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特別編 その4

ギャル系JS理穂乃ちゃんの幸せな末路 第四話

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 扉の前に立つ。前髪を手櫛てぐしでサッと整え、スカートを軽く払う。深呼吸をしながら少し上を見上げ、今から突入する教室の名前を確認する。……「さくら組」で間違いはない。全ての準備が終わったので、風太はガラガラと教室の扉を開けた。

 「あっ! りほちーとうさあやじゃん! おつおつ~☆」
 
 先制。扉を開けた瞬間、理穂乃とも紗彩とも違う、第三のギャル系JSがいきなり現れた。風太は一瞬だけ動揺したが、それを表情には出さず、今は「りほちー」として自然な受け答えをするよう自分に言い聞かせた。
 
 「おっ、おお、おつ~☆」

 会話とはキャッチボール。なんとか飛んできたボールを受け取り、相手に投げ返すことができた。風太はスマイルを維持しながら、ボールを投げてきた子の胸にある名札が「みじゅじゅ」であることを、さりげなく確認した。

 「ね、ねぇ、みじゅじゅ? おれの……じゃない、あたしの席って、どこだっけ?」
 「えっ? 『あたしの席』? そんなの決まってなくない?」
 「あっ! そ、そう……よね! 忘れてたっ!」
 「でも、りほちーはいつも後ろの方に座ってるよね。窓の近くとか」
 「窓側の一番後ろ……か。ありがと、みじゅじゅっ!」

 席は自由。しかし、それぞれに定位置があるようだ。
 みじゅじゅの案内通り、風太は教室の窓側の一番後ろの席に座った。そして、風太に続いてうさあやが教室に入り、みじゅじゅに明るくあいさつを交わした後、風太の隣の席に座った。

 「あれ? どうしてきょろきょろしてるぴょん? りほちー」
 「えっ!? い、いやっ! なんでもないよ……!」
  
 本当に「なんでもない」ハズがなく、風太は違和感を覚えていた。
 一つは、「さくら組」の机の数。縦3つ×横2つなので、合計6つしかない。その規模に合わせてか、この教室自体もあまり広くはない。そして二つ目は、このクラスの生徒。風太を除いて全員が女子……つまり、『りほちー』を含めた6人全員が女子だ。しかも、全員が都会にいる中高生のような雰囲気で、雪乃のような年齢相応に子供っぽい女子は一人もいなかった。
 しかし、その二つよりも大きな違和感は……。

 (これは……窓ガラスじゃない。鏡だ)

 教室の窓枠にハマっているのが、ガラスではなく鏡だということだった。鏡は教室の中の風景を反射しており、外の景色を見せてくれない。

 (何か理由があるのかな。でも、外が見えないと、なんだか不安だな……)

 まるで閉鎖空間。
 風太はおもむろに立ち上がり、『理穂乃』を映している窓の鏡へと近づいた。そして、試しに少しだけ開けてみようと、窓の鍵に手を伸ばした。

 ガタガタガタッ!!!

 「!?」

 突然、音を立てて揺れた。伸ばした手の先にある一枚の鏡が、まるで生き物のように反応したのだ。風太は思わずビクッとして、素早く手を引っ込めた。

 (な、何だっ!? そこに……何かいる……!?)

 得体の知れない、何か。正体不明の、何か。鏡の向こう側にその何かがいて、こちらを監視するかのように覗いている。つまり窓枠にハメられているこの鏡は、マジックミラーなのだ。

 (う……)

 気味の悪さが一層増して、冷や汗が垂れる。この教室は、やはり風太が知るような普通の学校の教室ではない。
 風太は背中がゾワゾワするような嫌な緊張を抱えながら、大人しく自分の席に戻った。そして、これから窓にはあまり近づかないでおこうと決めた。

 「……」

 * *

 キンコーン。
 授業の始まりを告げるチャイムが鳴り、制服を着た6人の少女たちはそれぞれ自分の席に座った。風太は窓側の一番後ろの席なので、教室全体が見える。

 「はぁ~い♡ さくら組のみなさん、おはようございまぁ~すっ♡」

 教室の扉を開け、先生らしき人物が入ってきた。風太は、その先生に見覚えがあった。

 (あっ! あの人、さっき受付にいたお姉さんだ)

