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「待たせてすまなかったな」
「あの、お話があります」
いつものようににこやかに入ってきたクロードに思いきってソフィアは言う。
今日も服装が夜着ではない。急いで会いに来てくれたのだと思うと胸が痛んだ。だがあとになればなるほど、言い出せなくなるのはわかっていた。
「私と婚約解消し、ベル様と婚約をやり直してください」
意を決してソフィアが言うと、興味をなくしたようにクロードの顔からすっと表情が消えた。ソフィアを見つめるときは笑みをたたえているのが常であったのに。
「昨日愛していると言ってくれたことも、偽りだったのか?」
クロードが、こんなに冷淡にソフィアを見つめることはなかった。
こんなに冷酷な声を出すことはなかった。目は深淵のように昏く、声は氷河期から残っている氷より冷たい。
知らない人間のようなクロードはひどく恐ろしかったが、ソフィアはその目と声を受けいれなければならない。それがクロードを傷つけた代償なのだ。
例えそれがクロードや大切な人を守るためだったとしても。
「……クロードへの思慕は、兄を慕うもので恋愛ではありません。これまで言い出せず流されてしまい申し訳ありません」
どうしても、「愛している」と告げたことが偽りだったとは言えず、言葉を選んでそれだけ言った。意味合いは同じだとしても昨日の言葉が偽りだとはどうしても言えなかった。
「……これで最後だ。それが本当にソフィアの答えなのだな」
本当は違う。
クロードを愛している。
そう言ってクロードにすがりつきたかった。再会できてさらには求婚してもらえ、本当にうれしかったと。
だがソフィアはその思いを口に出すことはしなかった。
初めて出会った日。
クロードの正体を知らずに遊んだ日々。
もう会うことはないと思っていたのに再会できた日。
初めてのキス。
初めて二人で出かけた日。
昨日初めて愛していると言ったときのクロードの笑顔。
クロードと過ごしたすべての時間を、クロードのくれたうれしかったすべての言葉を色鮮やかに思い出せる。覚えている。
ソフィアはそっと指輪を指でなぞった。
「……本当です。クロード王子殿下」
クロードは長く嘆息し、冷たく言い放った。
「……興が削がれた。
婚約破棄の旨、こちらで招待客に手紙を出しておく。
アルデンヌ伯爵令嬢」
そのままクロードは部屋から出て行った。
扉の閉まる音がやけに大きく響き、あとは耳が痛いほどの静寂が広がった。
チリチリと燭台の炎が蝋を溶かす音が聞こえるほどだ。
ソフィアはゆっくりとその場に崩れ落ちた。痛いほど両の手を握り締める。手のひらに爪が食い込む。
「……離れていても、ずっとお慕いしております。クロード」
今からでも追いかけたくなるのをソフィアは必死にこらえる。
これでよかったのだ。
クロードにいくら憎まれてもかまわない。
これで戦が起こることはなくクロードを守ることができたのだから。
ソフィアにとって永遠のような時間が過ぎた。
「夜分遅くに失礼いたします」
控えめなノックとともに、メイドが入ってくる。
「クロード様よりソフィア様と同じ部屋で休むよう言い使ったのですが。
……ソフィア様!どうなさったのですか?どこかお痛みになりますか?」
慌てた様子でメイドが駆け寄ってきてソフィアは気づいた。
自分は泣いているのだと。
ぽたりぽたりとあつい雫がこぶしに落ちる。
「いいえ、ごめんなさい。大丈夫よ。目にゴミが入っただけ……」
それでもメイドは心配そうな様子だったが、ソフィアがひとまず泣き止んだのもあり、それ以上追及しなかった。
「使用人の私がソフィア様と一緒に眠るなど恐れ多いです」
「春先だからってソファで眠られて風邪をひかれても困るわ。あなたをソファで寝かせておいてベッドで眠れないし」
先にベッドに入ったソフィアは隣をポンポンとたたく。
「……では恐れ多くも失礼します」
恐縮しながらメイドはベッドに入ってきた。しばらくするとメイドは眠った様子だったが、ソフィアは眠れそうにない。
メイドが来てくれてよかった。
一人で眠るベッドはひどく寒い。
