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三章 疑惑編
彼女と僕の回想 蜜月
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背伸びして起業した会社が軌道に乗り、リッジウェル伯爵にも受け入れられた。
二人で出掛けるようにもなった。僕と一緒にいるプリシラは、楽しそうに見えた。プリシラを屋敷に送り届けて、別れる時にはいつももの言いたげな顔をしていた。
彼女は僕以外に親しくしている男性はいなかったし、複数の男と並行して付き合うような軽薄な女ではない。だが、もし諸外国の王子などから求婚されては立場上断れない。
何しろプリシラはこんなにも美しく、そして優しい。髪の色は唯一無二のピンク色なのだ。
まだ結婚できないのに、婚約という形でもいいから、確かなものが欲しかった。
プリシラの身長を追い越したころ、
「好きだ。プリシラ。僕が十八になったら結婚してほしい」
「私も、あなたが好きよ。セル」
プリシラは頬を赤らめて、こくっと頷いてくれた。だから僕は、彼女のその細い腕に腕輪をはめた。
僕の手には、彼女が揃いの腕輪をはめてくれた。
「次は、指輪を渡す。それは二人で選ぼう」
僕がそう言うと、嬉しそうに、プリシラはうなづいた。
「あなたは他の女の子の気をひくから、牽制のためにいつもつけていてよ?」
可愛らしくすねるように尖らせた唇を、僕はふさいだ。
「その言葉をそっくり君に返すよ。ダーリン」
プリシラは拒むことなく、キスを受け入れた。唇を重ねるだけの、挨拶のようなキス。
唇を離すと、プリシラは甘えたように僕に抱き着いて、耳元に囁いた。
「ハニー。早く大人になってね?そして私を迎えに来て」
年上なのに、可愛らしい一面があるプリシラ。
幸せだった。この幸せがずっと続くのだと、そう思っていた。何なら家族が増えて、もっと幸せになるのだと思っていた。
だが。
二人の時間がつづくのは、ほんのひとときだけだった。幸せが崩壊するのはほんの一瞬だった。
★★★
「ありがとうございます」
不意にプリシラにお礼を言われて、僕は戸惑った。
「え?」
「私のこと、諦めないでくれて」
照れくさそうに、プリシラが微笑む。
ずっと、不安だった。
自分の選んで進んできた道は、果たして正しいのか。プリシラは、僕を望んではいないのに。
年頃の貴族の娘らしいことを我慢させてまで。ウェッダーバーン公爵の怒りを買ってまで。これは僕のえごでしかないのではないか。そう思ったことも少なくなかったから。
思わず、両目から、ぽろっと涙がこぼれ落ちた。彼女の前で泣いたことなど、なかったのに。
「え、ええ……? ア、アンセル様大丈夫ですか?」
慌ててプリシラがポケットからハンカチを取り出して、涙を拭いてくれた。
「大丈夫、大丈夫だ。君が受け入れてくれるなら僕は、もう本当に何も怖くない……」
プリシラに僕の本心を伝えてしまったことに、不安がないわけではなかった。彼女の心も再び手に入れた。そのことが嬉しくないはずがなかったが。
プリシラが僕を受け入れてくれるのなら。僕が彼女を求めたことを、嬉しいと思ってくれるのなら。
もう、怖くない。
これからどんなことが起こったって、ほんのひとときでも彼女と心が通ったのなら、抱きしめることができたのなら、絶対に後悔しない。
「大丈夫ですよ。わたしたち二人なら、きっと大丈夫です」
「……ああ。そうだな」
プリシラへの愛しさがこみ上げて、僕は思わず彼女を抱きしめた。彼女も、拒まなかった。
僕がプリシラを手に入れたかったのは、「ありがとう」なんて言われるような、綺麗な理由じゃない。どこまでもどす黒くて、彼女を誰にも渡したくないという、汚い独占欲。ただそれだけだ。