 教壇に立っているのは、先ほど受付で会員証を確認してくれた女の人だった。
 しかし、先ほどとは見た目が少し違う。メガネをかけていて、やたら胸元の開いたスーツを着ていて、さらにはやけに短いスカートをはいている。そして、しゃべり方も先ほどの知的な感じではなく、誰かに媚びるような甘ったるい声を出している。

 「ふふっ、今日もがんばりましょうね。それでは、本日の教科を発表しまぁ~す♡」

 先生は白いチョークを手に取り、さっそく黒板に教科の名前を書き始めた。
 いよいよ授業が始まる。風太はしっかりと席に座り直して、その時を待った。どんな教科でも、『理穂乃』がいつもやっているように、ごく自然に、授業を受けるのだ。

 (算数になりますように……! 国語と社会と音楽と家庭科と英語ではありませんように……!)

 ぎゅっと目をつぶりながら、「おれの得意教科であってくれ」と願っていた。ひたすら、ひたすら、苦手教科にはならないように願っていた。
 そして、先生の「はぁ~い♡ 本日の教科はこれで~す♡」という言葉と共に、チョークで書く音が止んだ。風太は静かに目を開け、黒板に書かれた文字を読み上げた。

 「本日の教科は……『どきどき♡シチュエーション』……」

 ?

 (ど、どきどき♡シチュエーションっ!? なんだよそれっ!!?)

 算数とも国語とも違う。今日の授業は『どきどき♡シチュエーション』。得意でも苦手でもない、全く知らない教科が出てきた。

 (う、ウソだろ!? し、知らないぞ、そんなのっ!! どきどき♡シチュエーションなんて、勉強したことないっ!!)

 焦る。風太はきょろきょろと辺りを見回して、他の女子たちの反応をうかがった。これはこういうものなのか、と。

 「えー、またどき♡シチュ? 最近の授業、こればっかだね。先生」
 「リクエストが多いんです。みじゅじゅさんは、この教科はお嫌いですか?」
 「まあ、ハレンチ体操よりかはマシって感じ。あれは本当にキモいし」

 黒板に書かれた文字に対して、誰も疑問に思っていない。風太を除く5人の少女たちには、飽きるほど見慣れた光景のようだった。
 ならば『理穂乃』として、受け止めなければならない。風太はきょろきょろするのをやめ、落ち着き払ったような表情を作った。
 そして、先生からは次の指示が出た。

 「ではこれより、どきどき♡シチュエーションを始めまぁ~す♡ まずはいつも通り、机を少し片付けて、二人組バディを作ってくださいね」

 言われるがまま、風太は動いた。幸い、バディとなる相手は決まっているので、風太はすぐに紗彩のそばに寄った。 

 「えへへ。改めてよろしくぴょん、りほちー」
 「う、うん……。よろしく、うさあや」

 こうして、教室内には3つのバディができあがった。

 「はぁ~い♡ それでは、今回のシチュエーションを発表しまぁ~す♡ 今回のシチュエーションは……これ!」

 先生は、再び黒板にチョークで文字を書いた。風太は黒板をじっと見つめて、心の中でその文字を読んだ。

 (『部活の先輩男子に、マネージャーの後輩ちゃんが思い切って愛の告白』……。まさか、このシチュエーションを、おれたち二人で……)

 風太はチラリと、紗彩の方を見た。そのタイミングで、ちょうど紗彩も風太の方を向いた。

 「ウサウサ。りほちーはどっちやるぴょん? 後輩の女子? 先輩の男子?」
 「だ、男子っ! 絶対に男子っ! 男子がいいっ!」
 「おっけー☆ じゃあ、あたしは女子やるぴょん」

