、それを知ったら絶対に……えぇっ!? だ、誰よりもっ!?」
緩美は、違う意味で真っ赤になり、健也の顔を見上げた。健也は落ち着いた笑みを絶やさず、緩美を見つめ返している。
「あ……。これ、告白ってことになるのか。こんなタイミングで、ごめん」
「そ、それって、やっぱりそういう意味っ……!?」
「え? うん。おれは緩美のことが好きだ」
「ま、まま、待って! ちょっと待って! ろ、6年3組の清花ちゃんは!? 健也くん、あの子と仲良かったよね……!?」
「清花? ああ、家が近いからよく会うんだ。良い友達だと思ってるよ」
「ご、5年生の、咲希ちゃんは!? バレンタインチョコ、健也くんに渡してた……!」
「咲希は、委員会で一緒だっただけだ。バレンタインのは友チョコだろ、多分」
「ふ、風太くんは!? 笑美ちゃんが『健也くんは風太くんと付き合ってるよ』って言ってた……!」
「ウソに決まってるだろ。なんで男のあいつが、そのラインナップに入ってるんだよ」
「え、えーっと、でも、そのっ……! わたしが、そんな、健也くんの、そのっ……!」
「緩美は?」
「えっ……!?」
「緩美は、誰かいるのか? 好きな人」
「け、健也くんだよ。わたし、健也くんのことが好きっ……!」
「そっか……! よかった……!」
「えへへ……」
緩美は健也に抱きついた。健也は緩美を、そっと優しく抱いた。二人はとても幸せなムードに包まれ、そしていつまでも愛を……。ではなく、その二人のそばには、完全に忘れられている一人の男がいる。
「待てぇお前らーーーっ!! おれ様を無視するんじゃねぇ!! 離れろ離れろ、ラブラブするなっ!!」
「「……!?」」
勘太の声に驚いて、緩美と健也は抱擁をやめた。しかし、まだ離れたくないと互いに願うかのように、しっかりと手を握っている。
「おう、勘太か。おれたち恋人同士になったんだ。改めて、よろしくな」
「健也ぁ! そいつはなぁ、とんでもねぇ変態女なんだぞぉ!? 分かってんのかぁ!!?」
「なんだよ嫉妬か? 恥ずかしいやつめ」
「な、なんだとぉ!? くそっ、もういい!! スマホはすでにおれの手にあるっ!!! お前たちに催眠をかけて、全て終わりだ!!」
勘太は『催眠フォト』を開き、スマホを健也と緩美の前に構えた。
緩美は一層強く、健也の手を握りしめた。それに応えるかのように、健也も緩美の手をぎゅっと握った。
「ごめんなさい、健也くんっ。わたしのせいで、勘太くんを止められなくて」
「謝るなよ、緩美。誰もお前を責めたりはしないって」
愛し合う男女の前には、勘太が悪役として立ちはだかっている。
「フーッフフフ……! 喜べ、緩美ぃ! お前は、憧れの健也クンにしてやるぜぇ……!」
「わ、わたしが、健也くんに……!?」
「そうさ! しかし……健也! お前は残念だけど、変態女になってもらうぜ。その緩美ちゃんによぉ!!」
「おれが、緩美……」
「はっはっは! 人格を入れ替えるには『相互催眠』! そして仕上げに、『相思相愛催眠』『立場交換催眠』もつけてやる! さあ、くらえぇっ!!」
「「ーーーー!!」」
ピカッ。
顔を覆いたくなるようなまばゆい光が、健也と緩美を包んだ。しかしそれでも二人は真っ直ぐに立ち、お互いの手を離そうとはしなかった。
* *
『さいみんフォトひがいしゃの会』。
6年1組の教室の黒板には、そう書かれている。
女の子らしく振る舞う男子たち。男の子らしく騒ぐ女子たち。そんな異様な光景を前に、勘太は教壇に立ち、全体に聞こえるように大きな声で叫んだ。
「よぉーし、全員注目だ!! これより、お前ら全員にかかっている催眠を!! 一度だけ解いてやる!! さあ、元に戻れ!!」
「「「!!?」」」」
その一声で、教室中が勘太に注目した。勘太は催眠フォトを開き、『全催眠OFF』ボタンを押した。
「きゃあっ、何これっ!?」「うわっ! おれ、女子の服着てるっ!?」「ちょっと、わたしの洋服返してっ!」「うへぇ。胸が締め付けられて、痛い……」「キモーいっ! あんた最低よっ!」「お、おれの服の臭い嗅ぐなっ!」「きゃーっ! 風太くん、変態っ!」「ち、違うんだ、雪乃っ! 着替えさせてくれっ!」
「おっと、服は着替えるんじゃねぇぞ!! このボタン一つで、全員またすぐに催眠状態に戻るんだからよぉ!!」
男女共に騒然とし、互いに指を差し合い、着衣を奪い合い。教室内は一時大パニックになったが、勘太の声により、それはすぐに収まった。
そして今度は、女装男子と男装女子が一丸となり、教壇に立つ勘太に詰め寄った。
「お前のしわざか、勘太!」「なんてことしてくれてんのよっ!」「馬鹿っ!」「アホっ!」「ボケッ!」「地獄に落ちなさいっ!!」「あ。風太くん、その名札かわいいね」「え? 雪乃が作ってくれたんじゃないのか?」
「あーあー、うるせぇな愚民共。本番はこれからだってのに。……よぉーし、分かった!!! これからお前らがどうなるかを、説明してやる!!!」
勘太は教卓をバンッと叩いた。
「いいか!! 今、お前たちは男女で一組のペアになっている!!! 自分の服装や胸の名札を見ても分かるはずだ!! そしてっ、これから行うのは、そのペアでの『立場交換催眠』!!!」
「「「た、『立場交換催眠』!?」」」