「あの、お話があります」
いつものようににこやかに入ってきたクロードに思いきってソフィアは言う。
今日も服装が夜着ではない。急いで会いに来てくれたのだと思うと胸が痛んだ。だがあとになればなるほど、言い出せなくなるのはわかっていた。
「私と婚約解消し、ベル様と婚約をやり直してください」
意を決してソフィアが言うと、興味をなくしたようにクロードの顔からすっと表情が消えた。ソフィアを見つめるときは笑みをたたえているのが常であったのに。
「昨日愛していると言ってくれたことも、偽りだったのか?」
クロードが、こんなに冷淡にソフィアを見つめることはなかった。
こんなに冷酷な声を出すことはなかった。目は深淵のように昏く、声は氷河期から残っている氷より冷たい。
知らない人間のようなクロードはひどく恐ろしかったが、ソフィアはその目と声を受けいれなければならない。それがクロードを傷つけた代償なのだ。
例えそれがクロードや大切な人を守るためだったとしても。
「……クロードへの思慕は、兄を慕うもので恋愛ではありません。これまで言い出せず流されてしまい申し訳ありません」
どうしても、「愛している」と告げたことが偽りだったとは言えず、言葉を選んでそれだけ言った。意味合いは同じだとしても昨日の言葉が偽りだとはどうしても言えなかった。
「……これで最後だ。それが本当にソフィアの答えなのだな」
本当は違う。
クロードを愛している。
そう言ってクロードにすがりつきたかった。再会できてさらには求婚してもらえ、本当にうれしかったと。
だがソフィアはその思いを口に出すことはしなかった。
初めて出会った日。
クロードの正体を知らずに遊んだ日々。
もう会うことはないと思っていたのに再会できた日。
初めてのキス。
初めて二人で出かけた日。
昨日初めて愛していると言ったときのクロードの笑顔。
クロードと過ごしたすべての時間を、クロードのくれたうれしかったすべての言葉を色鮮やかに思い出せる。覚えている。
ソフィアはそっと指輪を指でなぞった。
「……本当です。クロード王子殿下」
クロードは長く嘆息し、冷たく言い放った。
「……興が削がれた。
婚約破棄の旨、こちらで招待客に手紙を出しておく。
アルデンヌ伯爵令嬢」
そのままクロードは部屋から出て行った。
扉の閉まる音がやけに大きく響き、あとは耳が痛いほどの静寂が広がった。
チリチリと燭台の炎が蝋を溶かす音が聞こえるほどだ。
ソフィアはゆっくりとその場に崩れ落ちた。痛いほど両の手を握り締める。手のひらに爪が食い込む。
「……離れていても、ずっとお慕いしております。クロード」
今からでも追いかけたくなるのをソフィアは必死にこらえる。
これでよかったのだ。
クロードにいくら憎まれてもかまわない。
これで戦が起こることはなくクロードを守ることができたのだから。
ソフィアにとって永遠のような時間が過ぎた。
「夜分遅くに失礼いたします」
控えめなノックとともに、メイドが入ってくる。
「クロード様よりソフィア様と同じ部屋で休むよう言い使ったのですが。
……ソフィア様!どうなさったのですか?どこかお痛みになりますか?」
慌てた様子でメイドが駆け寄ってきてソフィアは気づいた。
自分は泣いているのだと。
ぽたりぽたりとあつい雫がこぶしに落ちる。
「いいえ、ごめんなさい。大丈夫よ。目にゴミが入っただけ……」
それでもメイドは心配そうな様子だったが、ソフィアがひとまず泣き止んだのもあり、それ以上追及しなかった。
「使用人の私がソフィア様と一緒に眠るなど恐れ多いです」
「春先だからってソファで眠られて風邪をひかれても困るわ。あなたをソファで寝かせておいてベッドで眠れないし」
先にベッドに入ったソフィアは隣をポンポンとたたく。
「……では恐れ多くも失礼します」
恐縮しながらメイドはベッドに入ってきた。しばらくするとメイドは眠った様子だったが、ソフィアは眠れそうにない。
メイドが来てくれてよかった。
一人で眠るベッドはひどく寒い。
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