 風太の予感は的中していた。つまり、発表されたシチュエーションの通りに、演技をする授業なのだ。今でさえ『理穂乃』を演じているのに、さらにその上から先輩の男子を演じる……クラスでの演劇とは比べものにならないくらい高度な技術を要求されているが、考える時間はあまりもらえなかった。

 「準備はいいですか? それではよーい、すたぁ~と♡」 
  
 先生の掛け声と共に、みんな一斉に役に入り込む。風太の隣にいる紗彩も、すぐに「後輩ちゃん」を演じ始めた。

 「『えへへ。せーんぱいっ』」
 「あっ、う、うん。『こ、後輩の紗彩……!』で、いいのかな?」
 「『部活の最後の大会、終わっちゃいましたね。これからは、もうこの部室には来なくなっちゃうんですよね?』」
 「『うん。多分』」
 「『寂しいなぁ。もうこの場所で、先輩に会えなくなるなんて。想い出だって、もっといっぱい作りたかったのに』」
 「『ざ、残念だな。ははは』」
 「『……ねぇ、先輩? 最後にあたしと、一番キレイな想い出、作りませんか?』」
 「『キレイな想い出? おれと?』」
 「『はい。だって、あなたは……あたしの大好きな先輩だから』」
 「『!?』 紗彩、演技が上手いな……」

 役に成りきっている紗彩に告白され、風太は役を忘れるくらいどきどきしていた。そして紗彩は、さらに風太に迫った。

 「『一生忘れられない想い出、先輩と作りたいんです。今、ここで』」
 「え……?」
 「『目をつぶってください。あたしの方から……行きますから』」
 「ええぇっ!? さ、紗彩っ!?」

 「目をつぶってください」。紗彩にそう言われたが、風太はそうしなかった。
 今、ここで目をつぶったら、おそらく、自分と紗彩の唇が重なってしまう。紗彩は『理穂乃』の中に風太がいることを知らずに、女同士のつもりで、男女のキスをしてしまうのだ。そんなことをさせてはいけないと思い、風太は紗彩を止めようとした。

 「ちょ、ちょっと待てっ! 紗彩、待てっ!」

 一歩、また一歩と後ろに下がると、その後ろはもう壁だった。ドンッと、風太の背中が壁にぶつかる。

 「だ、ダメだっ! 今、き、キス……なんてっ! さ、紗彩、ストップ!」
 「……ん? どうしたぴょん? りほちー」
  
 『理穂乃』の異変を感じ取り、紗彩は一旦演技をやめ、素の自分に戻った。いつもの『理穂乃』なら、ただの仕事上のキスに対して、こんな反応はしない。

 「べ、別にそこまでしなくてもいいんじゃないか!? もう演技はおしまいでっ!」
 「え? でも、したほうが良くない? ほら、みんなもやってるぴょん」

 紗彩は振り返り、他のバディの様子を風太に見せた。
 見せつけるように抱き合いながら、互いの体を触り合う二人の少女。押し倒された一方に覆いかぶさり、体を密着させて声を漏らす二人の少女。過激とも言えるスキンシップだが、止める者は誰もいない。

 「あたしたちも、キスくらいしといた方が、ウケが良いと思うけど」
 「う、ウケ!? そのために、き、キスくらいって、そんな……!」
 「え? りほちーは、あたしとするの、嫌なの?」
 「そ、そういうことじゃなくて……! ほら、もっと、大切にしないとっ!」
 「うん? りほちー?」
 「こ、これは演技だし、紗彩だって真面目なのは分かるけど……! おれは、その、今は心が違うっていうか!」
 「うーん。よく分かんないけど、ぴょん?」
 「えっ!?」
 
 何かを察した紗彩は、風太にぐっと顔を近づけた。風太は限界まで首を遠ざけているめ、もう逃げ場がない。しかし、距離は少しずつ縮まっていく。そして……。

 「あ……!」

 止まった。唇が触れ合う直前で。

 「寸止め……か」
 「うん。でも、キスしてる感じにはしてね」
 
 紗彩はとても小いさな声で、『理穂乃』に向けてしゃべった。

 「今は軽々しくキスできない時期……ってことでしょ? りほちー」
 「う、うん……」
 「そうだよね。誰にでもあるよね、そういう時期。りほちーだって、女の子だもんね」
 「え……。それは、違うけど……」
 「ううん。ごまかさなくていいよ。本当に好きな人がいれば、あたしももっと自分を大切にするんだけどね」
 「……」