「体はそのままに、立場だけが入れ替わるのさ!! 男子はその名札の女子の立場となり、女子はその名札の男子の立場となる!! 今までの催眠との違いは、周りの人間全てにも催眠が影響するということだ!! ……つまり、お前たちはもう、今までの両親の元へは帰れない。新しい両親の元で、男子はその家の娘として、女子はその家の息子として、生きていくんだな!!」
「「「!!!」」」
突きつけられた残酷な現実に、教室の空気は凍りついた。中には泣き出してしまう気の弱い女子もいたが、勘太はそれを見てフッと笑った。
「大丈夫。お前自身も、女子だったことはすぐに忘れるさ。……じゃあ最後に、今この教室にいない、あの二人について話そうか」
「あの二人?」「あっ! そういえば、健也がいない……!」「緩美ちゃんもいないよっ!」「どこに行ったんだろう……」
「フフ……。あの二人には、『立場交換』に加えて、『相思相愛催眠』をかけさせてもらった。元々、あいつらは相思相愛だったけどな」
「「「『相思相愛催眠』?」」」
「ああ。催眠をかけられたペアは、互いに深く愛し合い、激しく求め合い、永久に離れられなくなる……! おれが最後に見たのは、健也になった緩美が、緩美になった健也を押し倒して、覆い被さったところだったぜ。今頃、幸せの絶頂だろうな」
「「「なっ……!?」」」」
「『相思相愛』は、お前たちにもやってもらうぞ。エロガキのおれと一緒に、生々しい欲望に塗れようぜ、みんな。……それじゃあ、覚悟はいいか?」
「ま、待てっ!」「やめて、勘太くんっ!」「誰かあいつを止めてくれっ!」「そんなの絶対に嫌っ!」「た、助けてーーっ!!」
「おれこそが、このクラスの支配者だ!! スイッチ……ON!!」
ピカーーーッ!!
勘太は全ての催眠を設定し、6年1組の全員に強い光を浴びせた。そして、しばらくしてスマホから光が消えると、最後に勘太は、自分にかけるための催眠を立ち上げた。
「おれは……冴奈にでもなろうかな。おっと、おれだけは自我が残るように、設定しておかないと……。フフ、楽しみだぜ……!」
* * *
キンコーン。
長い長い昼休みが終わり、五時間目の授業が始まった。教科は、大半の生徒が眠たくなってしまう、国語。
起立、礼、着席。
担任の森鍋先生は、教壇に立って教室全体を見渡せるにも関わらず、6年1組のその異様な光景を、気にも留めなかった。『立場交換催眠』の影響により、第三者には、それが普通の光景に見えてしまうのである。先生はいつものように教科書を開き、黒板に文字を書き始めた。
「はぁっ、はぁっ……」
席に座っている誰かの、荒い呼吸。教室はムンムンとした熱気に包まれ、ピンク色のムードになっていた。ある女装男子は体が火照り、ある男装女子は完全にのぼせ上がっている。
教室の真ん中あたりに座っている風太と雪乃は、落ち着かない様子で周りを見ながら、ヒソヒソ話をしていた。もちろん、雪乃は風太の座席で、雪乃は風太の座席で。
「ね、ねぇ? 風太くん?」
「ん? あれ? 風太って、おれ……?」
「そうだよっ。あれ、わたしがおかしいのかな?」
「だ、だって、なんだか違和感があるだろ。お前は大丈夫なの?」
「い、いや、あるよ……あるぞ。うーん、わたしが風太だっけ?」
「そうだと思う……。多分、おれが雪乃だよね」
「うっ……。『わたし』ってのも変だよな。おれ、男のはずだし」
「そうだね。わたしも、女の子のしゃべり方が落ち着くかも」
二人は、不思議な会話をしている。結局、風太は立場通り雪乃らしく、雪乃は立場通り風太らしくする方向で、話はまとまった。
風太は少女のような少し高い声を出し、雪乃は少年のような少し低い声を出して、話を続けた。
「あれ、見て。実穂ちゃんと翔大くん」
「うわ……。手を握ってるのか。机の下で」
「先生にバレないようにしてるみたい。ドキドキだね」
「あっちの龍斗なんか、肩抱いてるぜ。なんか、すごいな」
「亜矢ちゃんも寄りかかってて、とても幸せそう……」
「雪乃は聞いたか? 健也と緩美の話」
「健也くんと緩美ちゃん? そういえば、まだ戻ってきてないね。トイレかな?」
「噂によると、二人で誰もいない空き教室に入っていったらしい。丁寧に、カーテンまで閉めて」
「えっ!? それ、かなりヤバいことしてるよね……!?」
『相思相愛催眠』の力により、全ての男女ペアに、ハートマークが出来上がっていた。何食わぬ顔で授業を進めようとする先生の目を盗んでは、女子を膝枕する男子、女子に胸を押し当てて抱きつく男子、膝の上に男子を座らせる女子……。中には、服の中に手を入れるという、過剰なスキンシップをする男女もいた。
「……」
風太と雪乃は見つめ合い、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「わ、わたしたちはどうする? 風太くんっ」
「じゃあ、つ、次に、先生が黒板の方を向いたら……」
「うん……」
「キスしよう……! 雪乃……!」
「うんっ……♡」
6年1組での優雅で愛に溢れた新しい学校生活は、まだまだ始まったばかりだ。
応援ありがとうございます!
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