それでも。
(いつか君が後悔したとしても、僕はもう君を絶対に放さない。プリシラ)
二人で出掛けるようにもなった。僕と一緒にいるプリシラは、楽しそうに見えた。プリシラを屋敷に送り届けて、別れる時にはいつももの言いたげな顔をしていた。
彼女は僕以外に親しくしている男性はいなかったし、複数の男と並行して付き合うような軽薄な女ではない。だが、もし諸外国の王子などから求婚されては立場上断れない。
何しろプリシラはこんなにも美しく、そして優しい。髪の色は唯一無二のピンク色なのだ。
まだ結婚できないのに、婚約という形でもいいから、確かなものが欲しかった。
プリシラの身長を追い越したころ、
「好きだ。プリシラ。僕が十八になったら結婚してほしい」
「私も、あなたが好きよ。セル」
プリシラは頬を赤らめて、こくっと頷いてくれた。だから僕は、彼女のその細い腕に腕輪をはめた。
僕の手には、彼女が揃いの腕輪をはめてくれた。
「次は、指輪を渡す。それは二人で選ぼう」
僕がそう言うと、嬉しそうに、プリシラはうなづいた。
「あなたは他の女の子の気をひくから、牽制のためにいつもつけていてよ?」
可愛らしくすねるように尖らせた唇を、僕はふさいだ。
「その言葉をそっくり君に返すよ。ダーリン」
プリシラは拒むことなく、キスを受け入れた。唇を重ねるだけの、挨拶のようなキス。
唇を離すと、プリシラは甘えたように僕に抱き着いて、耳元に囁いた。
「ハニー。早く大人になってね?そして私を迎えに来て」
年上なのに、可愛らしい一面があるプリシラ。
幸せだった。この幸せがずっと続くのだと、そう思っていた。何なら家族が増えて、もっと幸せになるのだと思っていた。
だが。
二人の時間がつづくのは、ほんのひとときだけだった。幸せが崩壊するのはほんの一瞬だった。
★★★
「ありがとうございます」
不意にプリシラにお礼を言われて、僕は戸惑った。
「え?」
「私のこと、諦めないでくれて」
照れくさそうに、プリシラが微笑む。
ずっと、不安だった。
自分の選んで進んできた道は、果たして正しいのか。プリシラは、僕を望んではいないのに。
年頃の貴族の娘らしいことを我慢させてまで。ウェッダーバーン公爵の怒りを買ってまで。これは僕のえごでしかないのではないか。そう思ったことも少なくなかったから。
思わず、両目から、ぽろっと涙がこぼれ落ちた。彼女の前で泣いたことなど、なかったのに。
「え、ええ……? ア、アンセル様大丈夫ですか?」
慌ててプリシラがポケットからハンカチを取り出して、涙を拭いてくれた。
「大丈夫、大丈夫だ。君が受け入れてくれるなら僕は、もう本当に何も怖くない……」
プリシラに僕の本心を伝えてしまったことに、不安がないわけではなかった。彼女の心も再び手に入れた。そのことが嬉しくないはずがなかったが。
プリシラが僕を受け入れてくれるのなら。僕が彼女を求めたことを、嬉しいと思ってくれるのなら。
もう、怖くない。
これからどんなことが起こったって、ほんのひとときでも彼女と心が通ったのなら、抱きしめることができたのなら、絶対に後悔しない。
「大丈夫ですよ。わたしたち二人なら、きっと大丈夫です」
「……ああ。そうだな」
プリシラへの愛しさがこみ上げて、僕は思わず彼女を抱きしめた。彼女も、拒まなかった。
僕がプリシラを手に入れたかったのは、「ありがとう」なんて言われるような、綺麗な理由じゃない。どこまでもどす黒くて、彼女を誰にも渡したくないという、汚い独占欲。ただそれだけだ。
それでも。
(いつか君が後悔したとしても、僕はもう君を絶対に放さない。プリシラ)
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