 風太の思惑とは少し違うが、紗彩は『理穂乃』が今はデリケートな時期だと理解してくれた。

 「世界一くだらない場所」
 「うん?」
 「りほちー、この学校のこと、そう呼んでるでしょ? 知ってるよ」
 「そ、そうか……」
 「でも、みんな思ってるからね。それ」
 「え……?」
 「ここで働いてる子は、みんな同じ気持ちだから。せめて、一緒に働くあたしたちのことは、嫌いにならないでね」

 紗彩はそう言うと、少しだけ風太から離れた。その紗彩の顔は、ちゃんと笑っているのに、どこかかなしげで、つらそうだった。

 「……!」

 風太はハッとして、目を丸くしていた。理穂乃の見ている世界が、ほんの少し、自分にも見えたような気がしたからだ。

 キンコーン。チャイムが鳴る。
 これで、本日の授業が終わったらしい。先生は6人の少女たちに「防犯ブザー」を一つずつと「ルームキー」を一本ずつ渡した後、クラス全体に向けて言った。

 「はぁ~い♡ 次は個人指導の時間になりまぁ~す♡ 今日も全員、担当の先生に指導していただけるみたいですよ。良かったですね。うふふ♡」

 * 

 5分ほどの休憩を挟んだ後、『理穂乃』を含めた6人の少女たちは、ぞろぞろとさくら組の教室を出た。どうやら、それぞれのルームキーに書かれている番号の部屋で「個人指導」が行われるらしく、風太も着替えが入ったバッグを持って、少女たちとエレベーターに乗り込んだ。

 「……」

 教室を出てからは、誰も話さない。自分のスマホを見ているか、虚空を眺めているかの、どちらか。6人共、顔には出さずに疲労を訴えていた。
 エレベーターが5階に到着した後、他の4人はさっさと降りて、自分の個人指導部屋へと行ってしまった。最後に紗彩が降りた時、風太は紗彩に声をかけた。

 「ありがとう、紗彩」
 「え? 急にどうしたの、りほちー?」
 「今日おれとバディを組んでくれてさ。いろいろと助けられたよ。紗彩はいいやつだな」
 「えへへ。気にしなくていいよ、友達だもん。それに……あたしもりほちーのこと、もっと知りたいと思ってたし」
 「えっ!?」
 「りほちーって、いつもクールでツンツンしてるでしょ? 一度、しゃべってみたいなって、前から思っててさ。今日は意外な乙女チックで可愛い一面が見られたし、あたしとしても満足だよ☆」
 「そ、そうかな。まあ、紗彩が満足してるならいいか……」
 「ここから先は一人だけど、お互いがんばろうね。じゃなかった、がんばろうぴょんっ! ウサウサ♪」
 
 紗彩は頭にウサ耳カチューシャを付け、再び「うさあや」になった。本当の「紗彩」は、やはり舞台裏でしか見せてくれないようだ。

 「ああ、お互いにがんばろうな。うさあや」

 *
 
 ルームキーの番号は「504」。風太は廊下をさまよい歩いて、その部屋の扉の前までやってきた。

 「ここが504号室……。とりあえず、ノックしてみるか」
 
 コンコンと、軽く二回ノック。すると、ものの数秒もしないうちに、ガチャリとドアが開いた。
 
 「や~あ。初めましてだね。待ってたよぉ」

 その返事と共に中から出てきたのは、大学生くらいの小太りの青年だった。団子鼻で、曇ったメガネをかけていて、チェック柄の服を着ている。
 この人が個人指導担当の先生らしいが、風太がイメージするような先生の風貌からは程遠かった。

 「え……。せ、先生? 個人指導の?」
 「そうだよぉ。僕は牟田ムタ牟田ムタ先生って呼んでくれていいからね」
 「牟田先生……」
 「ぐふふ、よく来たね。りほちーたん。時間もあまりないし、早く中に入ってよ」
 「り、りほちーたんって……。うわっ!? ちょ、ちょっと待ってっ!」

 ガシッと、いきなり腕を掴まれた。牟田先生の腕はむっちりと太く、『理穂乃』の細腕をへし折りそうなほどの力があった。扱いは、まるで人形だ。

 (ひ、引っ張られるっ!!)
   
 ずるずると無理やり入室させられ、そのままぽーんと放り投げられた。風太がぼいんとワンバウンドして着地したのは、柔らかいベッドの上。

 (べ、ベッド!? なんで!? ここは、生徒指導室のハズじゃ……)
  
 その部屋は、風太がイメージしていたような学校の生徒指導室とは、まるで違った。
 大きなベッドが、部屋の真ん中に一つ。後はテレビがあり、ソファがあり、シャワールームの扉があるだけ。どう見ても、宿泊するための部屋にしか見えない。

 (ホテルだ……! ホテルの一室なんだ、ここは……!)

 起き上がり、風太がこの部屋の様子を隅々まで確認していると、牟田先生がドスドスと走ってきて、風太がいるベッドの上にドスンと飛び乗った。

 「ふぅ、ふぅ。さーて、個人指導を始めようか。可愛い可愛い……りほちーたぁん……」
 「ひっ!」

 思わず、小さな悲鳴が出た。一瞬で感じたのは、女体に刻まれた本能的な恐怖。
 『理穂乃』が怯えていることなんて構わず、牟田先生は『理穂乃』の上から覆いかぶさろうとした。

 「ふぅ、ふぅ……。ぼ、僕はね、見てたんだよ。さっきの君の様子をね」
 「さ、さっきの様子?」
 「ウサ耳の子……えっと、うさあやちゃんだっけ? りほちーたんは、あの子とちゅっちゅしてたでしょ?」
 「見てたのか……! 覗いてたのか、あの鏡の向こう側からっ!」
 「そうだよぉ。だって、そういうシステムでしょ? このお店は」
 「し、システム……!?」

 得体の知れない生き物。ガタガタと窓の鏡を揺らしていた生き物の正体は、コイツだった。興奮するたびに、鏡にぶつかっていたのだ。
 この「特殊リラクゼーションサロン ♡らぶり~すく~る♡」は、まず教室での授業を外から観察して、お気に入りのキャスト(サービスをする従業員のこと)を選び、次に個人指導として二人きりの部屋へ呼び出し、イチャイチャしたり楽しいことをする、というシステムのサロンである。つまり、『理穂乃』はキャストとして、この「牟田先生」に選ばれたのだ。

 「うさあやちゃんとちゅっちゅする前、君は少し嫌がってたよねぇ。僕はちゃんと知ってるよ」
 「あ、あれは……! 別にっ……!」
 「分かってるよ。女同士のちゅっちゅが嫌だったんだろう? 男の人としたかったんだよね?」
 「はあぁ!?」
 「ぐふふ。君は見るからにエロエロなビッチギャルだからねぇ。大丈夫。僕が解放してあげるよ。男を注いであげよう」
 「ち、違うっ! 何言ってるんだっ! おれは別に……」
 「ん? 『おれ』?」

 風太の「おれ」という一人称を聞いた瞬間、興奮気味で今にも襲いかかってきそうだった牟田先生の様子が、少し大人しくなった。

 「りほちーたん。僕の前では、『おれ』はやめよう」
 「は!? な、なんでっ!?」
 「萎えるんだよ。そういうキャラはいらないんだ。りほちーたんはラブリーでキュートなんだから、もっとメスっぽい感じにしゃべってよ」
 「め、メスっぽい感じ!? そんなこと、おれに言われても……」
 「り、りり、りほちーたんっ!!!!」
  
 そして、牟田先生はキレた。
 
 「あっ……!?」

 『理穂乃』の胸の膨らみを、ぎゅむっと掴む。そしてパッと離す。その動きをガシガシと高速で何度も繰り返した。
 いきなりのことで、何が起こっているのか分からず、『理穂乃』もすぐには対処できなかった。
 
 「ちょっ、な、何して……」
 「なんだい、これは。えぇ!? なんだいこの膨らみはぁ!!」
 「いぎっ……!? やめ……ろっ……」
 「りほちーたんは女の子なんだ。女の子だから、このおっぱいがあるんだろう!? 可愛いおっぱいちゃんのくせに、『おれ』とか言うなぁっー!!!」
 「い、痛いっ……!!」

 ただ、胸が痛かった。この牟田先生という男は、全く力加減を知らない。風太に伝わってきたのは、掴まれて痛いという不快感しかなかった。

 「と、とにかく触るなっ! 理穂乃の体にっ!」
 「君がえっちだから悪いんだよぉ! りほちーたんっ!」

 風太は牟田先生の手を振り払い、体を捩った。どうにか胸を触らせないでおこうと、ごろんと寝返りを打ち、うつ伏せになった。
 しかし、今度は牟田先生の右手が振りあげられ、そのまま真っ直ぐに風太へと落ちてきた。

 ぺしんっ!! 
 
 「ぎゃっ!? お、お尻っ!!?」

 お尻にぺしん。そして、スカートの上から何やら変な手つきで、お尻をサワサワと撫で回してきた。

 「あうぅ……! き、気持ち悪い……!」
 「君はね、牟田先生のことが好きすぎる女の子なんだ。分かるね?」
 「分かるわけないだろっ……!」
 「はぁ……。りほちーたんは、新人キャストさんなの? 僕みたいな優良なお客さんを喜ばせるには、キャラを演じきらなきゃ。恥ずかしがってたら、プロとは言えないよ」
 「別に、恥ずかしがってるわけじゃないっ……!」
 「じゃあ、言うんだ。『あたし、牟田先生のことが大好きなの。だから、いつも夜にえっちなことばかり考えちゃうの』って」
 「い、嫌だっ……!」
 「いい加減にしないと、僕だって過激なことしちゃうよ。ほら、りほちーたんのスカートの中に、僕の手が入ってくぅ~。おパンティを脱がせるよぉ~」
 「あっ!? や、やめろっ! それだけは絶対にしないでくれっ!」
 「ん? 口の利き方は、それでいいのかい?」
 「い、言うから……! さ、さっきのこと、言いますから、そ、それだけはやめてくださいっ!」
 「ぐふふ。じゃあ、言ってもらおうかな」

 もう一度寝返りを打ち、風太はまた仰向けになった。
 しかし、今度は目の前に鼻息を荒くした牟田先生がいる。次の一言次第では、『理穂乃』の体をめちゃくちゃにしてやるぞ、という脅迫じみた視線を、こちらに向けている。
 
 「『あ、あたし……は』」
 「うん」
 「『牟田先生のことが、大好きなの……』」
 「それで?」
 「『だから、夜に……。夜、に……』」
 「りほちーたん? 分かってるでしょ?」
 「『え、えっちなことばかり、考えちゃうのっ!』」
 「ぐふふ。そうだねぇ。よくできました」
 
 牟田先生は満足げに、『理穂乃』の頭を撫でた。しかし、それは……さっき胸を触った手。尻を撫で回した手。『理穂乃』にとってその手は、暴虐の象徴でしかなかった。

 「さて、僕はシャワーでも浴びに行こうかな。ちょっと汗をかいちゃったからね」
 「……」
 「りほちーたんは、スクール水着に着替えてからシャワールームに来てね。体の洗いっこするからね。分かった?」
 「はい……」

 この場所はそういう場所なのだと、風太は理解するしかなかった。自分が『理穂乃』なら、それを受け入れるしかないのだ、と。
 牟田先生がシャワールームに向かった後も、風太は一人残されたベッドの上で、しばらく寝転んでいた。

 (ウソだろ……)
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